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「偽物の天才魔術師」はやがて最強に至る 〜第二の人生で天才に囲まれた俺は、天才の一芸に勝つために千芸を修めて生き残る〜  作者: 空楓 鈴/単細胞
第5章 入学篇

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第125話 男として


 おかしな王子との邂逅から一日が経った。


「——とまあ、報告は以上です」


「うーん、なるほどね」


 先日アインと共に訪れた高級飲食店の個室にて、俺の報告を聞いたリディは口を尖らせながら、卓に頬杖をついた。


 週に一度の定期連絡。

 まだ学園に入ってから一週間ほどしか経っていないわけだが、その間の出来事はとても色濃く感じられた。


「アイン•エルロードに王子との繋がりがあったのは知ってたけど、真相はそんな感じだったんだね……」


 リディは合点が入ったとばかりに天井を眺める。


「どういうことですか?」


「表向きだと、武道会優勝者のアインが王子に不遜にも取り入って受け入れられたけど、一年間でマトモに仕事をこなせず、それどころか留年して逃げ出したって」


「おぉ……」


 思わず『えげつねぇな……』と頰をかきたくなる。


「だから現在、アイン•エルロードの立場は非常に悪いんだ。主席入学の件もインチキだったんじゃないかって噂まで出て」


「学園はなんの措置もしないんですね」


「明確な証拠がなければ中立を保つのが学園さ。アイン•エルロードは評判こそ悪いが、成績も良く常に模範的な振る舞いをしている。接したことのある人間なら必ず違和感を抱くからね」


 リディは料理をつまみながらツラツラとそう語る。

 随分と箸が……いやホークが進んでいるが、夕飯はまだだったのだろうか。


「随分、学園の内情に詳しいですね」


「アセリアから色々聞いてるからね。けどまあ、彼女と会ったのは二年前だから、その二年間のことしか知らないけど」


 どうだか、リディは秘密主義者だ。

 『遺産』の件の様に、また何か隠しているのかも知れない。

 こっちもこっちで探っておかないと。

 俺は何かとんでもないことに加担している可能性だってあるんだからな。


「なるほど。で、アインはどうします? クロハの報告だと刺客に狙われてるそうですが……」


「王子の差し向けたものに間違いないと思うよ。その程度じゃ王子は尻尾を出さないとは思うけど、アインを生かすことが彼にとってマイナスに働くなら彼女を守ったほうがいいね」


「わかりました。引き続き彼女は監視します」


 監視なんて大層な響きだが、要は昔みたいに仲良くしてれば良いだけだ。

 皆んなとの仲を取り持つのが少々骨だが。


「んで、あとは例の面倒ごとだね」


「……はい」


 そう、ヴェイリル王国の王子に妙な因縁をつけられてしまったことだ。


「ミーミル王国の属国……まあ植民地であるヴェイリル王国の第四王子。国王と第五王妃の子供であり、純人間と魔族と長耳族の混血」


「俺みたいですね」


 俺も龍族と純人族と長耳族の血が入ってるもんな。

 ヴィヴィアンの話だと妖精がどうとか言ってたが、あいつの言うことなんて知るか。

 俺、あいつ、きらい。


「そうだね。彼は現在、次期国王を決める権力闘争に負けて、ミーミル王国に亡命してきている」


 あ、だから『ともに再起しよう!』とかわけわかんないこと言ってたのか。


「ヴェイリル王国の王子はポンコツというイメージがありましたが……」


 あくまで第三王子のことしか知らないんだけどな。


「そうだね、あまり優秀だという噂は聞かない」


「なら特級魔術が使える(らしい)ランドルフは結構有利なんじゃ?」


「ヴェイリル王国はそこまで魔術崇拝主義じゃないから、あまり有利には働かないかな。それに、彼にはその程度の能力じゃ超えられない壁がある」


「壁?」


「彼は妾の子だ。しかも長耳族やら魔族の血も混じっている。王宮内の『英樹教』の信派はまず間違いなく顔を顰めるだろうね」


 そこまで嫌がるかね、魔族の血が流れていると言っても、見た目はダークエルフそのもので結構美しい。

 魔族排斥主義は頭が固いな。


「じゃあ何かに利用することも難しそうですか?」


「そうだね。武道会でも君が負ける要素はないだろうし、放置でいいかな」


 悲しいかなランドルフ。

 たった今、お前の放置プレイが確定したぞ。


「武道会に関しての助言は特にないんですか?」


「ん〜……強いて言うなら、君は近接で戦っちゃダメだ」


「いや、そんなのわかって——」


「いいや理解ってない。もし仮に、僕が何も言わなかったら、君は戦闘展開の組み立てに『近接戦』という手段を追加していた」


「そりゃあ、戦いの中だったらどうしてもそうしなきゃいけない時があるかも知れないじゃないですか」


「何度も言うけど、君は魔術師だ。冒険者の時に魔剣士やらなんやら持て囃されていたから勘違いしてるけど、君はの剣は弱い」


「……でも、俺アインとそこそこ戦えましたよ?」


 俺が食い下がらずに反論すると、リディは目を細めてため息を吐きながら、腕を組んだ。


「へぇ〜、じゃあ聞くけど、アイン•エルロードは君の攻撃を何度受け止めた?」


「え……」


 受け止めた……最初は、文面通り何度防がれたかを聞かれたのかと思った。

 しかし、アインとの勝負を思い出してみると、すぐさまそれが間違いだと気づいた。


 アインは俺の攻撃を一度も受け止めていない。

 いや、言い方を変えるべきだな。防がれなかったって意味じゃない。

 俺はアインに、一度も有効な攻撃を出来ていなかったのだ。


「自分で気付いたようだね」


「……はい」


「良いかい? 俺は以前、君の強みはなんだと話した?」


「属性無詠唱、手数の多さ、常人離れした魔力出力と、龍族の眼」


 そこに今は、刻印魔術やサポート魔道具、瞞着流の剣術が加わっている。

 

「アイン•エルロードとそれなりの勝負ができたのは、彼女が存分に力を発揮できるほどの広さがフィールドに無かったこと、龍族の眼があったこと、刻印魔術による身体強化、そして君の俊敏性にだけ特化した魔装があったことだ」


「なんで刻印魔術を使ったのバレてるんですか……審判だって気づかなかったのに……」


「なんとなくそうかなって言ってみたら、今こうして君が白状した」


「ッ……」


「アイン•エルロード程じゃないにしても、彼女みたいな手練はゴロゴロいる。間違ってもそんなのに剣で挑んじゃダメだよ。剣に囚われたら相手のペースに呑まれて君の負けだ」


「……はい」


 俺は力無く首を縦に振るしか無かった。

 たしかに、少し図に乗っていたかもしれない。


 相変わらず、俺も学習しないな。

 そうやって天狗になるから、前世も失敗して、こっちに来てからもしなくて良い失敗までする。


「まあまあ、そんな凹むこともないよ、弱いとは言ったが君も成長はしてるんだし。ラーマ王や俺とやっても一万回に一回くらいは勝てるんじゃないの?」


「リディさんの励まし方は一向に成長してませんね。俺は褒めて伸びる子なのに」


「俺は人を煽てて戦場に出す奴は嫌いだからね」


 ヘラヘラと笑っていたが、やけに含みのある言葉だった。

 もっとも、聞いたところではぐらかされるのがオチなので、これ以上は追及しないが。


「じゃあ、報告も終わったんで学園に戻ります。あんまり遅いと怪しまれるんで」


「あーちょっとちょっと!」


「なんですか? やっぱり奢るの嫌になったとか?」


「違う違う。最後に大事な忠告さ」


「はい」


 ドアノブから手を離し、リディに向き直ると、彼は親指と人差し指で輪っかを作って言った。


「アイン•エルロードに肩入れするのは良いけどさ、在学中は妊娠させたりしないでよ?」


「……あいつはそういうんじゃないですよ」


 彼なりのジョークだったのかもしれないが、俺は何故かバカ真面目にそう返して店を跡にした。


 きっとその理由は、昔に俺があげたペンダントを、アインが今も肌身離さず持っていると知っているからだろう。


 ヘイラの悪ノリで渡してしまった求婚のペンダント。

 ミーミル王国の文化では、求婚を受け入れる際は受け取り手がペンダントを首にかけることで成立する。


 アイツはヴェイリル王国生まれ、ヴェイリル育ちだが、親はミーミル出身。

 このことを放置してちゃいけないのは分かっている。

 けれど、今の俺には他にもやることが山積みなんだ。


「勘弁してくれ……」


 帰り際、夜の街の雑踏の中でそんな言葉が口から溢れた。

 早く帰って寝よう。


ーーー


 翌日、今日はまた講義が無い日なので、魔導科棟3階のアセリア先輩の研究室を尋ねた。

 行こう行こうと思っていたのだが、おかしなやかましいダークエルフに絡まれてたり、他の仕事を押し付けられたりと、なかなか機会が持てなかったのだ。


「こんにちは」


 精一杯の笑顔と共に研究室の扉を開く。


「どどどっ、どうぞっ! 汚いですけど……」


 部屋の仕切りとして使われている本棚からひょこっと顔を出した彼女。

 長い桃色の髪はボサボサで、目の下にはクマができていた。


「どうも」


 彼女の研究室は大型車を2台くらいは平気で止められるほどの広さだ。

 そんな部屋に、作り掛けの人形や何かの魔導書、魔道具がゴミ山のようにそこら中に積み上げられている。

 あとカビ臭い。


「ッ……!?」


 いま、視界の端に虫がいた気がする。

 ダメだ、虫はダメなんだ。

 洞窟とか迷宮にいるならまだ良いが、ここにいることを許してはいけない。

 人間様の生活領域に踏み込んでくるな。


「アセリア先輩」


「はっはい! なななんでしょうか……?」


「片付けましょう、部屋を」


 こうして、ゴミ屋敷お掃除大作戦が始まった。


 ひとまず、放置されていた作りかけの人形を一箇所に集め、土魔術で作ったスタンドに収納した。

 部位欠損した人形が積み上げられていると、部屋の暗さも相まって戦場の死体の山みたいで薄気味悪いしな。


 次に散らばっていた魔導書を整理した。ゴーレム魔術や魔法陣に関するものが多かったかな。時々全く関係のない恋愛物語とかが混ざっているのには引いた。

 本棚は数が足りなかったので、土魔術で作った。

 床が抜けないように軽くて丈夫なカーボン製です。


 作業も中盤に差し掛かった頃、ゴミの山からGみたいな虫が出てきて、ビビった俺が反射で風魔術を使って部屋の全て吹き飛ばしてしまったので、片付けは振り出しに戻った。

 使ったのが火炎じゃなくてよかった。


 その後しばらく経って、ようやく殆どの片付けが終わった。


 なんということでしょう、もともと広い部屋だったが、ゴミがなくなってより一層広く見えるようになりました。


 やはりモヤモヤしている時は掃除に限ります。

 さて、もう一踏ん張りです。


「そういえば、なんでこの部屋は杖が沢山あるんですか?」


 最後の片付けとして残ったのは、壁に剥き出しのまま立て掛けられていたいくつもの杖。長尺から短尺、先端が魔石だったり宝石だったりと様々だ。


「あ、ああ……えっと、杖は人形を操作する際に使うんです……」


「え、じゃあこれ特別なモノなんですよね? なんでこんな雑な保存を?」


「い、いやその……! 杖自体にはそんな意味はないです……」


「出力の増幅とか範囲の拡大のためですか?」


冒険者時代に出会った魔術師はみんな杖を持っていたが、そういう理由があるらしい。

 彼女とその一人……というか、一部例外を除いて魔術師は杖を持つのが普通なのだろう。


「いえ、昔の名残です……」


「名残り?」


「上級魔術を使わないと、人形を手元で動かすことしかできないので、それを習得するために杖を……」


「それと杖になんの関係が?」


「魔術は元々、掌から放たれますよね……?」


「え、はい、そうですね」


 彼女は俺の問いに対し、先程までのオドオドした態度を一変させ、人差し指を立てながら俺に問いを投げ返した。


「でも、杖を使ってる魔術師の魔術はどこから放たれます……?」


「杖の先端です」


「掌から離れてますよね……?」


「はい……あっ、そういうことか!」


 なるほど、掌から離れた空間に魔術を展開する上級魔術、習得すれば相手の背後から魔術を放ったりできるわけだが、杖はその練習道具か。


「短いものから使っていき、慣れたら己の背丈ほどの尺のものへと、そうやって魔法陣と掌の距離を徐々に離していくことで、上級魔術習得を目指すんです……」


「へぇー! そんな方法があったんですね!」


「昔はそういう理由が主でしたよ……最近はあくまで自力を底上げする道具としての意味合いが強いですが……」


「さすがパイセンですね」


「いっ、いえいえ私なんて…… こちらこそ片付けまでして貰って、何かお礼をしなきゃ……」


「いえいえそんな…… あ、いや一つだけお願いしても良いですか?」


「はっ、はい! 私にできることならなんでも……!」


 な、なんでも!?

 いやいや落ち着け、今はやましいことを考えている時じゃない。

 断じて、この巨乳メガネドジっ子にえっちなお願いをしようだなんて思ってはいけない。


「少し、相談に乗ってもらっても良いですかね?」


「わ、私にわかることなら構いませんが、どんな内容のものですか……?」


「その……恋愛相談、と言いますか……」


「ひぇっ!? わわわ、私には無理ですごめんなさいッッッ!!」


「あー待って! アセリア先輩の率直な意見が聞きたいんです!!」


 慌てて逃げ出そうとするアセリアの腕を、掴んで引き止める。


「うぅ……大したこと言えませんからね……」


「構いませんよ、今は他に相談できる女性いないんで」


「じゃあどうぞ……」


「はい、実は——」


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