後宮防衛戦作戦会議です
王陛下の背中を溜息つきつつ見送った。残された者の呆然感は計り知れない。俺を筆頭にな。
自然発生している刺客は今後も全て放免すると王陛下は言ったことになる。ミーシャに殺されろと言ったも同じ。国民どころか国王も敵。つまり騎士も全部敵。
でも、これ、下手したら王太子の首もミーシャと一緒に飛ぶぞ。王陛下はそれでもいいのか?
「とりあえず、こいつらは牢にでもぶちこんどきます?」
縛られた罪人二名を前に、ラシュートは、気軽に言う。
「私に言いました?」
「そりゃもちろん、姫君の采配に任されたのですからね」
考えるのは俺だ。あの「任せた」は、放免を前提に、形ばかりの罰を俺に任せたということだろうから。
説教して、トイレ掃除でもさせて……でも、その前に。
俺は床に膝つき、罪人と目線を合わせた。つもりだったが俺の方が随分と下になってしまった。そうしたら、罪人の方が俺よりも頭を低くしてくれる。結構いいヤツらかもしれない。
「姫、いけません。下がらせろ」
セーヤは咎めるような声で、俺と罪人の間に入ると彼らをもっと後ろへ下がらせるよう騎士に指示を出す。
「いえ、このままにしてください」
あまり下がると全貌が見えるだろうが。俺はこいつらの目が見たいのであって、芸術は見たくないんだ。
「セーヤ様が傍にいてくれるのでしょう?」
だからいいよな? ってことで、セーヤを見つめたら、おもっきりのしかめっ面を返された。ラシュートに視線を送れば、相変わらずの笑顔で「ん」と是認。
では良しとする。
「一つ、質問に答えてください」
聞きたい事は一つだけ。
「そうであれば頷く、違えば首を振る、よろしいですね?」
これに反応はないが、罪人の目は俺をきちんと見ている。たぶん答えてくれる。
「では、質問です。あなた方を殴りつけた女性のお尻、見ましたか?」
罪人両名が、ハっとしてからぶんぶん首を振った。
よかった。親父さんおかみさんお兄さん、だいじょぶでした。大事な娘さんのお尻は、ちゃんと守られました。
「ならばよろしいのです。ラシュート様」
もし見ていたら、一生ボランティアで働かせてやるところだ。
俺の後ろが騒がしくなったが、なんだよ、文句でもあるのか?
ラシュートは、クツクツ笑いながら寄って来る。
「牢ですか?」
「いいえ、牢ではなく、わたくしの目の届く所…だけど、見えない所に留め置いてください」
「難しい注文しますね、姫君は」
「諸事情です」
オネエ様がちらちらするから。
この後、どうするか、だが。後宮のトイレ掃除は絶対ダメ。変態さんだったらご褒美になってしまう。王宮を監視つきで掃除ってのも邪魔くさいなあ。お尻を見てないのなら、このまま放しちゃってもいいかな。だめか。会議テーブルに戻って、皆と相談しようそうしよう。
「殿下…私、どうすれば…」
ミーシャの細く頼りない声が聞こえた。俺の悶々を余所に、こっちは修羅場が再開されたらしい。真っ青な顔で王太子の腕に取り縋っている。立たされた状況がようやくわかったんだな。王陛下に突き放されたからなあ。今までされてなかった方がびっくりなんだが。
羊さん達の耳が主役二人にぴくぴく向いている。これじゃ相談もなにもないので、俺も黙ってぴくぴくすることにした。
「別れるしか、道はないだろう」
さっきからあっさりだよな、王太子。
「ラシュート」
王太子は事後処理で忙しいラシュートを呼びつけた。
セーヤがそれを目で追って、俺に、にこっと微笑みかける。
おまえは余計な事せず仕事してろ。
「ラシュート、おまえもミーシャに求婚していたな? 頼めるか」
「下賜ですか。いえ、俺は無理です」
こっちもあっさり言ったー。
「なぜだ? 相手はおらぬだろう? ミーシャを実家へ戻すのは忍びない」
「いいえ、コトはそんなに簡単ではありません。最悪、他国へ逃がせばいいかもしれませんが、護衛はどこへ行っても必要になるんですよねぇ」
「では、セーヤに…」
「殿下、将軍には、ミーシャ殿よりも国を守って頂かなくてはいけませんよ」
「ラシュート様っ、それはあまりな言い様です。セーヤ様はこの国よりも私を大事に思っていてくださるわ」
「思っていない」
セーヤがピンポイントで割って入った。向こうに居たじゃないか。いつこっちに来たんだ。
「セーヤ様、怒ってらっしゃるの? 私、なぜあなたの手を離してしまったのでしょうか。もう一度、あの時へ戻ってやり直せたらと」
掌返し早いなー。さっきまでの王太子追い縋りはどこへ? 王太子も似たようなものだからミーシャだけを責められないが。
「ミーシャ殿、あなたが戻るのなら私も戻ってやり直すだろう」
「セーヤ様…」
ミーシャが喜びに瞳を輝かせた。だが違う。セーヤは「反吐が出る」だぞ。
なんたって最悪ワードだからな。
「戻ったら、私は決してあなたの手は取らない。代わりにセイダロンへ行き、一刻も早く姫に会う」
ここで俺を出すな。
「え……なぜですっ、あれほど私を愛していると言ってくださったではありませんか」
「今は違う」
「今、そう、今の私も違います。私は自由です。セーヤ様のお望みのままにやり直すことができます」
「今は…」
「そう今なんです。過去はもういいです」
ミーシャは食い下がるのに必死で支離滅裂になっている。
セーヤはゆっくりと首を振った。穏やかな微笑みまで浮かべて。
「私は、姫しかいらない。何を捨てても姫だけ居ればいい。私は姫の為だけに生まれてきたのだと、今ならわかる。だから、今なら全てに感謝する。陛下にも殿下にもこの国にも、そしてミーシャ殿、あなたにも感謝する」
ミーシャが口を覆って絶句した。
胸がツキっとする。なんだろう、これ。全然嬉しくない。逆に腹立たしい。
今ならわかる?
生まれてきた意味なんかわかるわけないだろう。前世も今世も、二つの生を跨いだ俺だって、どうして生まれたのかわからない。それをわかったって言うのか? おまえはわかったって。俺は、おまえという、こんな偶然を目にしても、わからないのに。
喉、乾いた。ナタラに頼もう。
「ナタラ、甘露、水ほしい…」
声が、詰まる。
「姫」
また、セーヤがハンカチなんか出している。
「わたしは、泣いてません。怒ってるんです」
いくら外見が理想だからって、中身はこの俺だ。おまえは、ほんと女を見る目がない。こんな女のために生まれてきたなんて言うな。
セーヤはハンカチを差し出したまま、
「はい、大人しく怒られます」
「だから、ないて…ない、私のため、なんて、せっかく生まれて、きたのに」
なぜだ、なぜ泣く、俺。ぜんぜん泣く場面じゃないだろう。
「姫も、私の為に生まれて来てくれたのでしょう?」
このっ、ばかっ、俺がおまえのために? 意味わかって言ってるのか? 罵倒してやる。誰が誰の何のためだ。そんなの俺だって知らんのに、知ったようなことばかり言いやがって。
けれど、両手がぷるぷる震えるだけで、言葉にならない。開ききった目からは、涙が溢れて止まらない。動けない。ナタラが甘露水を持って立ち竦んでいるが、それ、俺の顔にぶちまけて欲しい。
「う、うわあああああんん、ぬしさまが、泣いたあああ」
…ルゥルゥ、やってくれる。それだけ盛大にもらい泣きされたら、涙も引っ込むわ。
「はいはいはいはい」
ラシュートが、はい、に合わせて手を叩く。ついでにセーヤからハンカチを取り上げ、勝手に俺の涙を拭く。随分な扱いだな、おい。
「盛り上がってる所、申し訳ないですが、話を戻します。殿下がミーシャ殿と別れても別れなくても、ミーシャ殿が死ぬ可能性は変わりません」
「ラシュート様、ひどいわっ」
ミーシャは、キっとラシュートを睨む。
「いいですかー」といきなり元気よく手を挙げたのはサファーウィだ。
すごい空気の読み方だ。気が抜ける。
「難しいこととややこしいことは抜きにして、ミーシャ様が出戻らずにこのまま殿下の愛人として命を長らえる方法を教えてください」
言葉はいかんが、俺も同意する。教えて欲しい。
ここで、なぜかジュメルがカタンと椅子の音をさせて立ち上がった。
「ミーシャ様が出戻るほうが危険、ね。殿下の傍のほうがいい」
そうよねえ? とジュメルは自分で切り出しておきながら、アジュアに話を振った。振られたアジュアはやっぱり肩を窄めて、
「え、わたし? 教会のこと?」
「言い難い? 私が言う?」
「え、ううん。そうでもない。みんな、あの人さえ居なければってよく言ってたから。わたしも、ここに来て、この人さえ居なければって、何度も思った。この人もこの人のお父さんも居なければ良かったのにって」
「あ、あんたなんかに、どうしてそんなこと言われなきゃなんないのっ、みんなって誰よ、言いなさいよっ、一人残らず見つけ出してやるからっ」
自分のことだと咄嗟にわかったミーシャはエラい。同時に剣幕が怖い。もう被っていた猫の毛すら見当たらない。
ジュメルは偽笑顔を絶やさず、
「教会は嫌がらせされたの、ね? 教会に寄附しようとする商人が居れば、そんな無駄金があるならとボウに仕入れ値を高くされてしまうのですって。それで、寄附が少なくなって、教会の経営も苦しくなって、一人分でも食費が浮けばとアジュアはここに来たの、ね?」
「私に関係ないじゃない、お父様のやっていることなんて知らないわっ」
「そう? 王太子の妃という人が来て、王太子の力で取引を大きくできると言われた商人もいたの。結局丸め込まれて、ボウの商会に吸収されちゃったんだけど、ねえ? 関係ないの?」
「知らないわよっ、覚えてないわ」
「そんなお家が一つや二つじゃない。それ、覚えてないの、ね?」
「知らないったらっ」
「ダメよ。知らなきゃ死ぬもの。ミーシャ様がボウの邸に戻ったら、殿下はもうあなたもボウも守らないのだと皆にバレてしまう。商売なんか保証されないとわかってしまう。ねえ? あの立派なボウのお邸が火に炙られるのはいつになるかしら。とても見たい気が、いいえ、ミーシャ様、私は応援しているの。王都の民の大半はあなた達のことが大嫌いで、早く死んでくれないかなと思っているのだけれど、王太子と平民の道ならぬ恋に夢見ている民も少なからず居るの。そんな少数派の彼らの為に、できるだけ長く恋して欲しいの」
「無責任なことばっかり言わないでっ」
「責任はあるの。銅貨半分。だから頑張って」
おまえ、それ、賭けだろうが。
俺のジト目に気づいたらしいジュメルが、口に手を当て嘘笑い。
「あらやだ、主様。私は少し助言しただけです。大国セイダロンの姫君は美しいだけじゃないと。我が国の王太子には靡きませんと、ね。ほらもう半分は勝ったようなものです」
子爵の賭けにでも助言したんだな。俺、やっぱり何か間違えたんじゃないだろうか。どうしてこんなのばっかり集まったんだろう。
はあ、一つ確認しておかないとな。これは俺の責任だ。
「ジュメル、ちょっといいかしら?」
「なんです?」
いい笑顔だな。ほんとにもう。
「あなたが後宮に入った時、どなたか得した方がいらっしゃったのではない?」
えくぼができたぞ。
「そうですね。母が二頭立ての馬車を手に入れましたか、ね」
けらけらと声をあげて笑った。
子爵からふんだくったんだろうな。会うときがあったら謝っておこう。
そして俺にも謝ってもらおう。どういう教育をしているのかと。
「というわけですので」
ラシュートが、冷静に、他人の褌に任せたくせに締めだけくくろうとする。
「殿下のお傍でミーシャ殿をお守りするしか方法はありませんが、守っている者に殺される場合が一番多いと考えられます。騎士は平民出が多いのでなおさらですが、貴族出だからといって油断はできません」
見事なまでの八方塞がり。サファーウィが、がっくりと肩を落とした。
ここに居ても、戻っても、逃がしても、ミーシャの命は危険。王太子の言う通り、誰かに嫁すればミーシャの立場がはっきりしていいかもしれないが、誰も受けてはくれないだろう。受けたとしても、よほどの実力者でないと守りきれない。己の身まで破滅する。ボウもなんとかしないといけないだろうし。
「殿下、私をお守りください、なぜ私が殺されなければならないのっ、どうしてこんなことになっちゃったのっ、どうして私がこんなに嫌われるの、そんなばかなことってないわ」
王太子がすっかり色を無くしている。別れることはできない。守り続けるしかない。同情はする。確かに王太子が蒔いた種だが、それをボウが倍々に育てちゃったからなあ。
「サファーウィ、あなた、ミーシャ様をこれからも守るつもり?」
ジュメルがあどけない偽笑顔で尋ねた。
「それしかないでしょ。死なせたら終わりよ」
「このままでは無理だと思うわ、ねえ?」
「無理でもなんでもやらなきゃ」
「一つ、方法あるけど、ね?」
「え、言いなさい、言いなさいよっ」
またサファーウィが立ち上がった。
「これで暗殺者が何割減るか、賭ける?」
それはよせというに。そうして考えれば、さっきのアメ選び、あれもその一環で、俺の趣味趣向を掴みたかったんだな。可愛いなあって思ったのに。俺の純情、返せ、こら。
「賭けるのは方法を聞いてからよ。で、どうするの?」
「それはね、殿下が、一生ミーシャ様を愛すればいいの」
「なによ、期待して損した。だから、その愛人を殺しちゃえば済むって皆が思ってるんでしょうに」
「だからあ、ね? ミーシャ様が死んでもミーシャ様だけをずっと愛するって殿下が宣言すればいいの。そうしたら、殿下からは次代が出ないことが確定するから、すぐに陛下が次代を、殿下の弟君を望まれても問題ないでしょう? 王妃殿下の交替も次代のためなら認められる。これで、少なくともお世継ぎ問題は解決。殿下とミーシャ様のお子はいくらでもメルセゲルへ養子に出せるわ、ね?」
「ジュメル殿」
ラシュートが立ち上がって握手を求めた。同意と賛辞だ。ジュメルが笑ってそれに応える。えくぼができた。……悪い笑みだな。
王妃っていくつだったっけ? 子を産めなければ、現王妃は実質の引退だ。王陛下は第二王妃を娶り子を作ることになる。子に恵まれない正妃も居るからこの制度は俺の国でもある。母上は五人も産んでいるからそれは無いし、父上は母上一筋で後宮も開いていない。母上は双子の弟を産んでから体調を崩し、心配した父上が付き添って、今は二人して離宮でのんびり暮らしている、ことになっている。俺がいつ離宮に行っても健康そうで、いちゃつきの跡なんかが見えたりするが、そこは突っ込まない。ノロけられると長い。出産が元で体を壊したとの建前上、「できちゃった、ウフッ」はナシにしてもらいたいものだ。
それはいいとして。
第二王妃は妥当な線。王陛下ならこれからだっていくらでも子ができそうだ。
すでに立太子している者を廃するのは難しいが、その次の太子の話だからな。王座の引き継ぎも、弟とはいえ、自分の子供並みに年が離れることになるから支障ないだろう。
王陛下は、最悪、王太子が暗殺されることも、そして自らが手をくだすことも頭の隅に置いていただろうと思う。俺を正妃にしたのは、それを難しくするための親心と思えないこともない。
少しほっとしたらしいミーシャが王太子の腕に甘えて絡む。イマサラながらの恋人の図。次の次の王のことなど知らん、ってことか。何のラブコメだ、これ。
だが、王太子はミーシャをそのままに、苛だたしげな表情を隠さず、ラシュートに食ってかかった。
「母上を退かすというか?」
「お言葉ですが、殿下が放棄した次代の責任です。母である王妃殿下はご了承なさるでしょう」
「それしかないとっ、言うのか」
「あとに残る方法は、なにもせずにミーシャ殿を見捨てることしかありませんよ。お勧めですけどね」
「なにもしない……」
「そうです。何もしないで見ているだけでいいのです」
「見ている、だけ……?」
「ミーシャ殿が殺されるのを待つとも言いますね。ご自分で手打ちになさるというのはいけませんよ。そこまでの罪状はミーシャ殿にはありませんから」
そして王陛下をなじった因果を受けるわけだ。なにもしないというのは、考え無しに放っておくだけなら簡単だが、考えて選択した結果なら意外と難しい。随分イメージが変わるものだ。
しかし、ラシュート、王太子にちょい当たりがキツくないか。もともとこんな風だったかな?
「ラシュート様っ、どうしてそんな意地悪ばかり言うのですっ、私はあなたのことは嫌いじゃないって言ってるではありませんか」
まだ、それ言うのか。
「そうと決まったからには、ミーシャ様にはこちらの指示に従ってもらうわね」
そんなミーシャを全然頓着しないサファーウィが、腰に手を当て、言い放つ。
まだ、王太子がうんともすんとも答えてないが、サファーウィが決定というなら決定でいいや。
「なんであんたなんかにそんなこと言われなくちゃなんないのよ。殿下は私をずっと愛してくれるって誓うんだからそれで済むでしょっ」
「そんなに死にたいの? ジュメル、そうしたところで確率はどのぐらい下がる? 零になる?」
「なりません、ね。かなり下がるでしょうが、ボウへの恨みとご本人への恨み、そして数は少ないでしょうが王太子の次代を希望する者を合わせると、通常の王族のそれより三倍は危険ですか、ね」
ジュメルがにこりと。おまえはいつの間にデータ係になったんだ。
「ほら見なさい。私だって好きでやるんじゃない。全ては主様のためなんだから」
「殿下が私を守ってくださるわ、放っておいてよ」
「あのね、あてになるわけないでしょうが。どうしてわからないの? 自分の身は自分で守るしかないの! 死んじゃったら終わりなの! あなたが死ねば誓いなんかその場で消える。賭けてもいい」
「それなら私は金貨二枚。もちろん誓いが消える方に、ね」
ジュメルがすかさずにこりと。
「高過ぎ。それじゃ誰も賭けないわ。負けるもの」
サファーウィがやれやれのポーズ。
「殿下ぁ、私、傷つきました。そんなこと、殿下がなさるはずないですわ……」
一番傷つくのは酷い言われようの当の王太子だと思うが、さっきから茫然自失であまり耳に入ってない様子だ。都合がいいのでこのまま放置。
「それに、主様」とサファーウィは俺を見る。
おおう、こっちにも注意事項か。
「主様も危険です。主様こそ誰に狙われるかわかったものじゃありません」
と、ミーシャを睨む。まあ、ミーシャも命かかってるからな。俺を殺したって変わらんが。
殺せやしないがな。
この先、どうしたって争いは起きるだろう。仕方ない。言っておこう。最後の最後で実はこうでした、ってのはナシだ。無駄な被害は防ぐに限る。なにより、俺を守るために命を掛けるなんてことは止めさせたい。
セイダロンに居た頃は、兄上の鉄壁ガードで、公にする必要も無かったことだが。
「ナタラ、従者のみなさんを集めて」
ナタラは俺の意図を汲んだらしく、しっかり頷くと、テーブルをまた人数分増やす。小熊猫姉妹がそれを手伝い、罪人は、アルアインによって、窓枠に外向きに括られた。それはまるで柱に刻まれた彫像のようだ…俺の中のオネエ様が増える、わらわらと増えていく……。
「姫様? みなさまお揃いですけれど」
ナタラが俺に不審げな視線を寄こす。
はっ、いかんいかん。オネエ様を増やしてはいかん。
「ありがとう。では始めましょうか」
従者AからEが席に着いて、あとはいつもの面子。プラス王太子とミーシャ。改まってこれだけ揃うと、久々、前世ぶりに緊張するなあ。プレゼンしてるみたいだ。
「集まって頂いたのは、私の身辺警護のことをお話ししたかったからです」
ミーシャが途端にぶすくれて「私の方が先でしょう」と王太子を揺すっている。全員に聴こえてるぞ。が、肝心の王太子だけには聴こえてなさそうだな。
「後宮の警備のことは、後ほどセーヤ様と打合わせますから」
それは俺よりセーヤのほうがいいに決まってる。
「それで、私、です。私を守る必要はありません。危なくなったら皆、私を置いて全力で逃げてください」
「そんなこと、できませんっ」
「サファーウィ、陛下にも言われたでしょう? 次回は逃げなさいと」
「あれは賊に対してです。主様が危なければ話は違います」
そうだろうな。あれは俺のことをわかって言ったのではないと思うから。
「サファーウィ、私は大丈夫なんですよ。現に、ナタラは私の兄上に重々含められてます。一緒に逃げる事は不可能と判断したのなら、私を置いて逃げ延びろと」
国一番の俊足を俺の侍女にしたのもそれが理由だ。兄上が恐れているのは、ナタラを人質に、俺が言いなりになってしまうことだから。
「兄上様はどうして、そのような酷いことを言われたんです?」
悲壮感を漂わせなくていいんだよ。理由は簡単。
「誰も私を傷付けることができないからです。触れる事も叶いません。私には、古代セイダロン王家の法術特性があるのです。兄上言われるところの女神の恩恵です」
俺に言わせれば、前世俺の呪いだ。
女神の恩恵、法術特性とは、古代セイダロン王家法術の表層化というもっともらしい理由が付いている。平たく言うと、先祖の法術が時を経てから子孫に出ちゃったというものだ。兄上が固くそう信じている。
だが、これは前世の俺の願いであり、今の俺には呪いなんだ。
前世の俺は、このコがいつも心配だった。変な男に攫われたら、怪我をしたら、病に倒れたら、きっと俺は心配で死んでしまう。このコは妄想の権化だったが、妄想ですらイヤだった。だから俺は『嫌なものは弾く』防御をこのコに備えることにした。
攻撃はできない。叩きのめすとかないない。魅了の技とかもない。というかそれは必要ない。透明になったりもしない。すり抜けとか無理無理。このコの心が傷つくような真似は一切させたくなかったから。つまり、危害は加えられないが、与える事もできないという……。
できるのは、弾くことだけだ。人であれ何であれ、凶器であれば凶器ごと、体に触れないようにするだけのもの。それで十分だと思っていた。
だから、今の俺は、自分の身だけ防御力無量大数で攻撃力無の最弱彼女。
「それが本当でも、主様だけを置いて行くなんて、そんなのヘンです。私にはできそうにありません」
もっともだ、サファーウィ、俺もそう思う。
「ええ、ヘンなのは認めますが、仕方ありません。これが私の特性です」
責めるなら、バカな前世俺を責めてくれ。
例えば、俺が戦に巻込まれたとする。馬も射殺されて、俺だけ敵中ぽつんと取り残されるんだよ。で、俺は囲まれるが、触られないから、捕まることもなく、敵がギリギリと見守る(?)中を、とぼとぼ歩いて帰るんだ。想像するとほんとに可笑しい。
本人になってみてわかった。もっと特殊技能を考えておけば良かったんだ。
「従者の皆さんも、そのように行動してください。私に危機回避の援護は必要ありません」
「ですが、姫。私だけはお側に残る事をお許しください」
セーヤが懇願するように言う。
「セーヤ様。あなたも私に構わず、危険が迫れば逃げてください」
「いいえ」とセーヤは自嘲気味に笑い、
「ボウの邸で、嫌というほど後悔したんです。体の守りはそれで良くても、心の守りを考えていなかったんだと」
う、その通りだ。ボウの顔面だけでダメージ無限大までいったし。
それこそ考えておけばよかったのに、前世の俺。メンタル攻撃なら俺を滅せるぞ。
でも、この言い方は、もしかすると随分前からわかっていた? そしておまえも? 理想の彼女にこの防御を付けていた?
もしかして、オプションも?
冷や汗が流れる。マズイ。今の今まで忘れていた。オプションの存在を。
前世の俺はこの防御にオプションを作った。例外だ。
このコが拗ねて怒るのはかわいいけど、かわいいからこそ、仲直りにはちょこっと強引な手を使いたいわけで。そんな時に弾かれちゃったら身もフタもない。だから俺、といっても前世の俺、誠也だけは、この防御は通じないことにしたんだ。
気づかれてはいけない。俺にこの防御を付けたヤツがおまえと瓜二つだとは。
いや、大丈夫だ、そんなはずない。オプションは発動しない。こいつは誠也ではない。セーヤならば弾けるはずだ。
だが、試す勇気はない。
オプションが効いたら、隠しようもない事実が浮かび上がる。
「あの時は、怖い思いをさせましたね」
おまえが仕組んだんだろうが。いや、ボウを嵌めるためでなく、俺を試したのか? この体質を?
「これからはお側に居りますから」
それは困る。オプションが怖い。
「私が居れば怖くありませんよ」
それが怖いっつってるだろうが!




