賊は国民全員です
日を追うごとに、本当に学食然としてきた後宮内食事室。テーブルは端に寄せられ、中央に広い空間を確保。そして今、その中心には、オブジェではなく、これは芸術品か? と思うほどの縛りを披露された賊二名がぽそっと置かれていた。
こいつらは男だな、どこをどう見ても。サファーウィ、ほんとにお尻見せなかったんだろうな? 俺は心配だ。
「ナタラ、甘露水、もう一杯欲しい」
隅に寄せられたテーブルに、俺と羊さん達は座っている。王太子はミーシャと隣のテーブルで、尋問されている賊を眺めている。
「姫様、お腹壊しますよ。温かいものになさってください」
もう壊れたいんだ、俺。何を間違ったんだろう、いったい…。
賊を縛ったのは、アルアインだそうだ。それはもうサファーウィとの連携は素晴らしかったと、ジュメルが笑顔のまま語ってくれた。余談だが、ジュメルの顔は生まれつきの微笑顔。母親も同系統らしく、どんな表情をしても笑顔の変化球にしか見えないという、ある意味恐ろしい遺伝だ。本当に笑っている時はえくぼができるので、そこで見分けられる。
話を戻そう。
アルアインは酒場で働いていた。彼女に任された仕事は皿洗い他諸々の雑事。鍋釜洗うのはもちろん、壊れた椅子の補修やら、雨漏り塞ぎやら、ゴミの始末やら、やることはたくさんあったそうだ。料理だけは頑固な老店主にやらせてもらえなかったので、からっきしだそうだが。
そんなアルアインが働いていた酒場は、日が昇っている間は庶民の食堂、夜ともなれば陽気な酔っぱらいの巣になる。大方は楽しく騒ぐだけで帰ってくれるが、たまに迷惑な酔っぱらいも発生する。迷惑な酔っぱらいは勝手口から放り出されるのが常であり、その勝手口近くにはアルアインが居るわけで、酔っぱらいを「放る」ことも彼女の仕事になっていた。ただそれを野に「放って」しまうと、すぐに店に戻って来るから困る。殴るわけにもいかない。酔いが醒めればまた大事な客になるからだ。
それがこの技術を身に付けた経緯らしい。
縛った酔っぱらいを勝手口に置いておく。死なないように暖も取ってやる。しばらくすると、酔っぱらいの奥さんが感謝をして縄の先を握って引っ立てていってくれるか、自力で歩いて帰るか、となる。縄は、酔っぱらいが次回店に来た時に持って来てくれるのだそうだが、たいていはその日のうちにまたお持ち帰りされてしまうという。
どうでもいいんだ、そんなことは。
問題は、その技術だ。日々研鑽された縄縛りは見事に昇華されているんだよ。賊の二人とも違う縛り。しかも特徴をよく掴んでいて素晴らしい! 美しい! 拍手! じゃないんだってば。もうこれ、夜のクラブの舞台に見える。サファーウィとアルアインでクラブが開けるんじゃないか? いっその事、夜のイースを支配すればいい。よし、クラブアイドルを作ろう! 夜を制する者は全てを制する!
だから違う。
どうして、周りの奴らは平気なのか。知らないからだよな。騎士なんか感心しきりに、縄目をじっくりと観察しているから。
俺は正視するに忍びない。誰か助けろ。
俺が邪なだけだとはわかってる。相手は酔っぱらいだ。暴れても解けない、痛くない、苦しくない、胸を圧迫しない、身長体重等々考えれば、こういう複雑な形状になっていくのだろうと理解できる。できるんだが……。
悶々とする俺の隣でセーヤが気遣わしげだ。それも苦しい。俺の考えを読むな、頼む。ムチを持った網タイツのオネエ様なんか居ない、いないったら。
「姫、場所を移動しましょう」
セーヤが俺を覗き込む。だからやめろって。真っ直ぐ純真な瞳が痛い。妖精さんの頭の中がこんなんで、もうどこに謝っていいやらわからない。
「姫? いかがした? そういえば顔色があまりよくないな」
王太子、来なくていいから。おまえが来るとミーシャも来る。ほら来た。
「きっとお苦しいのよ。あの者達が誰に頼まれたか白状するのが怖くて。私を殺そうとなさるからですわ」
「なんてことを言うのっ」
がたんと椅子を蹴って立ち上がるサファーウィ。着替えたら途端に活発に動くんだな。
「私、間違ってます? 私さえ居なくなれば殿下が振り向いてくださるかもしれないのよ………殿下ぁ、怖かったんですの、とてもとても怖かったンです」
「姫」とセーヤは手を出して「場所を変えましょう」とまた言った。
「ギュスターブさま、そんな方の、なぜ、お手など……もう、その方は、お父さまへお渡し…」
「ミーシャ、それ以上言うでない」
「殿下っ、だって、この方、さっきから、あの者達から目を逸らしてるの…殿下、私、怖くて怖くて…なのに…」
当たってるぞ、ミーシャ。よく見てたな、褒めてやる。それに、俺は疑われても仕方ない。前提に王太子が好きなら、が付けばな。
王太子はミーシャの肩を抱き寄せて、
「姫は賊に怯えておるだけだ。セイダロンでこのような目に遭った事がないのだろう。兄君がよくお守りになっていただろうから」
庇ってくれるのは有り難いが、俺がよそ見をしていたのは、オネエ様に支配されそうになっていたからだ。兄上は関係ない。
「では、殿下は私がこの人に殺されてもよいとおっしゃるの? ヒドイわ。セーヤ様、あなたも私が死んでもいいとおっしゃる? 違うわね、セーヤ様はそのようなご無体な事おっしゃらない」
ここに来てセーヤを名前呼び。ミーシャ、女のヤな部分がどかんと出てるぞ。別におまえは好きでも嫌いでもないが、それは嫌われる。やめたほうがいい。
「黙んなさいよ、言わせておけば、さっきからわけのわからない言いがかりばかり」
サファーウィ、俺はいいからケンカはよせ。
「あら、私にそんな口をきいていいの?」
「いいもなにもあなたはボウの娘でしょ? 貴族の養子だろうがそんなの名前だけじゃない。せいぜい墓石の名が長くなって、石屋に余計な料金払うだけのことよ」
「なんですってぇ、私は王太子殿下の妃なの、妻なの、それをそんな態度でいいはずないでしょっ」
「だから言ってるでしょうが。あなたは死んでも、王族の墓には入れない、ちゃんと弁えなさいって。どうして私があなたなんか助けたと思ってるの? 街中をぶらついてるただのボウの娘なら助けやしないわ」
「それは、私が殿下の妃だからでしょ、あんたも認めてるじゃないの」
「そう、その通り。殿下の愛人に死なれちゃ困るのよ。あなたには殿下と一生添い遂げてもらいたいの。せいぜい長生きしてせいぜい殿下を繋ぎ止めてほしいわけ」
「……い、言われなくたって……あんたにそんなこと言われる筋合いはないし、言われなくたってそうするわ」
「じゃあ、約束。絶対死なないで。あなたが死ぬと、主様が殿下と添わなきゃならない。それはだめ。絶対に阻止するっ」
サファーウィ、握りこぶしにて、仁王立ち。
俺、置いてけぼり。
王太子ぽかーん。
セーヤは、少しはにかむような笑顔で、
「では、私も、さきほどの答えを。ミーシャ殿、あなたに死なれるのは困る。理由はサファーウィ殿と同じだ」
なぜかミーシャが俺を睨んだ。しかし、言葉を発したのはサファーウィで、
「セーヤ様、こと殿下に関しては私たちとの共同戦線もよろしいでしょう。殿下と主様の障壁を頑張って努めて下さい。けれど」
そこでまた握りこぶし。おまえ、ほんっとに熱血だな。
「主様は簡単には渡しません。私たち全員を認めさせてみなさい。あなたのような軽薄男に私たちは負けませんから」
上から目線の宣戦布告……。
「いいでしょう。姫のためならどんな苦難も乗り越えてみせますよ」
セーヤもよせって。
「ほんとにいいんですか? 全員ですよ? 女の子、これからも増えますよ?」
サファーウィ、もういいって。
「ええ、姫のためなら」
軽く目を閉じて頷くセーヤ。
「姫、姫って。その人は、私を殺そうとしたのにっ、どうして捕まえないの? それとも、もうお父様のお手がついて、ここを追い出」
「ミーシャっ、いくらそなたでも、姫を不埒な言葉で貶めることは許されない。心するように」
「……な…ん…どうし…ひどい、殿下、こんなの、ない、そんな、セーヤ様、わたし…ねえ、怖かっただけなのに」
セーヤ、無表情。王太子もフォローなし。俺は文句を言いたい。めんどくさいから泣かすな。
「そろそろいいでしょうかね?」
ラシュートがひょうひょうと現れた。すっかり忘れていたが、賊を取調中だったか。……忘れるなよ、俺。
王太子がラシュートとミーシャ、それにセーヤを順に見て、その場を動こうと、つまり自分だけラシュートの意見を聞こうと足を踏み出した。
「俺、ここでいい?」
どうして席に着くんだ、ラシュート。サファーウィも座った。俺の羊さん達も落ち着いて深く座り直す。おいおい、みんな速攻で話を聞く態勢か? 凄いな教育の賜物だ。
じゃなくて。空気読め。礼儀ができても空気の読めないヤツは落第させるぞ。
従者AとBが慌ててテーブルを継ぎ足してセッティング。そう、このままでは王太子とミーシャの席が無い。
だから、そうじゃないってのに。
俺の抗議の視線はガン無視され、テーブル円陣で会議の準備も整った。羊さん全員とどうでもいいが王太子とミーシャの顔も拝めるようになった。賊は部屋の奥。俺からは縄目が見えないほど遠い。話の内容を聞かれないためよりも、俺の精神安定のために良いことだ。
「では、いきなりですが本題です」
背筋を一斉に伸ばす羊さんたち。正直、君ら関係ないからと思ったら少し笑えた。
「賊は、自主的にミーシャ殿の命を狙ったのだそうです」
「裏は無い、と?」
そう訊くセーヤに頷くラシュート。
「もっとよく調べてください。誰かに頼まれたに違いないんですからっ」
甲高いミーシャの声に、王太子は顔を顰めつつ、肩で息をつき首を振る。
王太子に俺を疑う理由はないが、ミーシャにはあるからな。
「誰かに頼まれたのならどれほど良かったことか。ここで言ってもいいですか? 殿下」
そのためにこの場に座っただろうに、ラシュートが白々しい。
「いや、しばし待て」
考える時間が欲しいらしい。心当たりがあるのだろうか。
きょろっとみなを見渡す。静粛にしているが、もじもじしているのが一人。さっき泣いていたルゥルゥだ。サファーウィが賊を容赦なく殴りつけたので、賊よりもサファーウィが怖かったらしい。そんなルゥルゥと目が合った。
「あの、主様、あのね…その…っく、ぅぅ、っぇ」
「ルゥルゥ、泣かないで。まだ怖いのですか?」
「じゃ、なくてぇ、主さまに、こ、れ」
ごそごそと包みをテーブルに置いた。それがしたいだけでなぜ泣くんだ。皆の目がルゥルゥに集中しているのも良くないのか。
「さきほど、ね?」
後は引き受けたとばかりに、ジュメルは、たぶん苦笑しながら、
「ナタラさんがくださったのです。お土産だとおっしゃって。ナタラさん、外にお出かけになるといつもお土産をくださるんですよ。今日は奇麗なアメ玉をたくさん。それを、ルゥルゥは主様にも食べて欲しいんですって。自分が食べて幸せで、涙も止まったから、主様も幸せになれるって、ね? ナタラさんのお土産なんですけど」
再度、ナタラのお土産を強調して、包みを開いた。
ナタラ、ずるい。俺の知らないところで点数稼いでいたのか。俺、やっぱり気がきかないんだな。そんなこと全然思いつかなかった。女の子ウケも良くないはずだ。出かけたらお土産。よし、覚えた。
「ありがとう。貰うわね」
ジュメルが「待ってください」と手を上げた。なぜか、アンバラとゼノビアがびくついた。食べたかったんだな。「後でね」とこそっと言えば、姉妹はこくんこくん頷いた。可愛いな小熊猫。
「アメの色、たくさんありますけど、主様がどれを選ぶか、皆で予想します。主さま、ちょっとだけ目を瞑ってください。いいと言うまで開けちゃダメですよ」
ジュメルもなんて可愛いことを。
「わかりました」
うん、目、瞑る。ぎゅうっと瞑るよ。全然見えないよ。
「これだと思う人。いち、に、さん、し、ご? 多いわ、これ」
「じゃ、これ。いち、に、さん、なるほど」
「これは? いち、に、はい」
「これ……居ない」
「これは? あの、お一人ですね」
「で、これは…居ない」
「では、これ? なるほど一人、と」
「主さま、もう開け…」
「待ってよ。当てた人にご褒美はないの?」
ラシュート、余計なことは言わんでいい。目を開けさせろ。
「ご褒美です、ね?」
「そう、例えば、姫君と一日遠乗りに行けるとか」
きゃあっ、と湧いた。いや、おまえたち、
「どこかに行きたいのなら、皆で行きましょう。次にお天気の良い日にでも、どうかしら?」
全員連れてってやるから。
また、きゃあと湧く。
「姫君、ご褒美ですよ、ご褒美」
ラシュートが口を尖らせているのが想像できて笑える。
「この場で終わるご褒美の方が良いと思いますので…、主様のお口にお好きなアメ玉を入れる権利というのは、どうでしょうか?」
また、ジュメルは、なんてかわいいことを言うんだ。
「それでいいわ。目を開けるからね」
選ぶのは、もう決まってる。予想通りの味だといいが。
「わたくしはこれ」
ふふっと口元が緩んでしまう。誰が当たったんだろう。見渡せば俺のニヘラ顔とは対照的に、殆どの顔ががっかりしている。
「意外です、ね。主様のお好みは」
そう言って、ジュメルは当選者を言わずに投票結果を発表した。桃色が一番多い。俺のイメージらしい。次いで水色。黄色に薄茶、白、黒ときて緑は誰も入れなかった。
「ナタラ殿、お茶を用意してください」
セーヤが隠しきれない笑いをそれでも必死に抑えつつ言った。
なんだよ、おまえかよ。おまえは参加するな。当たるに決まってる。考え方が同じなんだから。
「姫はなぜそれを?」
王太子は薄茶を指したらしい。参加してたんかい!
「なんとなく、初めは色が無いほうが良かったので」
「明日、同じことをしたら最初は白を選ぶのか?」
「そんなことは明日にならなければわかりません」
あは、と笑ったら、
「では、明日は当ててみせよう」
とか言う。それ違うから。横にムスっとしたミーシャが居るだろう? そっちと遊べ。
セーヤが片手にアメ、片手にティーカップで俺に近づく。
「姫、いいですか」
やだよ。お茶が嫌な予感しかさせないだろうが。
「はい、ご褒美。あーんして」
言うな、そういうこと。みなも静まり返るな。注目するな。食った途端に吐き出すとか、あり得そうだから見るなって。
「あの、その前に、味を聞いてもよろしいでしょうか?」
「香草ですよ。以前、姫が避けたものと同じ味です。ちなみに、これだけ柔らかいです。アメというより噛んで食べます」
歯磨き粉みたいなヤツだな。チョココーティングされたのとか、懐かしいなあ。海外土産でよく騙された。懐かしいから食いたいか、というとそうではない。
「降参ですか? 姫」
「降参で、許してくれます?」
「許すも何も、姫、食べられないでしょ、こういうの」
とても嬉しそうにセーヤは笑った。何が嬉しいのだか…。
そして真面目な顔に戻り、
「では、ご褒美はまた後で。ラシュート」
「はい。では殿下、続きを始めてよろしいでしょうか?」
セーヤの呼びかけに、ラシュートも心持ち固い声を出した。
そして王太子は苦りきった顔で頷く。
ラシュートは、「失礼は承知です」と前置いて、
「賊は二人とも王都に住む労働者ですが、今後、誰が賊になってもおかしくありません。貴族を含めた、いわば国民全員がミーシャ殿の死を願っていますので」
そう来る?
俺は甘かったか。ミーシャを殺して自分も死ぬなんてのは、忠臣しかあり得ないと思ったんだが、居るわな、そりゃ。この国の危機に気づいて行動する平民も。国は広い。サファーウィのように、何の利もないのに俺の為にミーシャを助けるなんてヤツが居るんだ。国の為に自分を捨てる只の人だっているだろうさ。
王太子は腕を組み、椅子に沈み込んだ。沈むほどのクッションはないから、力が抜けたんだろう。逆に、ミーシャは立ち上がった。
「なにをおっしゃるの、ラシュート様、私、何も悪い事はしてません。どうしてそんなことを、いじわるをおっしゃるのっ、私、あなたのこと、嫌いじゃないのに、どうしてっ」
ここまで来て好きも嫌いもないだろうに。
「俺も、ミーシャ殿は嫌いではないですよ」ラシュートは笑顔で返してから「ただ、あなたを狙う人間はどんどん増えていきますから。一瞬の隙が命取りになりますね」
ミーシャが息を呑んだ。ちゃんと説明してやれよ。俺はそういうの嫌いだ。
「どういうことです? ラシュート様」
今度はサファーウィが立ち上がった。そうだった。彼女はミーシャに死なれちゃ困る人間の一人だった。
「イースはね、平和なんですよ。皆その平和が崩れるのを恐れている。ミーシャ殿さえ居なければ、この国の安泰は続く。ミーシャ殿が死んでも誰も困らない。どこからも報復されない。途絶えて困る血筋でもない。国中の至る所で燻っていた火種が風に煽られたのか、ここのところ活発だという情報はあったんです。そして今日、暗殺者は出現しました。延焼するのも時間の問題。明日、ミーシャ殿が生きている保証はどこにもありません」
ミーシャが顔を覆い「ひどい」と呻いた。
「俺の誤算は、平和に慣れきった国民が動くとは思わなかったことですね。主立った貴族や臣下には注意をしていたんですけど」
ラシュートも俺と同じ考えだったか。国民を煽動したヤツが居るとも踏んでる。
「ミーシャのために、ミーシャと別れれば良いのか」
王太子がようやく声を出した。
「守り通すという手もありますよ、というかそれしかありません」
ラシュートの、どこか気軽い物言いに王太子が気色ばむ。
「守れなかったらどうする気だ?」
「守るしかないでしょう?」
「ラシュート、その問答ではキリがない。万が一はあってはならん」
「ですから、守るしかないんですよ。今までとそう変わりません」
「どこで誰に狙われるのかわからんのだぞ」
「どのみち王族の周囲は常にそうなります。有名税ですから」
「しかし、確実にミーシャを守るためには別れることも考えねばならぬ」
「殿下、そんな、私はいやです、犯人を捕まえればよいのでしょう? 私を狙う人間は全員、殿下が捕まえてくださるはずだわ」
そしてなぜか俺を指差すミーシャ。
おまえな、話聞いてたか?
「ミーシャ、そなたが死んでからでは遅いのだ。私でなくともそなたを幸せにしてくれる男は居るだろう」
「殿下…そんな方いません」
「そなたの命には代えられない。そなたと別れる事がそなたを守ることになるのなら私は躊躇せぬ」
おまえは違う方向で躊躇はないのか? これでミーシャに思いを寄せていたという男共に立派な大義名分もできることだしな。今なら王太子が刺客の黒幕だと言われても信じるぞ。
……まさかな。
王太子とミーシャのやりとりが続く中、従者Eが、すさっと俺の横に来た。
「陛下が、後宮への入場をご希望しておられます」
心配で出て来ちゃったのか。仕方ないな。断れるわけないし。
「お通しして」
告げたところで、顔を戻せば、王太子とミーシャが俺を見ている。
「陛下がお越しになられてます」
王太子の顔が歪み、ミーシャが勝ち誇った顔になる。また何か謀でもあるのか。どうせたいしたことはないだろうが。
騎士方は、急いで縄を持ち賊を並べて座らせた。ごめん、その図、俺的に微妙。
ナタラは、皆の服装をチェックして、整列させている。俺もその横にちょこんと加わり、そのまた横にはセーヤが付いた。王太子は真正面で王陛下を待ち構える様子。ミーシャはその隣。なんかヘンだが王太子がそれでいいならいい。
準備万端整った間もなく、王陛下がいつものごとく穏やかな笑みを浮かべ、現れた。
一斉に頭を下げて出迎える。
「よいよい、顔をあげよ。みな、無事か?」
「はい、幸いな事に」
最初に答えたのはやっぱり王太子で、次にミーシャがどれほど怖かったかを甲高く力説した。俺への疑惑もかなり混ぜ込んで。そこはさすが博愛主義の王様、笑顔でそうかそうかの連続流し。
「ときに、王太子妃」
王陛下に呼びかけられた時の、俺に向けられたミーシャの顔。してやったり? ほらみろ? ってところか。幻滅するからよせというに。王太子もラシュートも見てるというに。あれほど猫を被るのに、どうしてこういう所は計算しないのか不思議だ。
「そなたの後宮の者達はみな大事ないか?」
と寄って来る。皆の王陛下への顔見せは済んでいるから、誰が誰との紹介は要らない。いちいち覚えてはいないだろうがな。それでも王陛下は一人ずつ顔を見て、一言二言、褒めている。もう一度言う。褒めている。見た目で褒めるとこないだろ、と思うのに。
「サファーウィ、大義であったが、次からは逃げるのだぞ。おぬし達が怪我をすれば王太子妃が嘆く」
顔と名前が一致してる! 報告も噛み砕いてる。仰け反りそうだ。さすがスケコマ…違う、博愛主義者。
王陛下は列の端まで行くと、くるりと踵を返し、俺の所まで戻って来た。
「怖かったかの? そなたに危険は及ばぬ。安心せい」
違和感がある。安心って何を?
王陛下は俺の手の甲へ唇を落とすと、そのまま手を引き、賊の前まで進んだ。王太子が慌てて王陛下の横へと。
「父上、妃は賊と関係ありません」
「ほう」王陛下は目を細め「妃とな」
「……き、妃です」
「ほほう、まあ良い。この者達か?」
通常、王が罪人と直接会うことはない。それも平民の賊だ。事情はどこまで報告されているのだろう。ラシュート、と視線を動かす…ん? そういえば。
マズイ。見ちゃダメだ、王陛下。変態に磨きがかかったら、妾妃方が苦労してしまう。
「これはまた見事な縄掛け。セイダロンのものか?」
違う違うと首を振る、おかしな誤解はしないで欲しい。
「これは、わたくしの後宮に居る者が施したのです。その道に長けた者がおりまして」
何の道なんだ、それ。落ち着こう、俺。
「そなたの後宮には面白い者が揃っておるのだな。ふむ。また宴へでも出すが良い」
宴で何をするんだー!! いいや、落ち着くんだ、うん。
「して、王太子妃、この者達をどう思う?」
いきなり言う。話が変わってほっとするが、俺がどうこう思ったら、陛下がどうこうするんだな? 気を抜いたらいけない。
賊は二人とも全てを諦めているようで王の前で口を開く気配はない。覚悟のうえだからか。若そうだし。王太子と同じか少し下ぐらい。悔しいだろうと思う。こんなバカのために。なのに弁解はしない。
「潔しと思います」
「そうかそうか」
王陛下は笑う。
「我国はまだ腐ってはおらんと、そういうことか?」
「そこまで申し上げてはおりません」
それは知らん。今回の件に限ってだ。
「正直じゃ、良い子良い子」
頭を撫でるな。ぐりぐりすんな。
「王太子妃よ、そなたの後宮で起こったこと、本来、余は口出しできぬ。だが、そこの者達は余に免じて放免してはくれぬか?」
「父上、それはなりません。後宮に侵入したのです。無罪などあり得ません」
「おまえに言うておらぬわ。後宮主である王太子妃に言うておる。襲われた者も王族ではない。どうか?」
「父上っ、放免などしたら、またミーシャが襲われます。それは断じてなりません」
「奸婦一人のために国を思う若者を無味に斬ると言うか? 逆ではないかのう、太子よ」
「逆? 暴漢は、この者達です。ミーシャは何もしておりません」
「では、その暴漢何人斬れば終わるのか? 百人か? 千人か? 民の恨みはどこに向かうのであろうな」
「……そ、れは」
「女一人御せぬ者に、何事も為せぬわ。さて、王太子妃、後はそなたに預けよう。同じことがいつ起こっても、余の希望は変わりはせぬ」
「…父上は、何もせずに見ているだけですか」
「余の後宮ではない故な」
「父上の後宮でも、何もしないではありませんか」
「おまえはさぞや『何か』をするのであろうな。王太子妃、任せる」
「…はい」
と頭を下げる、しかないだろう、この場合は!
そして暖かな微笑を浮かべたまま立ち去る王陛下。言いたい事だけ言った感満載。しかも罪人の前でだ。放免すれば、この話は広がる。息子より国民を取った賢王だと。
顔に似合わずえげつないな。




