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拘る部分は人それぞれらしいです



なんだかんだで日も暮れた。


王太子がミーシャへ永遠の愛を誓う、その宣誓の件で揉めに揉めてこんな時間。


大げさになればなるほどこの手の言葉は陳腐になるなあと思っていたら、ジュメルと目が合い、ぎこちなく笑んでしまった。尻尾を掴まれそうでビビったんだ。俺の意気地なし。


永久に変わらぬ愛の宣誓は、宣した後に文書で公布する方向で話が進んでいる。いわば二重広報だ。通常、王族の婚儀は宣誓のみで、後に改めての公布などしない。既に婚儀を終えている二人がさらに宣誓を重ねることも異例なら、公布も異例。だが、はっきりさせなくてはならないと、ラシュートが強硬に押した。


その案に王太子は難色を示している。こうなってはナニしても同じだろうに、当人は公布はしなくてもいいと譲らない。


 拘っている点がよくわからない。


拘るといえば、ミーシャの部屋もそうだ。小さくまとまってくれたほうが警護がしやすい。王宮側にある正妃の部屋に移って、王太子夫妻の空間だけで居住してもらえば、セーヤの直属の部下が警護できるとの提案にも首を縦に振らない。


 早く決めてくれないかな。


足をぶらぶらさせていたら、ジュメルがテーブルの下をチラ見する。

くそ、油断も隙もない。


そんな膠着状態のまま、夕餉の時間となった。なにも進んでないぞ。このままでは羊さん達のお腹が鳴いてしまうではないか。

ここはやっぱり俺の一声がいる。


「皆さんご一緒に夕餉にしませんか?」


従者に視線を送りつつ、ラシュートにお伺いを立てる。


「そうですね。では、殿下とミーシャ殿は、王宮の食事室となりますので。そちらの準備を」


ぴっと人差し指を立てて、従者Aに手配の合図。


「待て、ラシュート。私もここでいい」


おまえが良くても皆が良くない。羊さん達は俺の後宮の人間だから、同席してもギリギリいいだろうが、ナタラや他の従者は、王太子と同じテーブルには着けないだろう? 毎度毎度めんどくさい。


「殿下、何度も申し上げましたが…」

「姫」


ぴしゃりと俺の言葉をカット。


「あれは私と正妃の場所だ。王宮に妾妃の居場所は無い」


無ければ作れよ。つうか、みんながそれでいいって言ってるのに。


「居場所には後から名が付くものです、殿下。わたくしの居る場所が、正妃の部屋。ミーシャ様の居られる場所が殿下の妃の部屋。そして殿下の居られる場所が王太子の部屋となるのです。お食事室も同様に」


だから、どうして俺がおまえに痛ましい目を向けられなきゃならないんだ。

もう、おまえはいい。放っておく。


「ミーシャ様、移って頂けますね? その方が安全です」


ミーシャは、少し視線を彷徨わせてから、


「条件があります」


はあ? って言うのを必死で堪えた。条件を出したいのはこっちだ。


「なんでしょう?」


顔色を変えないように聞いてみた。


「……言えません」


はああ?


「聞かなければわかりませんので、言ってください」


辛抱強く、再度聞く。


ジュメルがこそっと「主様」と意味深な目配せ。この場は自分に寄越せの合図だ。断る理由はない。「ジュメル、なに?」とさっそく話に呼び込んでやった。


「ミーシャ様、それは主様に言う条件ではないわ、ね? 殿下に直接おっしゃれば?」

「どういうこと?」と俺が聞いてしまう。


だって俺も知りたいんだよ。王太子とこそこそ相談するんじゃなく、ここで暴露してくれよ。


ジュメルは心得た、とばかりに軽く頷いて、

「主様ができることと言えば、ミーシャ様が正妃の部屋へ移った後に、後宮の扉を閉ざされることですね。いいえ、主様。比喩的な意味ではありませんから」と、後宮を閉じられちゃ困ると焦る俺を先んじて制し、「位置が問題なのです。殿下が、ご自分のお部屋の前を通られるのを監視できなくなりますから。ねえ?」


 あ、なるほど。それで、正妃の部屋に移りたくなかったのか……。


俯き黙るミーシャ。 

ジュメルはクスクス笑いながら、さも楽しげに続ける。Sだな、こいつ。


「殿下のお渡りの先触れが主様にだけ無いと、素直な主様は思ってらしたようですけれど、ミーシャ様にもお知らせはなかったのですよ。ですが、ミーシャ様にとって幸運なことに、殿下が後宮に渡るには、ミーシャ様の部屋の前を通らなくてはなりません。薄く開けた扉から、いつも廊下を窺うミーシャ様を想像しますと、さすがの私の目にも涙が浮かびます、ね」


 俺の目にも涙が…嘘だが。


かっとミーシャが面をあげる。


「私がそんなことをするはずないじゃないっ」

「ですねぇ。侍女が交替で見張っていたのでしょう、ね。そんなに怒らなくてもいいではありませんか。そのおかげで賊からも、すんでのところで逃げられたのだし。先見の明とでもいいましょうか」

「してないって言ってるでしょ。だって、…」


ミーシャが言い淀んでいる間、ジュメルがわくわくと『もっと言わせて』の瞳で待っている。

いや、もういいから。わかったから。かなり不便になるが、それはこっちが折れよう。


「では、王宮と後宮の間の扉を閉ざしましょう。それで移っていただけますね? ミーシャ様」

「姫っ、それはおかしい」


だから、王太子、何がしたいんだよ、おまえは。


も、ずっとこんな感じでラシュートとも全然話が進まない。こっちは解決策や妥協案を出しているのに王太子が決定寸前でゴネるんだ。ミーシャでさえ無理は言ってない。俺だっていいかげんキれるぞ。


「殿下。全ては殿下のお望み通りになるのです。もうどなたもお二人の仲を邪魔いたしませんし、その必要もありません。お二人が穏やかにお暮らしいただけるよう皆願っておりますのに」


これで大人しく退けよ。退かなきゃ、ほんとーに怒るぞ。


「お話中、失礼します。姫様、本日はどのような夕餉になりますか? 厨房へ伝えなくてはなりませんけど。手軽に食せ、手早くでき、量は多め、でよろしいでしょうか?」


ナタラ? どうしてここで俺に聞く? ご飯なんか後でいいだろ。


それなのに「姫」とセーヤも横から俺を呼び、「さきほどのご褒美の続きです。あーんしてください」


何を言うんだ、おまえまで。


「セーヤ様、あとにしてください」


だから、そんなことやってる場合か! ここで王太子にはっきりした返事をだな、


「姫、お腹空いてるでしょ? 夕餉ができるまでにはまだ少し時間がかかりますからね、はい、あーん」


それは何か? 腹が減ってるから、俺が怒りっぽくなっていると言いたいのか?


言われてみれば、輝くアメ玉がひどく魅力的だ……。ってー、口を開けそうになったじゃないか。


「セーヤ様、その、私は一応、王太子正妃となっておりまして、このようなことを人前でするのはよろしくないと思うのです…」

「あら、主様」


ジュメルの黒い笑み再び。


「ご心配は無用です。正妃は役職。次回の公布では、正式に、王太子『位』正妃『位』となりますから。そうでなければ永遠の愛の邪魔になります、ね? ラシュート様」


ラシュートが立ち上がり、ジュメルへ握手を求めている。また、同意と賛辞か! おまえら、すごく気が合うな。


「だからといって、すぐにセーヤ様が主様と、などとはなりませんからねっ」


サファーウィが声をあげる。


「いえ、これはご褒美ですから」


セーヤは飴玉を指先に、あーんの姿勢を崩さない。


「はい、みなさん、お待たせしましたー」


ナタラを筆頭に、アジュアやキアロ、小熊猫姉妹がそれぞれに大皿を持って運んで来た。早い。厨房も待ち構えていたとみえる。というか、無理やり収束させたな、ナタラめ。


「コトは急を要しましたので、立食にしましたよ、姫様」


なんだよ、急って。俺の腹がか? 修羅場の収束の方が急ぐだろうに。


「では、これは後にしましょう」


セーヤが素直に引き下がる。

そのアメ、これからも要所要所に出現するんじゃないだろうな?

いやだぞ。俺は、食には全くこだわりはないが、そんな風に直に何度も触ったものは、全力で遠慮したい。


「大丈夫ですよ、姫。アメはその都度新しいものを出しますからね。私が摘んだのは後でラシュートにでも与えます」


………ばれてたか。


「将軍、聴こえてますよ。ひどいな」


ラシュートは屈託なく笑う。今までの皮肉な顔とは違う。こいつはセーヤの前だといつもこんなカンジだな。トゲトゲしたやり取りが続いたから、俺も少しほっとする。


「では、みなさん、あまり畏まらずに、ご自由に、早いもの勝ちで、どうぞ」


戦闘開始を告げ、俺もいそいそと皿を片手に……。


「姫、香草以外は大丈夫でしたね?」

「自分でできますからっ」


セーヤが俺の分まで取ろうとする。いくらなんでもそれはおまえがやったらダメだろう。ふと見れば、場慣れしていないだけなのか、俺たちへの嫌悪感からか、ミーシャと王太子が動かない。やっぱりここはご退室願おうかと、口の中のものが片付くのを待っていたら、小熊猫(妹)が寄って行った。よせ、こら。誰か首根っこを掴まえろ。


「お皿はこれです。フォークはこれです」と王太子に言って渡し、「お皿はこれです。フォークはこれです」と全く同じ事を真横に居るミーシャに言って渡した。

そして、小さな指でドレスを摘んで、ぺこりとお辞儀。


 なんていいコなんだ。撫で繰り回したい!


王太子は虚を突かれてしばらくリアクションできなかった模様。

ゼノビアが下がってからようやく「ああ、ありがとう」と零れた感謝の言葉はあまりにも自然だった。俺まで頬が緩んでしまう。


で、王太子と目が合う。これはいかん。もぐもぐを早める。


「ありがとう。姫」


王太子は俺の傍に素早く歩み寄って、また言った。

俺が指図したんじゃない。けど、もぐもぐが終わらない。微笑むしかできない。何食ったんだよ、俺は。


「鶏の皮が噛み切れないのでしょう? 姫の顎は小さいから」


セーヤ、そんな解説はいらん。


「姫はなんでも美味しく食べる。見ていて気持ちが良い」


いいからおまえはミーシャを構え。俺は鶏皮に構う。


「好き嫌いがないですよね、姫君は」


嫌いなものは俺にだってあるとラシュートに言いたい。鶏皮のせいで今は言えないけど。


 好き嫌い、か。


俺は味には煩くない方だと思う。前世ではコンビニ弁当が大好きだった。コンビニおにぎりなんかはもう絶品だ。あれは世界に誇れる料理と言える。手作りに勝るものなしとか色々難癖付けるヤツの気が知れなかったし、逆に、女の手作りは嫌だったなあ。弁当やおにぎりもそうだが、手作りクッキーとか、ケーキとか。頼むからそんなにこねくり回さないでくれ。自然でいい自然で。見た目で食せるのはプロの作ったものだけだ。その最たるものがバレンタインのチョコ。形変えるだけなら、買ったままの原品を寄越せ。味変わらないだろう? どうしてあんなに捻るのか理解できない。店売りのもののほうが絶対にうまいし。手作りの材料費を聞けば売値と変わらなかったし。それでもプライスレスの愛情は理解できるから、形ばかりに褒めてもいた。するとまた手作り攻撃で負のループ。もう味なんかわからなくなって手垢だけ食ってる気分になったもんだ。……思い出した。そういや、すごい腕前の女史が居たな。普段は仕事バリバリで、料理は分量と時間の管理だけでいいから簡単だと言っていた。頭いいヤツは料理もできると学んだ。家庭科自慢の女が作った料理は、まったく箸が進まないが、さくさくと作られていく彼女の料理は抵抗なく口に出来た。数少ない俺の友人の、彼女だった…。


「姫は、料理しないでしょ?」


セーヤが確信的に聞いてくれる。当たり。しない、しようとも思わない。大国の姫だからという理由以前に、俺の信条は、出されたものは有り難く頂く、だ。手垢さえ付けてくれなきゃ、多少マズくても文句は無い。寧ろ珍しいものならマズくてもいい。ミントは珍しくないので許せない。うん、あれは絶対許せない。


「いいんですよ、私が覚えますからね」


覚える?


「セーヤが? 料理などできないだろう?」


俺の代わりに王太子が疑問点を突いた。


「ですから、これから覚えるんです。姫と二人でどこでも生きていけるように」


満面の笑みを向けるセーヤと、それを向けられた俺の間に、サファーウィがすかさず割って入った。


「必要ありません。主様には私が居ります。兎を捌くことで私の右に出る者はいませんからね」


……なぜ、鶏皮を食っているだけで周りがこうも盛り上がるんだ。


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