園遊会です
園遊会、別名、王太子のフォローをする会とも言う。会場は、築山と池の庭園、いわゆる山水だ。いかんせん季節が中途半端で、目を引く花も風物も無いが、招待客が婚儀の時とほぼ一緒という特徴がある。園遊会は、昼間のパーティだ。明るく健全な雰囲気で少しでも王太子のイメージアップを図りたいとの意向なのだろう。
親の心、子知らずになるだけだと思うが。
兄上は欠席だ。イース国の話をするだけで鬼の形相になるらしく、かわいいリグレットノアの顔を見たら自国への拉致は間違いないので自重する、との使者の言葉に王陛下は冷や汗を流していたと聞く。兄上は自国民には優しいが近隣諸国には鬼だ。弟達も残らず鬼になるため名代も立てない。陛下も気の毒に。こんなとき、姉上がいれば、きっとうまく取り為してくれただろうと思う。妹がいれば、俺を慰める為に夜は同じベッドでぴったりくっついて、わんわん泣きながら俺を抱きしめてくれたり……。
いいなあ姉妹は。想像するだけでもらい泣きだ。
俺は姉上が欲しかった。妹も欲しかった。一緒に風呂ではしゃぎたかったんだ。水遊びでもいい。それが実際には、兄一人に弟三人の、気分は全男五人兄弟。
なぜだあ!
……まあいい。その願望はもうすぐ叶う。オーディションは一月後。昨日、ようやく公布できた。知名度も実績もないから、果たして女の子達が来てくれるのか不安だが、最初は一人でもいいんだ。そのコを通じて、こちらの姿勢が示せれば、次に繋ぐことができるはずだから。
「本日もお奇麗ですわ」
ナタラが手を叩いて喜んでいる。薄衣を肩に、くるぶし丈のドレス、金髪は結わずに流した。身に纏うものは衣服のみ。およそ既婚者にはそぐわないが、俺は自分を良く知っている。鏡に映る俺はまさに妖精。生まれたてのような艶やかさと、触れれば消えてしまいそうな儚さに、宝飾品は邪魔なだけ。本来なら同伴者である王太子の装いとも合わせなくてはならないが、打合せも何もないので、知った事ではない。同伴するかどうかもわからん。寧ろ断る。俺は一人で居てこそ俺。引き立て役は必要ない。
アレ(廊下でのキスシーン)以降、あの二人の濡れ場に遭遇したことは無い。変態燃料切れを心配していたが、特別変わった様子もない。実はアレ(以下略)の翌日、正妃の部屋をミーシャへ明け渡すと文で申し入れた。一旦は否定した案だったが、よく考えれば、正妃の部屋にミーシャが住めば、俺は後宮に住むしかない。愛妾よりも地位が高い俺が住むなら、後宮存続の立派な理由になるじゃないか。
それからひと月近く経つが、王太子からの返答は未だに無い。
文には正直に書いたんだぞ。これから集まる女の子達にアレを見せるのは忍びない。見せたいのならば俺だけにしてくれ。代わりに正妃の部屋はミーシャに譲る。王太子が一生を捧げると誓った以上、ミーシャは正妃に準じてもいいはずだ。これに王太子が同意するなら王陛下に進言する、と。
もちろん、もっと女らしい文章できちんと書いた。俺は物心ついた時にはすでに前世の記憶があり、今生は前世の続きから始まったように思う。だから今生での新たな俺の人格を自覚したことがない。三十八歳の男が、十六年間女として生きている、というのが俺の正直なところだ。女言葉や仕種など幼い頃はそれこそ演技だったが、今となってはすっかり身に付いてしまった。女形も真っ青に成りきっている。これで男らしく振舞えと言われても、たぶんできない。心中はこの通りだが。
そんな可愛らしい俺の文の返事が無いのは、王太子は了承の意思だと解釈し、俺は正妃の部屋を引き払い後宮に住み始めた。風呂場の横隣、王太子の部屋から一番遠い部屋だ。それなのに王太子には相変わらずよく遭う。俺に会いたくないなら来なけりゃいいのに。シチュエーションも相変わらず意味不明だし。ミーシャも居たり居なかったり。あまり気にしていないのでよく覚えていない。ミーシャ自身は、普通の女だと思う。傲慢でも控えめでもなく。可もなく不可もなく。……どうでもいいってことだな。
「姫様、そろそろお出になりますか? 迎えの従者もエスコートもいらっしゃらないようですので」
「そうするわ」
そうして俺が、庭園に足を踏み入れた時には、宴もたけなわ、だった。遅れたつもりは無い。早いくらいだと思っていた。
「おお、王太子妃よ!」
って、不意に後ろから大声で王に呼ばれた。なんだ、どうした、どこから俺を見つけてるんだ。俺から挨拶に行くべきなのに。
「陛下、遅れましてもうしわけ…」
「いやいやいや、陽の光にも負けず、ほんに美しいのう」
「ありがとうございます。本日、このような場に遅れました事は…」
「今日は、そなたに会いたい者ばかりじゃぞ。忙しゅうなる前に何ぞ摘むと良い」
「お気遣い有り難く…」
「好きなものは何かの?」
「あ、の」
「これ、誰ぞおる。王太子妃に飲み物を」
なるほど、俺に謝らせる気はない、と。これは俺への謝罪の会でもあるわけで、殆どの参加者が俺より先に来ているのもそれで納得だ。それにしては、肝心の王太子はどうしたんだ?
背伸びしてきょろりと見渡せば、庭園の端にピンクのドレスの背が見えた。腰にはしっかり王子様の腕。ヤツが俺に謝るとは思えないが、さすがにこれは……。
あっぱれだ! 天晴なバカだ。よし、それでこそだ!
しかし、王太子の敵を無闇に増やしてしまうのは俺としても得策ではない。世間のミーシャへの風当たりがきつくなるのも、後宮全体としては困る。ここは、すかさずフォローだ。二人の側に行って、三人で談笑の図を作り上げなくては……ん?
心臓が、ずくんと音を立てた。
近付くに従い、よりはっきりと見えてくる。王太子の前に跪く男。
足がもつれる。ミュールが邪魔だ。
俯けた顔はまだ上がらない。頭髪は黒。
気付けば王太子の脇をすり抜けていた。
面を上げる男に、俺は動けなくなる。
無音。
俺も、男も、王太子も、ミーシャも。
何かを言わなくてはと焦っているのに声が出ない。口も開かない。瞬きすらできない。
足の甲に暖かなものが落ちた。
男の目が驚愕に染まる。
「いかがされましたか? 姫?」
姫? 妃殿下ではなく姫? 王太子に臣下の礼を取る男が、俺に向かって?
「……あなた……だれ?」
ようやく出た言葉はそんなもので。
「誰、とは……」
男は困惑しながらも俺にハンカチを差し出す。また足の甲に落ちた何かが、自分の涙だと、その時に気付いた。
どうして泣いてる、俺。
ハンカチを受け取ろうとして、力が抜け、がっくりと両膝落としてへたり込んでしまう。
「姫?」
心配そうに覗き込む男と同じ目線になった。やっぱり、似ているなんてレベルじゃない。
「あなた、誰?」
オウムのようにそんな言葉しか繰り返せない。
男は、はにかむような笑みを見せ、
「私はセーヤ、セーヤ・ギュスターブ。南方軍を任されている者にございます」
俺の手を取り、唇を寄せた。
「せ、や……せいや、誠也」
こいつは前世の俺に瓜二つ。顔も体も声も。そして、その名すらも。
「姫、ドレスが汚れます。おみ足も」
だけど、セーヤにとって俺は初対面だ。そりゃそうだ。この俺は、前世の俺の理想の女であって、架空の人物だ。想像はしていても会うのは初めてだろう……あ、違う。目の前のセーヤは俺じゃない。生まれ変わった俺はこっちに居る。だからセーヤは前世も現世も俺じゃない。あまりにそっくりだから混乱する。
「履物はどうされました? この池に投げ入れても女神は拾ってくれませんよ」
こうやって笑うと右頬が少し上がる。歪んで見えるので矯正したかったがなかなかうまくいかなかった。そんなところも俺にそっくりで……。
「失礼をしても?」
セーヤは俺を抱き上げようとして、王太子の顔色を見た。
このバカは関係ない。ミーシャの腰から手を離してないのが返事だと思うぞ。
セーヤもそう判断したらしく、俺の膝裏に手を差し入れた。
「か、かるい……妖精みたいだと思っていましたが、まさか本物?」
だったら、嬉しいだろ?
「嬉しいですね。本物の妖精なんて初めて見ました」
俺、声に出してないよな。以心伝心過ぎて怖い。そして王太子の顔も怖い。なぜだ、なぜ睨む。
「姫さまー」
ナタラが俺のミュールを持って走ってくる。
ちっ。
「私は舌打ちしたい気分ですよ、姫」
……怖い。




