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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第二章 子爵領次年の毒騒動

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第十二話 早朝の呼び出し

 クロスポートを覆う群青の空に、朝日が昇る。

 満ちる光を受け、鮮やかに浮かび上がる町並みと、それを讃え唄う鳥達の鳴き声。


「──ちっ、やかましい朝だ」


 寝不足を訴える眼を擦りながら、男はベッドから体を起こして、悪態を吐いた。

 男は同僚から、女衒と呼ばれている。

 特に能力があるわけでもない彼が、町官吏にまでのし上がった理由からきたあだ名だ。

 整えられた髭がワイルドな印象を与えるその顔で、引っ掛けた素人女を何人も伯爵に抱かせた。

 女衒自身、禄でもない手口だと分かっているため、甚だ不満なあだ名だ。

 女衒は部屋の窓から外に目をやる。

 宿を見上げる火傷顔の兵士と眼があった。

 ──火炎隊とか言ったか。朝っぱらから不吉な面だな。

 内心をおくびにも出さず、女衒は窓から身を乗り出して、火炎隊士に声を掛けた。


「早朝から町の巡回か? 大変だな」

「いや、巡回じゃないっす。町官吏の皆さんを館に連れてくるよう、ソラ様に指示されたんすよ」


 火炎隊士は、明るい顔で答えを返した。

 女衒は眉を寄せる。

 昨夜の密談が原因にしては対応が早すぎる。

 ──事務関係の情報収集か? 直接面接で引き出そうって魂胆だな。

 女衒は当たりを付けつつ、火炎隊士にしばらく待つように伝える。

 着替えをしようと部屋へ体を引っ込めた時、港に向かう漁師がすれ違い様、火炎隊士へにこやかに挨拶をしていくのが見えた。

 ──化け物でも人気があるのか。

 女衒は眼を細めて、暗い部屋に向き直った。



 少しして、宿の前には女衒を含め、六人の町官吏が顔を揃えていた。

 官吏を集めたにしては、人数が足りていない。


「おい、ジーラとグランスーノ、それにグラントイースの奴も居ないぞ。いいのか?」


 女衒が官吏達の顔を確認した後、火炎隊士に訊ねた。


「担当が来るらしいんで、そっちに聞いて欲しいっす」


 火炎隊士は火傷跡が残る頬を指先で掻きつつ、辺りを見回す。

 担当者を探しているのだろう。

 女衒は同僚達と目配せし合う。

 ここにいるのは昨夜の密談のメンバーだ。

 偶然か、必然か、召集の理由が明かされるまでは油断できなかった。


「あっ、来たみたいっす」


 向かってくる担当をいち早く発見すると、火炎隊士は目を見開き、隠れてガッツポーズした。


「……今日はツイてる!」


 一瞬だけ浮かれた様子の火炎隊士は、すぐにキリッとした顔で担当を出迎えるべく、姿勢を正した。

 ──随分と浮かれてやがる。

 化け物が喜ぶ相手を一目見ようと、女衒が視線を向け、絶句する。

 朝日を浴びる道を、霜を踏みしめながら、一人の娘が歩いてくる姿が見えた。

 赤と金が複雑に混ざる髪と白いコートを風にたなびかせ、颯爽と艶やかな歩き姿。

 あらゆるモノを見通すような理知的な瞳が、町官吏達を冷徹に見据えていた。

 女衒はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 ──とんでもねぇ上玉だな。化け物の心を鷲掴みってのも納得だ。


「ソラ様より先導役をするよう言われた、リュリュだ。朝も早いけど、揃ってるようだね。あんたもお疲れ、もうちょっと頼むよ」


 リュリュは女衒達の顔と特徴を確認して、火炎隊士を労った。

 見惚れていた女衒はリュリュの言葉で我に返る。

 女衒はもう一度、集まった者を見回した。


「三人、足りないはずだぜ?」

「揃ってる。街官吏の二人とジーラのイェラは、ソラ様いわく今回の件から省くらしい」


 リュリュは女衒に一瞥もくれなかった。

 女衒は何人もの女をたらし込んで、伯爵のベッドに送った男だ。顔には自信がある。

 しかし、リュリュは気に留めていなかった。

 リュリュの態度にプライドを傷つけられて、女衒は少し苛ついた。

 しかし、今こそ冷静にならなければと、自身に言い聞かせる。

 集められたのは密談していた者だけだと、判明したのだから。

 ──ホルガーの野郎がチクったか?

 散々馬鹿にされた事もあって、女衒はホルガーを疑う。

 しかし、ホルガーの性格ならば、女衒達を泳がせて漁夫の利を狙うと考えて、疑念を振り払った。


「それで、召集の目的は何かね?」


 女衒の隣にいたごますり爺が、リュリュに訊ねる。

 いつの間にか、リュリュはしゃがみ込んで霜柱の様子を観察していた。

 リュリュの態度の悪さに、ごますり爺が不愉快そうに眉をひそめる。

 リュリュは霜柱の観察を続けながら、鬱陶しそうに口を開く。


「ソラ様から復興計画の説明がある。まだ準備が整ってないから、散歩がてら教会に寄って、祈りでも捧げて来いってさ」


 リュリュは霜柱を指で潰している。


「……塩で凝固点が下がっているはずだから、昨日の気温は──」


 ぶつぶつと訳の分からない事を呟きつつ、立ち上がったリュリュは女衒達に背を向けて歩き出した。

 火炎隊士が苦笑して、女衒達を見る。


「リュリュさんに付いて行って欲しいっす」


 戸惑いがちに顔を見合わせた町官吏達は、仕方なしに歩き出した。


 最後尾に火炎隊士が並び、女衒達は一路、教会へ向かう。

 ごますり爺がさり気なく女衒の隣に並んだ。

 後ろの火炎隊士に聞こえないように注意しながら、ごますり爺は小さな声で女衒に意見を求める。


「……昨夜の件が悟られたと思うか?」

「まだ何もしてねぇ。動くにしても早すぎる。それに、捕らえるつもりなら、教会に俺達を入れるのはおかしい」


 教会の教義には信者の保護が含まれているのだ。

 女衒達が神に祈る姿を信者が目撃すれば、女衒達を捕らえる事で信者が反発しかねない。

 ──よほどの理由があれば、別だろうが……。


「儂もそう思う。時間を潰すなら、港の視察でも何でもでっち上げるじゃろ。教会に儂らを入れる狙いは、領民が抱く官吏への信頼を底上げするためだろうよ」


 ──流石、顔色を窺ってのし上がっただけはある。

 ごますり爺の分析に、女衒は納得する。


「となると、復興計画とやらの前準備って事か。精々真摯に祈るとするか」

「美味い汁が吸えるように、か?」


 ごますり爺が腐りきった発想で問いかけると、女衒は皮肉気に唇を歪めた。


「忠誠を示せますように、さ」


5/21 修正

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