第128話 死神の弟子
「あ、皆さん来てたんですね」
一回戦目の試合を無事に終え、俺はリディ達がいる観客席へやってきた。
勿論変装をしてな。王子やその関係者に、俺とリディに関係があることを悟られるわけにはいかないからだ。
それにしても、いきなりリングに放り出されて驚いたよ。
この武闘会の召集は試合開始のギリギリに行われるため、直前まで誰と誰が闘うのかが全くわからない。
なんでも、事前対策などによって実力以上の結果を出せないようにと、また公平を期すためだそうで、五つあるコロシアムは一度入れば出入り不可というルールもその一環らしい。
随分と厳重だ。
まあ世間的注目度が非常に高いイベントだ。
納得でもあるがな。
その方がワクワクするし♢
「魔力の方は大丈夫?」
リディの隣に座ると、彼は売店で買ったらしき飲み物をくれた。
ほお、果実水ですか。たいしたものですね。
歩くセクハラマシーンのくせに、こうやってさりげないところで気がきくからモテるんだろうな。
ちくしょうめ。
俺だってやろうと思えばやれるんだい。
「はい、あの程度なら屁でもないですよ。これでも冒険者やってる間に魔力総量増えてるんですから」
俺は両手を折り曲げたマッスルポーズを取って、鼻をフンスカと鳴らした。
「魔力総量自体はルーデルより多いからね君」
「それは初耳です」
[さあどんど行きます! 続いては三試合目、選手の入場です!!!]
どうやら、俺が客席に戻るまでに二回戦は終了していたらしい。
味気ない試合だったそうなので、べつに残念ではないのだが。
ーーー
各ブロックの出場者は100人。
試合は早朝から始まって、一回戦目の50試合が行われ、そこから一人がシードとなる。
その後、午前中までには二回戦目の12試合が行われる。
そして午後、三回戦目の6試合が行われ、勝者が3人に絞られたところでようやくシード者と合流。
四回戦目で2試合が行われ、五回戦目がブロック決勝戦だ。
そんでようやく最後に決勝戦。
五つのブロックから一人ずつ選出された猛者がぶつかり合う。
面倒なことに、今年の決勝はブロックが五つと偶数ではない影響で、バトルロイヤルになるそうだ。
あの、学校のプールを横に二つ並べたような広さのリングで、5人一斉に闘うのだ。
一斉に葬れると考えれば楽だが、普段の四倍神経をすり減らすことになるからしんどいだろう。
どっかの天パのパイロットみたいに、後ろにも目をつけてないと即落ちもありえる。
全く、これでは道家だよ。
[勝負有りぃぃぃぃい!!!]
と、心配事ばかりしていたら、いつの間にか3試合目も終わっていた。
行われていたのは剣聖流とグリムルド槍術とかいう聞いたこともない流派の試合。
この世界には剣だけに留まらず多くの流派が存在する。
有名どころ、いわゆる剣術三大流派と呼ばれる疾風流にだって槍術が含まれていると、使い手本人であるトリトンが言っていたしな。
俺も一時期、冒険者の仕事の合間を縫ってレキウスの父に指南を頼んだが、結局はやめにした。
だってランサーは負けるモノだと相場が決まっているからね。
聖杯はないが、縁起が悪いのは確かだ。
まあというのは嘘で、単純に俺の戦闘スタイルに合ってないから古武術みたいなのを教わる方向に変わっただけなんだがな。
俺は伝説の暗殺拳の継承者となったのだ。
今の所、我が生涯には悔いしかないので大往生を目指そう。
そして時間はどんどん流れ、次で30試合目だ
どうやら、一回戦目はわざと実力差のある対戦表が組まれていて、試合がスムーズに運ばれるようになっているらしい。
あと、たまたま運良く後半まで残ってしまって、そこで当たった強者になぶり殺しにでもあったら流石に気の毒だからという配慮もあるらしい。
[さあさあ一回戦目も後半です! ]
アナウンス……というか司会は相変わらずハイテンションで喋り続けているが、似たり寄ったりな試合が20近くも続いたせいで、観衆達は少し退屈そうだ。
しかし、運営も伊達にココ何年も大会を維持していない。
緩急というものをわかっているのか、ここにきて新たな起爆剤が投下された。
[なななんと! ここで前大会優勝者が参戦!]
優勝者、その言葉を聞いて、再び観客達の視線はリングに釘付けとなる。
[昨年度の大会にて、初出場でありながら優勝を果たした少女! その正体は神級剣士『死神』の直弟子! アイン•エルロードぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!]
視界に合わせて入場してきたのは、長い青髪をポニーテルに結んだ美少女。
観客席のそこら中から、感嘆の声が聞こえる。
しかし、会話はまだ少し盛り上がりに欠けている。
当然だ、いくら有名株が来たところで、客が観たいのは面白い試合。
ただアインが雑魚をボコるだけでは意味がない。
でもまぁ、そんなことは運営だってわかっている。
[それに挑むは、前前年度優勝のこの男! 魔大国連盟北東部、アスラ魔王の長男! ジャランダラ王子ぃぃぃぃぃい!!!]
「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」
会場が再び熱気に飲まれる。
基本的に、前大会優勝者は次の大会には出ない。
別にそういった規則はないのだが、いわゆる慣習というものだろう。
しかも大会参加資格を持つのは二年生からなので、優勝経験者が大会で合間見えることは稀だ。
だからこそ、こうして大盛り上がりを見せているのだ。
しかし、それにしても凄い騒ぎようだ。
そんなにジャランダラとかいう奴は強いのだろうか。
猫と旅行がたいそう御好きそうな名前をしているが——
「うわ、凄いな」
思わず、そんな声が出た。
「魔大国は広いからね、人の形から外れた種族だっているんだよ」
コロシアムの袖から現れたのは、エメラルド色の肌と、四本の腕を持つ三メートルばかりの巨漢。
そしてその両腕には、俺の背丈と同じくらいの斧剣が握られている。
こんなこと言うのは良くないんだろうが、まさに怪物といった見た目だ。
学園には多くの人間が集うわけで、その中には当然魔族だっている。
魔族、魔大陸と呼ばれる非常に魔素濃度が高く、気候が荒れた地域に住む者達の総称であり、見た目に大きな特徴を持つ者が多い。
学園の廊下で見かけたのとかだと、トカゲと人が混ざったような奴とか、エイリアンみたいな奴とか、結構クリーチャーっぽいのが多い。
まあ一括りに魔族と言っても、種族は色々あるわけで、クロハも鬼族という魔族だけど、見た目はほぼ純人族と変わらない。
こんなことアスガルズ王国とか、英樹教の過激派の前で言ったら即刻火炙りだろうが……
まあとにかく、何が言いたいのかと言うと、ゲームとかに出てくるような『魔神』みたいな典型的な奴は今まで見たことがなかったのだ。
それがどうだろう。
今、アインの目の前に立ち塞がる巨漢は。
見ていたら、つい『やっちゃえバーサーカー!』なんて言いたくなっちゃうような見た目だ。
殺しても十二回くらい蘇りそうだ。
「凄いな、一回戦目からいきなりこんなカードを切るか」
リディも興味深そうにリングを眺めている。
彼がこんな真面目に試合観戦をするのもなかなかないことだ。
せいぜい、女剣士の胸が揺れた時ぐらいだってのに。
俺も同じだけど。
「そんなに強いんですか、あの魔族の人」
巨漢vs剣士の少女なんて、男が噛ませになるか、それか少女の方が『くっ、殺せ』ってなるエロめの展開しか思い浮かばない。
「見てればわかるよ」
リディは何やら含みのある言い方だ。
彼はどちらが勝つと思っているのだろうか。
「あの、リディさ——」
「リディ、クロハ達から連絡が来たぞ!」
勝敗予想を尋ねようと思った矢先、リオンがそう言ってリディの肩を叩いた。
どうやら偵察組に何かあったらしい。
嫌だなぁ、クロハにはあんまり危ないことしてほしくないんだよな。
「なになに」
「えっと——」
ーーー
「変な男が二人が魔導具制御室に二人いたにゃ」
『それで、どうしたんだ?』
「しばらく様子見してたら、魔導具を壊そうとし出したから、クロハが気絶させたにゃ」
『その二人の正体は?』
「まだ起きてにゃいから、尋問もできないにゃ。しばらくは待機かにゃあ」
『わかったよ』
リオンとの連絡が途切れると、レイシアはやれやれとばかりに、部屋の端で気絶している二人を横目に、ため息を吐いた。
「レイシア、私他の所見てくる。そいつらが起きたらリオンを通して連絡して」
「にゃあ、あんまり別行動はしない方が——」
「じゃあね」
レイシアの言葉に耳を貸さず、クロハは再び透明化して制御室を出た。
「はぁ……」
レイシアは更に大きなため息吐き、部屋の中心に座り込んだ。
レイシアは悩んでいた。
仕事のことでもなく、将来のことでもなく、自分のことでもない。
他でもない、親友のクロハのことである。
命の恩人であるクロハを、親友として対等に見るのは自分でもどうかとは思っているが、それは置いておく。
ともかく、自分にとってかけがえのない存在であるクロハ。
レイシアは、そんな彼女の未来を心配していた。
自分と同じように戦火に巻き込まれ奴隷となり、地獄のような日々の中で母親を失った。
拾われた先でも危険な目に遭うことは多く、死にかけたことも一度あったそう。
そんな彼女に安息はなく、ムスペル王国に着いてからは日中は過酷な修行、夜はその特異な魔術を生かした暗殺業。
そして今は、高度な政治的問題の一端に首を突っ込んでいるのだ。
どう考えても、自分より一つしたの九歳児の進む道ではない。
おまけに、クロハを動かしているのは母親を殺した人間への復讐心に他ならない。
酷い話だとレイシアは思う。
似たような境遇の身としては、彼女自身クロハの気持ちもわからなくはない。
だが、復讐したところでクロハの母親が戻ることはない。
師匠であるラーマ王は言っていた。その先には何もない、ただ虚しい茨の道に違いない。
恩人であり友であるクロハがそんな道を進むのはどうしても避けて欲しい所である。
ディンとくっつきでもすれば、気をそらせるかと考えもした。
だがディンにその気配はない上に、彼には別の想い人がいるとクロエ王女から聞いている。
というかそもそも、クロハの頭に『恋』の1文字がない。
「どうしたもんだかにゃ〜」
故にレイシアは頭を抱える。
そんなレイシアとクロハが互いに気持ちをぶつけ合うのは、まだ先のお話。
ーーー
武闘会一回戦目にして、会場は今日一番の盛り上がりを見せていた。
[ジャランダラ王子、四本の腕を活用し、巨大な二刀の斧剣による連撃連撃、連撃ぃぃぃい!!!!!!]
司会の言葉通り、巨漢の魔族は左右の腕を器用に使って、土煙を纏いながら重そうな大剣を軽々と振り回している。
その巨体に反して、彼の動きは非常に鋭敏だ。
攻撃力、防御力、敏捷性、技術力、そのどれをとっても隙がない。
なるほど、リディが興味を示すわけだ。
対するアイン、繰り出される攻撃は全て体操選手の様な身のこなしで回避しているが、反撃には出れていない。
[アイン•エルロードは防戦一本! 死神流に反撃技は存在しないのかぁぁぁぁぁ!?]
そんな停滞した状況を動かそうと、司会もアインを煽るわけだが、意味のないことだ。
流派がどうとか以前に、アインは敵が強ければ強いほど様子見をする癖がある。
しばらくは退屈な——
[おぉっと! ここでエルロード、一撃を入れた!]
司会の言葉を聞いて、思わず席から乗り出した。
そこには左上の腕から血を流している魔族と、華麗に着地を決めた直後のアインの姿があった。
状況は、予想より早く動き出していた。




