俺式ハーレムの作られ方
ハーレムは、その後を考えなくてもいいのなら意外とカンタンに出来る。しかもイケメン限定。女たくさんのイケメン頂点ハーレムではない。イケメンたくさんの頂点は冴えない女の逆ハーレム。俺はそれをイケメン友釣り法と呼んでいる。釣られた俺が言うんだ、間違いない。
— しつこく言い寄られて困ってるの、お願い、彼氏のフリをして。あなたならあの人も気後れするから
それは突然に、全く目に入っていなかった女に言われた。
『あの人』は結構な男前だ。俺は自尊心をくすぐられた。『あの人』より俺の方が上だと。素敵だと。勝ると。それほど言うなら少しぐらいは付き合ってやってもいいかと、上から目線で疑似彼氏を続けるうちに情が移り、だんだんとのめり込んでいった。そんなある日、知らないイケメンが俺に「彼女につきまとうな」と言ってきた…。
この時点で、三人の男が一人の女に群がっていることが判明する。
思えば、女は『あの人』との接触を断つことはせず、徐々に納得してもらうなどと言い、堂々と『あの人』に会っていた。携帯の番号も消さなかったし、俺とのデート中でも『あの人』と電話していた。
女の誤算、それに俺の僥倖は『知らないイケメン』が俺に接触したことだ。俺は女の制止に従って『あの人』には手を出さなかった。『知らないイケメン』は速攻で俺を牽制した。
痛い、ものすごく痛い。あんな女に男三人。あれがもっと奇麗な女だったら、いきなりの偽彼氏の依頼にもっと警戒していただろう。冴えない女を侮った俺が痛い。
その後、俺は黙って女のもとを去った。暴露なんかしたら、女もイケメンも全員出直してしまうだろう? そんなチャンスをやつらに与える義理はない。
女は俺を逃したが、『あの人』と『知らないイケメン』は、しばらくキープしていたようだ。詳しくは知らんが。
ミーシャがハーレムを作るとしたらこの方法かとも思う。まさかな。こんな強かな方法を、この世界で純朴に暮らしていた娘が思いつくわけないし、そんな演技もできないだろう。偶然が重なったとか、時期が悪かったとか、あとは、誰かに指南されたか……。
「姫、お疲れですか?」
「いいえ。大丈夫です。お気遣いありがとうございます、セーヤ様」
思い出疲れだ。気にするな。
俺、セーヤ、ナタラと従者A(騎士)は、高級店が並ぶ大通りを過ぎ、右に折れ、左に折れ、曲がりくねった坂を上った。
セーヤは道中かなり俺を気遣ったが、心配には及ばない。俺には先導も先払いも必要ない。ただ、ナタラは心配だ。俺より弱い。
坂を上りきったら視界が開けた。猫の額ほどの広場に東屋。右手の小径は、梢の間に見える高楼へと繋がっているように思う。この手の高楼には街を見張る騎士が詰めているはずだ。セーヤの顔があれば、高楼に登れるかもしれないが、俺はそこまで求めてない。第一、景色を見に来たのではなく、話をするために来たんだ。周りを騎士で固められて、あんな話ができるわけない。
「いい景色ー」
見に来たのではないが、口から出ちゃったものは仕方ない。ここから街の半分ほどが見渡せる。この街のどこかで、イケメン識者と従者B(騎士)は聞き込みをしているんだな。そう思うと不思議な気分だ。いいコが居たらその場で口説いてくれると助かるが。
集まるかなあ、女の子…。だんだん不安になってきた。
ふと、従者Aが駆けずり回ってるのが目に入った。安全確認ご苦労さま。騎士が常に出入りしているとはいえ、油断は禁物だ。
「あちらへ」
そんな従者Aを尻目に、セーヤは俺を東屋へと先導した。
「ナタラ」
背後に立つ彼女に、もう少し俺の側へ来いと目線で示した。兄上が付けてくれた唯一人の俺の侍女。国一番、逃げ足が速い女だからと。うーむー。まあ、それはそれでいいが、もっと他に褒めるとこあるだろうに。ナタラは前世界で言うなら東洋系。すらりと伸びた手足。細面。意志の強そうな瞳と真一文字に引き結んだ薄い唇。俺のタイプではないが美人だ。俺のタイプは俺自身。残念ながらナタラとの危ない扉は開きそうにない。
「…………失礼」
向かいに座っていたセーヤが動き、俺の隣に座った。くっつき過ぎな気がするので、少し離れる。詰められる。離れ…やめた。セーヤは顔を見られたくないのだと踏んだ。俺も助かる。セーヤの鋭い視線は俺を居竦むから、見えない方がいい。
俺も前世で、こんな視線を女の子に向けていたのか?
顔、そっくりだもんなあ。
もし、そうだったら……これは無いわ。被虐趣味でもなきゃ逃げるって。
本命に逃げられ続けた原因はこれか? 真性Mばかりひっかかったのはこれか?
考えたくない…。
「なにが聞きたいのかな?」
「……」
なんか違う。おまえが話をすると言って、俺をここまで連れて来たんだろうが。
「聞かないの?」
くぅ、違うだろうと思うのに。
「……あなたが話したいことを聞きたいです、セーヤ様」
負けた気がするが百点回答だ。俺は自分に甘く、こいつにも甘い。
「二人の時は、セーヤと」
百点関係ないところを問題視か。むかつくので意地悪をば。
「みなの前では?」
「セーヤ、でいいんじゃないかな」
できないから! 俺の立場だと、ギュスターブ将軍呼びが、全ての場で優。普段ならギュスターブ様で良。セーヤ様で可。セーヤはどこでも不可だ。
俺も前世で、セーヤみたいに喋っていたんだろうか?
声も言い回しも二人きりになる(ナタラは居る)と前世が重なる。
耳打ちされると特に(たぶんナタラには聞こえてる)。
俺、やっぱり前世でS入ってたのか?
イケメンになるために努力していたが、他人がどう見ていたのかなんてわからない。
目の前のこいつみたいではなかったと信じたい。信じたいが、あまりに似ているような気がするようなないような……とにかく認めたくはない。
気分を変えよう。話も変えよう。
「先程のお話の続きを聞かせてください」
「セーヤ、と」
「お話を」
「セーヤ、で」
ええい、鬱陶しい。
「セーヤ、お話を聞かせてください」
「ああ、話すよ」
堪えろ、俺。
「婚約者を社交場で披露したら取られた、それだけ」
そしていきなり言う男。
続きは? 俺が合いの手を入れなきゃいけないのか。くぅ。
「それは、誰と誰がです?」
「婚約者がミーシャで、取った男が殿下」
「……そうですか」
「そう」
だけ? おい、こら。
「殿下のお約束の話はどうなりました?」
「かわいいね、姫は」
「…………」
「姫の隠してる事、話してくれるかな? それともう少し肩の力抜いて、姫が普段話してるように、俺にも話して?」
「ーっ」
こーらーえーろー。
口調はアレだが、これは交換条件だ。ただでは話さないってことだ。どこの国より王太子の身辺を探ったであろうセイダロンが、何を掴んでいるのか知りたいわけだ。そこのところ、さすが国を守る将軍と言っておこうか。負け惜しみじゃないぞ。
おう、そうとも、当然探ったさ。
だが、出て来たものは予想の範囲で、どれも特段変わった点はない。
ミーシャの実家は裕福な商家で、幼い頃から何不自由なく育てられた。なまじ裕福だったために家業を手伝うこともなく、商売の知識や経験は与えられなかった。代わりに与えられたのは、中途半端な教養と役に立たない手習い事。それはこの国の教育の不備であって彼女のせいではない。裕福な平民の子女は、大方がそのように育つ。それでも、身にあった結婚をすれば幸せな家庭を持てるだろう。誰もそれ以上を平民の奥方には求めないから。
ミーシャと王太子の馴れ初めは、セーヤの言った通り、社交界ではなく騎士の集う社交場だ。平民のミーシャは社交界には出られないので間違いないだろう。調査では、ミーシャが誰に連れられていたか、誰と婚約していたかの報告はなかった。
その出会いが二年前。王太子二十二歳、ミーシャが二十歳の時だ。同時期に王太子は後宮を開くべく動き出しているが、彼には正妃候補は現れず、他の令息の婚姻成立は急増したらしい。みなさん素敵に露骨だ。
それから半年も過ぎた頃、ようやく、王太子正妃として十歳の伯爵令嬢に白羽の矢が立った。誰でもいいから正妃を迎えたい王太子と、令嬢が妙齢になる頃には、愛人と手が切れるだろうとの周囲の思惑が一致した結果だ。令嬢の父である伯爵が気弱かったことも理由の一つになるだろうと、報告には付け加えられていた。
が、当の令嬢が泣いて嫌がった。恋人を引き裂く悪いお妃さまになりたくないと。ん? 今の俺のことかな? 別にいいけど。
こうした令嬢の抵抗に、王も貴族も強引な手を使わなかった。彼らに焦る理由はない。王太子が愛人と切れてから正妃に据えても同じ事だ。後継となる子はそれからでもいい。が、このままでは後宮が開けない王太子は焦り、令嬢へ必死の説得を試みるも失敗に終わる。
余談だが、それ以降、この令嬢は王子さま美青年を見かけると眉間にしわ寄せ唾棄するようになったという。令嬢の未来に幸あれと俺は願う。
とにかく、小さなお姫様の希望は叶い、王太子の野望は叶わなかった。
それからさらに半年後、イース国王からセイダロン、つまり俺に正妃にならないかと打診があった。俺はこれをホイホイ気軽に受けた。王太子の嫁取り物語は遠く異国にまで響き渡っていたからな。結婚話など興味のない俺の耳にも入るぐらいに。兄上は、俺との婚儀までには王太子が愛人との仲を清算すると思っていたようだ。普通はそうなる。よくある話だ。俺の方は、もし王太子が愛人と別れたら、難癖つけて婚約を破棄するつもりだった。そこに罪の意識はこれっぽっちも無い。イース国も愛人という障害が無くなれば、すぐに他の正妃候補を見つけることができるだろうから。
結果は、破談になることなく今に至っている。
俺は知り得た王太子とミーシャのあれこれな情報を手短かにセーヤに告げた。知っているのはこれだけだ、ミーシャのハーレムまでは掴めなかったとまで言った。もちろん俺の事情は伏せた。
「そう、じゃ安心だね」
俺が全て承知で嫁いできたことが安心なのか、それともハーレム情報が漏れてなかったことが…。ま、それはいい。俺の番だ。
「殿下のお約束とはなんだったのでしょう?」
俺はさっきからこの台詞を何回言ったことか。
セーヤは表情を変えることなく「一つ」とまたいきなり始めた。
「一つ、ミーシャを一生大事にすること。一つ、今後ミーシャ以外の妾妃を娶らないこと。一つ、正妃は役職として据えるのみで寝所を共にしない。一つ、退けた者達の縁談に助力を惜しまないこと。それが禁断の相手であっても」
禁断? 退けた者って、イケメン識者? いや、達というからには、ハーレム要員全員か。禁断の愛を助力するのは、自分がそうだったからか。それほどミーシャを手に入れたのが嬉しかったんだな。気持ちはわかる。多数のイイ男を押し退け、たった一人の女を手に入れる。男としての達成感は半端ない。懲りないな俺も。
「一つ」
まだあるのか。
「これらを正妃との婚儀の宣誓にて誓う事」
「え……」
「本当にやるとは思わなかったな。殿下は馬鹿正直だから」
俺も挑発しちゃったし? っていうか、ちょっと待て。
「それは約束というより殿下にどなたかが無理強いしたのでは?」
いや、とセーヤは首を振って笑う。嘲笑とも自嘲とも判別つかない。
「殿下が言いだしたことだよ。どれもミーシャを想う約束に違いないし。恋する乙女からすれば、殿下は良い男でしょう?」
王太子、ここまでバカだったか。バカにあてられて倒れそうだ。
「最悪な男です」
「そう言わないでやって。殿下はこれから険しい道を歩くのだから」
跡継ぎ問題か。それは自業自得。妾腹では継承権は無い。法を改正するなり正妃をミーシャにすげ替えるなり、己で解決するが良い。
「一つ」
まだあるんかい! いくつ約束したんだ、あの浮かれポンチ。
「ミーシャとの子は全て生まれてすぐにメルセゲル皇国へ渡すこと。これは王陛下との約束」
「それは、妾妃との御子という意味ではなく、ミーシャ様の御子に限ってという……」
「ことになるね」
うへー。やってくれる、王陛下。穏健そうな顔して汚い手を使う。正妃が誰でも法がどうでも、ミーシャだけは跡継ぎを為せない。打つ手ナシだぞ、王太子。他の約束は反故にできても、他国絡みで王と約束したのならよほどのことが無い限り覆らない。例えば、この国の王と、あちらの皇王が死ぬとかしない限り……え? ダメだ、考えたら負けだ。俺は平和に女の子を集めて、愛でて暮らすんだ。渦巻く陰謀なんか俺には関係……。ないないない。誰でもいつか寿命で死ぬから。無理しなくても待ってればいいぞ、王太子。俺は関係ないがな。うん、全然関係ない。
「姫?」
「え、あ、その、わたくしが知っても良いことだったのですか?」
「隠してないからね。国内の貴族は殆ど知ってる」
養子の話自体は悪いことではないからオープンでもいいんだな。
だが、なんか…?
メルセゲル皇国は、イース国王妃の出身国だ。王妃の伯父である老皇が統治し、継承者は年若い皇太子一人。こちらは王妃の甥にあたり、王妃の子である王太子を入れメルセゲル皇族の血族は現在では四名のみ。心許ない人数だ。メルセゲルの領土はさほど大きくないが、国家は盤石。ミーシャの子も妾腹としてイース国で無配の臣に下るより、メルセゲルで皇族となる方が両国にとっても本人にとっても良さそうだ。
考えれば自然な流れだ、が…。
何を隠そう、俺にはメルセゲル皇国から入内の打診が何度もあった。片時も離さず大事にするからと床に頭を擦り付けて(代理の使者に)請われた時にはトリハダから羽毛が吹き出しそうだった。
なんだかなあ。
ミーシャのハーレムといい、王太子の約束、メルセゲルへの養子といい……。
秘匿されていない開けっぴろげな情報が、なぜ俺のところに来なかった?
「ナタラ」
ちろっと流し目をしてやる。
「なんなりと」
ほらな。俺がこの顔をする意味がわかっている。ここで俺にバレることすら織込み済みだ。
「私は予定を変更しませんからね」
「はい。どこまででも付いてまいります」
決定だ。
おかしいと思ってたんだ。あんなに怒っている兄上がこの国に対して行動を起こさず、脅して見せるだけとは。
俺を駒にするならすると言っておけよ。なぜ無駄に考えさせるか。
このプロセスが大事か? それとも猶予か? 抵抗されたいのか?
「姫? 顔が怖い」
肩を竦めて言うセーヤを睨みつける。
「この顔は生まれつきです」
あー、憎たらしい。おまえこそ、俺の顔して言うな。
能天気にしていられるのも今のうちだ。
兄上は、イースをメルセゲルの属国にし、そのメルセゲルをセイダロンの属国にするつもりだ。兄上のことだ、全吸収が最終目的だろうが。
イヤだからな。
俺は何もしないからな。
そんなことに係わっていられるほどヒマじゃないんだからな。
どうしてくれよう、クソ兄貴め。




