蓋を開けてみる
オーディション会場は王宮前の広場だ。選定方法と合否の発表の仕方には、俺としても気を使う。興味本位な衆目に年頃の女の子を晒し、おまえはいいけど、おまえはダメ、なんて不用意なことはしたくない。この世界で、彼女達のその後が予測できないからだ。
「これで宜しかったでしょうか?」
ラシュートの言葉に苦笑しか返せない。
高壇に設けられた来賓席から臨めば、そこは身体検査場と見紛うばかりだ。
紐と衝立てで会場半分を仕切り、こっちの半分に大衆がぎっしり詰っている。一部おっさんがこんもり盛り上がっている所に、舞台となる壇があると思われる。
「そう、ですね。わたくしの言葉通りにしてくださったこと感謝いたします。ですが、もう少し調整をしたいので、皆さんが混乱しないよう誘導して頂けますか?」
こんなに人が入るとは思わなかったから、観客席(と言っても立ち見)への入場制限をかけなかった。時間もまだ早い。ヒマか、おっさん達。
「ラシュート様、壮年の男性ばかりいらっしゃってますが、わたくしは公布の仕方を間違えたのでしょうか?」
思惑と違う。年頃の娘が集まるとなれば、年頃の息子が来るはずじゃないのか。
それはラシュートも思ったようで、会場隅々を見渡し、
「時間が自由な隠居か、采配が自由な店主が良い場所を求めて早く来たのでしょう。若者は日中勤労しますから、もう少し後に来ると思います。開始時間はそれに合わせたのですが、これでは入れないかもしれませんね」
そうか。仕方ないとも思うが、おっさん達には後輩に道を譲るという美徳を実践してもらいたいところだ。
それは口に出さず、観客席を広く取るため衝立てをぎりぎりまで後ろへ下げるよう指示をした。舞台は観客の中央辺りに設置。女の子達は裏から衝立で仕切られた区画に入り、警護の騎士で囲んだ花道を通って壇上でお披露目、の流れ。
「姫君、これでいかがです?」
セーヤばかりかラシュートまでが、俺のことを妃殿下ではなく『姫』と呼ぶ。殿下の妃ではないから、とすれば意図的だ。
この際、訊いてみようか。疑いは疑いを招く。はっきりさせておいた方がいい。
「ええ、良さそうです。ところで、ラシュート様? なぜわたくしを姫とお呼びになりますの?」
「ご不快ですか?」
じっと俺を見るラシュートの瞳は真っ直ぐだ。これは本心を言ってくれそうと期待する。一気に押すため、必殺の縋る眼差しを返す。
「いえ、不快ではありません。ただ、姫と呼ばれる度に、わたくしはいつまでたっても他国の姫、余所者なのだと思い知らされるのです」
ラシュートは目をまんまるに見開く。
「誤解です。ケジメなんです。姫君は、殿下に嫁がれたのではなく、この国に嫁いだと宣された。これは並々ならぬ決意だと俺は感じたんです。でしたら、我々が敬意を払うのは王太子殿下の妃としてではなく、この国の姫とすれば良いのだと」
ふーん、我々、か。どんな集合体だろう。暗黙なのか公然なのかはどっちでもいいが、姫呼びをケジメとしたのは目の前のこいつ。『感じた』のが『俺』だから。
額面通りに受け取れば俺のためだが、
「それはミーシャ様のお為にでしょうか?」
ラシュートは首を振った。
「誰のためというなら、全ての人のため。これでも後悔しているんですよ。もっとやりようがあったと。俺がミーシャ殿の求愛合戦に咬んだのは、彼女には、俺で手を打ってもらおうと思ったからです。相手が殿下ではね。かんでるつもりが噛ませ犬にしかならなかったんですけど」
微妙な言い回しが葛藤を窺わせる。さすがは識者、分別があると言っておこう。しかし、己の結婚に対する軽さが分別に相反する。これだからイケメンは、という声をどうにか飲み込んで、俺は頼りなげに小首を傾げた。もっと詳しく話せの催促だ。
そこからラシュートが続けた話は、それほど意外でもなかった。
ミーシャは無礼で屈託なく政治の話はつまらないとそっぽを向いてお菓子を頬張る。そうかと思えば、(貴族では)あり得ない発想で周囲を感心させたり驚かせたりし、高価な宝飾品は似合わないと遠慮して、野花を喜んで受け取る、のだそうだ。
恐らく彼女の特異性を褒めているのだろうラシュートが並べた言葉は、平民の子女一般、ごくごく普通の女だと表しているに過ぎない。貴族のぼんぼんは皆、そんな平民の彼女に運命を感じたらしい。平民出が多い騎士方は感じなかったらしい(当り前)が、注目されている女ということで注目している者もいたようだ。なんという低い自我意識。
ミーシャは、婚約者が居るにも係わらず、身分違いの人々に口説かれる事にうろたえ、悩み、しかし誰にも相談できないと嘆いていた。などと誰かに相談してなきゃ漏れるはずの無い事がダダ漏れで、結局は最高位の王太子ゲット。俺式ハーレムに近いものを感じるが定かでないし、それはどうでもいい。考えても仕方ない。結果は動かない。
「人の流入が止まりませんね。警備を予定より早く出してもらいましょう」
話のついでのように言われ、俺も目を向けた。人の流れは未だおっさんでしか構成されていない。いいかげんにしろと言いたくなる。
ひくつく頬を押さえつつ、
「肝心のお嬢様方はもういらっしゃいました?」
「それが…その…」
言い難そうな瞳が彷徨う。
「まさか、お一人もいらしてない、とか?」
ぶんぶんとラシュートは首を振った。
「いいえ、その、いえ、思ったより集まりました」
「まあ。ありがとうございます。一重にあなたのおかげです。こんなに喜ばしいことはありません」
それは嬉しい! 嬉しーーーい!
王太子とミーシャの愛の劇場なんかとっとと吹っ飛んだ。俺が大事にしなきゃいけないのはこっちだ。
「いえいえ、姫、その、たぶん、たぶん…」
「なにが、たぶん、なのでしょう?」
イヤな予感。喜んだ分、余計にイヤな予感。
おっさんばかりの会場を見て予想するに、おばちゃんが集まってしまったとか?
大義名分が騎士のお嫁さん候補なのに、既婚者は困る。
俺の本音もおばちゃんは困る。
「とにかく、会います。みなさんはどちらですか」
話はそれからだ。
不安気な俺を励ますように、彼はにっこり笑って「こちらです」と王宮門内へ案内した。
で、結果から言えば、おばちゃんは居なかった。
案内された部屋には、女の子達が八人。最初にしては上出来だ。今後はもっと増えるだろう。人数の上限を早々に決め、選定は厳しくやるべきだな。
内心のニヤニヤが外に出ないように注意して、用意された椅子にふんわりと腰掛けた。俺の立ち居振る舞いも大事だ。手本にならなければいけない。反面教師はダメだ。「そうはならないように」では、後退はないが進歩もない。
さて、順に自己紹介をお願いしようと思ったか思わないかのうちに、一人が立ってぺこりとお辞儀をした。誰も開始の合図はしていない。慌てて「まだですよ」と止めるラシュートを見るに、集まった女の子達は、先に手順を説明されていたようだ。俺は続行を笑顔で促した。続けてもらえばいい。彼女は必死だ。可愛いじゃないか。
白い肌に真っ赤な頬。ひっつめた髪。スカートの裾を握るのは荒れた短い指。
「はじめて。わたし、ゼノビア。特技は、早生でっ、作るの、早いの、すぐ食べるの」
それ特技? 品種では? というか、というか、というかーーー。
海千山千のおばちゃんとどっちがマシだろうかと真剣に悩んだ。
すると、ゼノビアの横に座っていた人物もまた素早く立ち上がり、お辞儀する。ゼノビアは立ったまま。俺はまだ何の声もかけていない。
「はじめま、す。わたし、は、アンバラです。特技は網結きなのです。ゼノビアが妹です」
おまえが始める宣言か。いや言い間違いだってわかってるよ。姉妹か。確かに良く似ている。色が白い。この二人、どこから来たんだろう。近隣の農村か…。
「あのう、お初にお目にかかります。ワタクシ、ルゥルゥと言いまして……」
ぎゃ、また始めちゃったよ。姉妹とは関係ないみたいだし。姉妹、立ったままだし。
俺はラシュートに視線を送り、司会進行をやれと匂わせてみた。彼女達を叱責しないよう、優しく微笑むことを忘れずに。
「有望なのは一人ですか。それも少し問題がありますね」
沈黙の中、ラシュートが切り出した。俺たちは隣室に場を移し、目下作戦会議中。
どうする、俺。
発表を即日にしたのはマズかった。これは俺の判断ミスだ。容姿の良い者と一芸に秀でた者を拾えばいいと、単純に思っていた。芸もへったくれも、目星になるものが何もない者をどう選べと?
当然と言えば当然だった。
見目の良い者は、嫁の貰い手なんざいくらもあって将来に不安なんか無い。こんな後宮に上がる方が不安だろう。芸の達者な者はそれで既に食っている。後宮に(以下略)。
集った者は全く手入れされていない原石。といえば聞こえはいいが、泥の団子かもしれない。洗った途端に何も無くなる可能性の方が高い。
素人の浅はかさだ。珠になる前の原石を、俺には見出す力もなければ、磨く力も無い。どの程度でどこまで育つのかもわからない。
「特に、最初の姉妹はどう考えても、却下ですよ」
ラシュートは難しい顔で言った。俺がずっと黙っているものだから確認したかったのだろう。
「彼女達が却下ならば、アルアインもアジュアも却下になります」
「ならばその二名も却下で。姫君、同情はよくないです」
「いえ、同情ではありません。切り捨てたものが宝石ではないと言いきる自信が無いのです」
それに…。
あの姉妹の世話人が先月亡くなったそうだ。僅かばかりの農地は、葬式の時に借金のカタで取られたのだと言う。だが、まあ、十中八九騙されたんだと思う。姉妹は身一つで放り出されただけで、追納はナシ。つりもナシ。借金が丁度チャラになったと考えることもできるが、証文が無かったからだと考える方が妥当だ。借金など端から無かった、と。
行くあてもない姉妹は、仕事を探して王都に来たが、農婦だった二人に就ける職はなく、途方に暮れていたところに公布を見たらしい。
重いのはごめんだ。俺は慈善事業をするつもりはない。食い詰めた者を救うのは俺の役目じゃない。身売りして生きていくならそれでいい。否定はしない。孤児院なり、教会なりに行くもいい。止めはしない。不干渉、それが双方のためだ。ここで姉妹を救ったところで自己満足にもならない。自己嫌悪にしかならない。こんな境遇の人間なんかごまんと居るんだよ。
そう、思うのに。やめとけって思うのに。
俺は、彼女達を抱えてやれる言い訳を探してる。
「では、一旦保留にします? 姫君?」
ラシュートの顔が歪む。痛ましいものを見る目だ。俺は相当ヘンな顔をしているらしい。
「姫様、休憩しましょう。お茶をいれます」
肩に添えられたナタラの手が温かい。
「ありがとう。気分変えなきゃね」
変わりそうにないけどな。
それは俺が温くなったカップを未練がましく持っている時だった。
会場の警備に当たっているはずのそいつは突然のノックとともに現れた。
「失礼。姫」
俺を見て、目を細める。笑顔を返す俺の眉間には皺が寄っているだろう。
「お嬢さん方は着飾った方が良いですね。特別感が溢れます」
来ていきなりナニを言いますか?
「全員、舞台へ。誰も落とさなければ、理由も言い訳も必要ありませんよ」
言い訳…。
「ラシュート、隣へ行って、最終選考に残った者がこの部屋に集められたとでも言ってこい。他の部屋の者は落ちたんだとな。君たちは落ちた人間の分まで努力しろと」
すでに決定事項? おまえが決定したの? ラシュート、笑顔で出て行ったし。
「ナタラ、手配をお願い。衣装は後宮にあるものをなんでもいいから使って」
俺も従っちゃうわけだ。ナタラも笑顔でダッシュをかけた。さすが速い。
セーヤが俺に近づいた。
「やりたいこと、忘れたの?」
そうだ、俺は。
最初だから一人でも来てくれたらいいと思っていた。そのコに特別な何かを期待していたんじゃない。一人を大事にすることが次に繋がる。俺の意志を国中に伝える、そのとっかかりにしたかったんだ。最終的には後宮ハーレムなんだが…。
「すっかり忘れていたようです。思い出させてくれて、ありがとうございます。……セーヤ」
「素直な姫は可愛いね」
うわ、弾ける笑顔。ちゃんと爽やかに見えるぞ、喜べ。
「そんなに可愛げなく捻くれてましたか?」
言い繕う俺に、セーヤは首を振り、
「捻くれた姫も可愛い」
だろうねー。自分では想像するしかないのが哀しい。
「気は楽になった?」
「……おかげで」
目が覚めた。
言われてみればたかが数名。手に余る数ではない。なんでもいいならなんとかなる。侍女になるよう鍛え上げるという手もある。アンテナショップを任せるのも面白いかも。方法はいくらもあるんだ。考えすぎだった。もし、彼女達から相談を受けたら、その時こそ一緒に考えてやればいいんだ。
「俺に感謝してくれるの?」
「…少し」
いや、随分と感謝してる。
このタイミングで来てくれたのも、怖、もとい、俺が悩んでいると思ったからだろ?
「少しだけ?」
「……」
セーヤの雰囲気が色っぽい…。俺に触るなよ。感謝とこれは別。
心中で反抗しつつ後ずさってみる。
「姫は、理想すぎて、怖い」
俺もおまえが怖い。
「姫」
うわ、俺が俺に迫られてる。ヘンだ。こんなのダメだから。俺のためだ、いや、おまえのためだ、やめておけ!
ココン
せっかちなノック音。助かった、と思う間もなく、
「妃殿下、お見えですか? 殿下がいらっしゃってます」
あいつかよ。
助かったような気がしない。返事なんかしたくもない。なぜ来たのかと問うことすらイヤだ。
「ちっ」
セーヤが舌打ち……。
その後、舞台に立った女の子達はガッチガチに緊張していたが、それほど悪くはなかった。化粧とドレスのせいかもしれない。
かぶりつきのおっさん達が、ばっさばさと騎士に伸されていたのは余興として面白かった。今後サクラを用意してもいいかもしれない。
来賓席中央に王太子が陣取ったのは便宜上許した。ミーシャがその横に座ったのは、ちょい違うんじゃないかとは思ったが、もともとココに出て来るのがおかしいので、それを言いだすとめんどくさい。よって放置した。
俺の位置?
従者A ラシュート 王太子 ミーシャ 俺 セーヤ 従者B
ナタラ
ってな所だ。変だろ?
隣のセーヤが小声で頑張ったねと褒めてくれた。ちょっぴり嬉しかったが、俺、悩んだだけで何もしてないんだよな……。
☆本日後宮入りした方と特徴らしきもの
ゼノビア(農婦)、アンバラ(農婦)、ルゥルゥ(踊り子見習)、キアロ(弦楽奏者)、ジュメル(とある子爵の下女)、アルアイン(皿洗い)、サファーウィ(普通の街娘)、アジュア(教会の下働き)の計八名。




