結婚しました!
「おまえに私の心はやらぬ」
おーおー、いいねえ、青春だねえ。トリハダものだけど。
「私の心は生涯、このミーシャだけのものだ」
はいはい、その調子で、ぜひとも初志貫徹して頂きたいとこちらも心底願っておりますとも。
「なんとか言ったらどうだ、セイダロンの姫よ」
俺の名は呼ぶつもりもない、と。挑発的だなあ。でも乗らない。
「殿下は、お一人の方に生涯を捧ぐとおっしゃるのですね」
面を上げ、やんわりと微笑んでみせる。
「無論だ。おまえとの婚姻はただの政略、表向きだ。今後は公務以外は口もきかぬ故、そのつもりでおることだ」
天晴な心意気だが、ケンカ腰はよくない。少なくとも政略と自分でも認めているのなら、俺に対しては当たらず触らずにするべきだ。
王太子は、愛妾の腰を引き寄せ「ミーシャ」と甘く囁く。
「そなたに辛い思いはさせぬ」
そしてイース国の王太子正妃として嫁いだセイダロン王国第一王女の俺を蔑ろにするわけだ。
この婚姻はてめーの国から申し入れされたんだぞ、と本来なら抗議すべきだけどね。初夜の床で言うことじゃねえし、とかね。愛妾同伴でその床に来るとかね、もう、ほんとに……。
予想通りで、嬉しくって涙が出ちゃうじゃないかあ!!
「ナタラ。普通の寝着を出してくれる?」
部屋から出て行く二人を、深々と頭を垂れて送った後で、国から連れて来た侍女に言った。
ガウンの下は、もうこんなの着ても着なくても同じじゃね? ってほどの透け透けの寝衣。腹が冷えるって。
「姫様っ、このような屈辱を受けて、どうしてそのように能天気でいられるのですか!」
ジト目で睨むから、舌を出してみせる。
「だって、言った通りでしょう?」
「だって、じゃありませんよっ、わかってらしたのならっ…はあ…」
言葉途中で、ナタラはクローゼットに向かってとぼとぼ歩き出した。ようやく学習したらしい。この件では何度も言い争った。自国から連れて行く侍女だけには、事情を納得しておいて欲しかったから。
俺が嫁いだイース国王太子には以前から愛人が居た。よくある話で、正妃にするには身分が足らない愛人。足りていればとっくに正妃にしてるわな。調べた所、足らないのは身分だけじゃなかったが、それはどうでもいい。愛人自体には用が無い。俺にとっては愛人が居るってところがポイントだから。王太子が、一生その愛人一人を慈しむと宣言したのも幸いだった。
そういや、さっきと似たようなことを婚姻の儀の宣誓でも言ってたなあ。他の誰も抱かない、娼館にも行かない、一途に『ミーシャ』だけを愛すると。正妃は正妃の位を尊重するのみと。王太子にとっては正妃とは役職の一つであり、宰相に手を出さないのと同じく正妃にも手を出さないのは当然だ、と。宰相にはそりゃ当然だが、同じ土俵に正妃を上げる理屈が理解不能だ。招待客も俺と同様みなドン引き。兄上なんか席を蹴ってたな。だいたいこれで破談になったらその大事な愛人とも一緒に居られないっていうに、何の為に正妃を娶るのかすっかり忘れたかのようだった。信じられないほどの阿呆だが、俺にとっては願ったり叶ったりの計画通りとも言う。ちょっと煽っただけで尻尾を出して宣言してくださった。煽るっていっても、宣誓の時にベールを取って微笑んだけ。ニコーっとな。
俺は俺が極上の美少女だと知っている。
悔しいよな? 辛いよな? 決心揺らぐよな? だから己に枷をはめるためにも、王太子は強がり宣言するしかなかった。元、男三十八歳だった俺には、その気持ちがよくわかる。俺もどうしてこれが自分なんだと、悔し涙で寝られぬ日々を過ごしたんだ。今でも泣けるぞ。少女と女のど真ん中。美女は好みが分かれるところだが、美少女ならばタゲが広範囲だ。しかも、俺は法術特性でこれ以上は成長しない。成人しているが永遠の美少女なんだ。透き通るようなもち肌にほんのり薄桃色の頬とぷるっぷるの唇。金の睫毛はバサバサと音がするんじゃないかと思うほど。細い腰に小さな尻。腰まである豊な金髪、胸は掌に収まるサイズ。巨乳は、たまにならいいが、毎日となると食傷気味になる。乳が乳に見えなくなってくるんだ。いい年したおっさんがなにしてるんだろう? と賢者タイムに襲われたりもするんだ。だからこのサイズがいい! そう、この俺の顔と体がまさに理想。俺の前世の理想がここに!
……あ、だめだ、泣けてきた。それが自分じゃ、どうにもならないだろうよ。
だから、好きなだけ抱き枕にできる、はいどうぞ、もういくらだって触ってやってください、ほらほら早くぅ、な据え膳の絶世美少女に手を出せないのがどれほど辛いかよく分かる。修行僧も真っ青な苦行だよなあ。俺としたらお仲間一人ゲット!てなところだがな。ざまみろ。
というように、俺には前世の記憶がある。そこそこの容姿を頑張ってなかなかの男前に仕上げていたと思う。ぱっと見イケメンってヤツ。仕事もそこそこの能力を努力で底上げしていた。運も手伝ってか出世は早かったし、女に困った事も無かった。ただ、天敵は居るもので。ちょうどこの国の王太子のような、美少年がまんま成長したような男には勝ったことはない。軽くトラウマだ。部下にするのも、そんなヤツはできるだけ避けた。公私混同だが、仕事においても同じようなことが言えたからだ。油断していると俺をすっ飛ばして上へ報告がいったりするんだ。出し抜かれるならまだいいが、尻拭いだけが回って来るという貧乏くじに何度煮え湯を飲んだことか……。
「こんなにお美しいのに、なにをスキ好んであんな王太子に嫁いだんですか」
ナタラがまだ未練っぽく言いながら俺の身支度をしてくれる。
「あんな王太子だから良いんだって言ったじゃない」
王と王太子には後宮を持つ権利があるが、正妃を娶らなければ、後宮は開けない。後宮が無ければ公然と妾は囲えない。つまり、ミーシャとやらの愛人を日の当たる(?)妾妃にしたいがために、王太子はかりそめの正妃を娶りたかったわけだ。
本日午前に俺と婚儀をしたら、午後にはもう王太子の後宮が開かれていた。用意周到。ありがとう。どうして礼を言うのかって? 俺の用があるのがその後宮だからだよ。
後宮が開かれたとは、王太子の住まいから、後宮への扉が開かれたという意味だ。現在、その宮には愛妾のミーシャ一人が住んでいる。王太子の部屋に一番近い場所。いわゆる寵姫の間。たいていは正妃がそこも使うらしいのだが、ま、それもどうでもいい。俺の部屋は王太子の部屋と寝室繋がりで、後宮とは反対側にちゃんとある。その寝室には両側から鍵がかかってるけどな。それもどうでもいいというか、好都合。俺の意志で永久閉鎖できる。ただ、後宮にも俺の専用部屋を一室確保しなきゃならない。後宮の管理は正妃の務めであり、俺の狙いでもあるからだ。どこでもいいけど、王太子の部屋から一番遠い所にするつもりだ。これは反抗ではない。計略だ。
さて、明日から根回しで忙しいからな、早く寝よう。




