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王都をブラつきます




これは、お忍びの視察だが、視察=おざなりと思ってしまうのは前世の悪い名残だな。


「お嬢様」


セーヤが呼ぶ。今日は俺の呼称は『お嬢様』だ。姫様ではお忍びの意味がなくなる。


「まずは市場でも偵察しましょうか。視察では生温いですから」

「ええっ?」


落ち着け。偶然だ。取り乱すな。

幸い俺の顔はフードで隠れて外から見えない。

セーヤの顔も見えないが。


「何か驚く事でもありましたか? それにしても可愛らしいお声ですね」


 顔は隠れていても、声は出てたか、そうか。


旅装のセーヤは俺の横にぴったりくっついている。少し後ろにナタラ。その後ろに二人。俺の前にもう一人。この三人ができれば匿名のままにしておきたい例の従者だ。昨日の今日で早過ぎる配属。騎士だか騎士だか識者だかで、裁縫一つ手伝えない男どもだ。特に、前方の一人には係わりたくない。一人だけ素顔を晒してるヤツだ。こいつは俺の天敵その2。サラダより強敵。本物のイケメンだ。


そのイケメンは王都に降りるなり、かかかと笑って言った。


『俺、フード取ります。視野が狭いと息苦しくなるんです。すっかり忘れてました』


 本物のイケメンは総じて天然である。悪気が無い分タチが悪い。


忘れるな、そんなこと。しかも、俺だけがフードローブのはずだったのに、全員旅装でフードを被ると推したのがこいつなんだ。自分ができないことを人に強要するなよ。なぜ、貴様のようなヤツが識者なんだ。何の識者だ、きりきり白状しろ。


「市場まではかなり歩く事になりますけど、大丈夫ですか? なんなら俺がお運びしますよ。お嬢さんなら掌の上にでも」


そのイケメンが俺に振り向き爽やかスマイル。


 本物のイケメンは総じて天然のタラシである。自覚が無い分タチが悪い。


確認しようか? 貴様は識者だ。体力に訴えずに、頭脳で訴えろ。


「私だって、お嬢様でしたら十人は担げますわ」


ナタラがぽそっと怖いことを言った。おかしなところで張り合わなくていい。


「じゃあ、お嬢さんを十人担いだ君を俺が担ぐのはどう?」


また爽やかな笑顔を大盤振る舞い。言ってる事が意味不明だと気付け。


って、セーヤ、そこでなぜ俺を抱き上げる!


「ずるいです」


イケメンが拗ねた。おまえいくつだ? というか識者ってなに? 子供?


「後の九人とそこの一人はおまえに任せる。俺はこの人だけで手一杯だ」

「ずるいですってば、九人なんて居ないじゃないですか」

「残り一人居るだろう」

「残りの私自らがお断りします」


さすがだ、ナタラ。ってそれはいい。降ろせ、セーヤ。ばたばたしていたら、ヤツは俺の耳元に唇を寄せた。


「暴れるなら縛るよ」


なんか言ったーっ、聞こえない、俺には聞こえないっ。


「もう一度言わせたいの?」


……全方面で、怖い。










 酒場は、俺たちのような市場帰りの者にも食事が出せるほど朝早くから営業している。疲れた足を休めつつ、食事をしつつ、酒場も偵察しつつ。

 この席からは歪んだガラス窓を通して大通りが見える。そこに並ぶ店々は今頃が開店時間らしく、準備に慌ただしい。


「あの辺りの店が取り扱うのは高級品です。大量に注文しても価格はそれほど下がらないでしょう」


セーヤが香草を避けながら言う。この前の食事の時は、なんでも無頓着に食べていたような気がしたが。俺の皿にも同じ香草が乗ってる。なんだろう、自国では見かけないもの……うっ、ミントくさい。これは無理。ミントは料理に混ぜたらダメだ。


「ところで、織地ですが」


笑いをかみ殺しながらセーヤが言った。


「今後を考えれば、織地より針子を押さえたほうがいいかもしれません。白布はありましたから」

「そ、そうですね、そのほうが良いでしょう」


必死で澄まし顔を作ったのに、ぷーっと噴かれた。ナタラとイケメンはどこに笑いのツボが? の表情だ。香草だよ、香草。セーヤも俺も苦手なんだよ。言わないけどな。


「いや、失礼。寝衣を揃いで誂えるのですね?」


笑いながらセーヤが俺に確認する。俺はちっとも面白くない。


「ええ。でも真っ白だとあまり可愛らしくありませんよね」


デザインを凝らせば、なんとかなるかな。


「各々で刺繍を施すのはいかがでしょう?」

「さすが、ナタラ!」


その意見採用。


 後宮に集う女のコ達の衣装は、寝衣も含めこちらで揃えると俺が主張した。もともと平民はドレスや寝衣は持っていない。ドレスは着る場がないし、寝る時は裸かせいぜい下着だ。まがりなりにも王宮にあがるとなれば支度に気を病む子も居るだろうから、そんな心配を取り除くためだ。


………ごめん、嘘つきました。


確かに女の子達のためもある。でも一番は俺のためだ。パジャマパーティ、憧れだったんだ。皆でお風呂!の次にやりたかったんだ。男じゃ絶対できない。女に生まれて良かったーって、俺だって思いたいじゃないか! 


「俺はそろそろ行きます」


俺の妄想をぶった切って、イケメンが急に立ち上がった。


セーヤが小さく頷いて、「ああ、頼む。金は?」

「持ちました」


イケメンは笑顔でケツポケをぽんと叩いた。ぶっちゃけて言うと、賄賂を渡しつつの聞き込みだ。オーディションに出てくれそうな女の子の物色も兼ねている。


「あ、そうだ。将軍はミーシャ殿にはもう会われたんですか? 殿下の妾妃となった彼女に」


ってー、イケメン、いきなり何聞いてんだ。さっさと行け。王太子愛の三角劇場なんか聞かんでいい。


「会った。おまえは?」

「まだです。会いたいとも思いませんが、いつかどこかで会うでしょうね。俺の場合、痛手は全くありませんからどうでもいいんです」


俺もどうでもいいからよそでやれよ。


「お嬢さん」


イケメン、俺は関係ない。重大な前振りですって顔はよせ。


「俺ね、ミーシャ殿にフられたんですよ」


なに? すごいな、ミーシャ。逆ハーレムだ。女の敵! 俺は嬉しい。ライバルどもが一人に集中するんだ。わーっはっは愉快だ。


 あ、俺は女だったわ…。しかもこれ、過去の話だ。


「それで、ミーシャ殿を手に入れた殿下は約束したんです。一つ、ミーシャ殿を一生大事にすること。一つ、今後、」

「ラシュート、おしゃべりはそこまでだ」


セーヤ君、ここで止めるとか、なんのプレイだ。


「後は私が言う。おまえは仕事へ行け」


イケメン識者ラシュート(匿名希望)は、肩を竦めると、


「……わかりました。後、はよろしくお願いします」


いやいやながらも一礼して出て行った。じゃ、こっそり小さな声で教えてもらおうか。

セーヤは、わくわくしている俺に向き直って、


「いつか話します」

「え、そう、なの? 今では、なく、て?」


うそつきがいるっ。人の事は言えないが。


「お嬢様、お気にかかることがあれば私がお調べします」


ナタラ、強い。セーヤの眉間に皺が寄る。あのイケメンの様子だと王太子の話は公然の秘密っぽい。セーヤに聞かなくてもいずれわかるだろう。


「場所を移しましょうか」


ちょっとだけ、セーヤが溜息をついたのを俺は見逃さなかった。




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