表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第二章 子爵領次年の毒騒動

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/243

第八話  アンパッサン

「鼻歌まで歌って、随分と上機嫌だな」


 チャフは隣を歩く銀髪の娘に、呆れの視線を送った。

 悩みを払拭するべく散歩に出た身としては、少々の悔しさを覚える。


「今日だけは、浮かれていても見過ごして欲しいです」


 銀髪の娘は軽い足取りでステップを踏み、チャフの数歩前で綺麗に反転する。

 勢いで帽子が落ち、銀髪が露わになった。鮮やかな赤で染められた腰帯が色付いた風のように舞う。

 冬の凍り付いた道に、赤い葉を持つ銀の花が咲いた。

 チャフは苦笑して落ちた帽子を拾った。


「今日だけもなにも、君とは初対面だ。……秘密の商談とやらが、よほど上手くいったのだな」


 チャフは帽子についた土を払って、銀髪の娘に手渡した。

 照れたように頬を染め、銀髪の娘は帽子を受け取る。


「はい! 計画にも参加してくれるそうで──」


 言いかけて、銀髪の娘は片手で口を押さえた。

 リスの様にキョロキョロと辺りを見回して、人影のない通りを確認する。

 銀髪の娘の様子を見て、秘密事だと察したチャフは苦笑した。


「……今の話は、他言無用にした方が良いのか?」

「……申し訳ありません。浮かれ過ぎですね、私」


 流石に反省したのだろう。銀髪の娘はしょんぼりとうなだれた。

 チャフは苦笑を深めた。

 銀髪の娘の肩を軽く叩き、励ます。


「そう落ち込むな。身につまされる」

「……身につまされる?」


 銀髪の娘に復唱され、チャフは失言に気付いた。

 苦い顔を背けるチャフを見て、銀髪の娘は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「他言無用にした方が良いのでしょうか?」

「……そうしてくれ」


 銀髪の娘は愉快そうに喉の奥で笑った。


「秘密を握り合った者同士、仲良くしましょう」


 銀髪の娘は唇に人差し指を当て、もう片方の手を差し出した。

 怪我で力が入らない事を告げて、チャフは握手に応じる。

 繋いだ手を固い約束の先駆けにした。

 手を離しながらも、銀髪の娘は瞳にからかうような光を宿す。


「とはいえ、私の秘密は後二、三年しか効果がありません。その後は、私が一方的にあなたの秘密を握る事になりますね」


 唇に当てていた人差し指でチャフを指し、ニヤリと笑ってみせる。


「それは怖いな」


 あからさまな冗談なので、チャフは肩を竦めて見せた。

 元々、気分転換に出てきたのだ。

 鬱屈した気分が種の冗談に、乗ってみるのも一興だろう。


「そうでしょう、怖いでしょう」


 銀髪の娘は真面目そうな顔を作って、しきりに頷く。

 口元にはまだ笑みが残っていた。


「でも、大丈夫です。あなたの秘密が無くなれば、解決ですもの」


 指示棒よろしく人差し指をくるくると回しながら、銀髪の娘は言葉を重ねる。


「私があなたの秘密を解決して差し上げましょう」


 自信満々に薄い胸を叩いた銀髪の娘は、チャフにウインクした。


「……君が?」


 戸惑ったチャフが半信半疑で問い返す。

 銀髪の娘はこくりと頷いた。


「私はクラインセルト領を救う女ですもの。少年の悩みの一つや二つ、瞬く間に解決して見せましょう」

「クラインセルト領を救う?」


 一商人にしてはスケールが大きい。

 チャフが問い返すと、銀髪の娘は大きく頷いた。


「すぐには無理ですけどね」


 前言を撤回する気はないようだ。

 銀髪の娘が持つ自信に、チャフは興味を覚えた。


「クラインセルト領を救うと言うが、どの様な手段で救うのだ?」

「それは秘密です」


 返って来た言葉の中身のなさに、チャフは苦笑した。


「そうか、秘密か……」


 チャフは聞いて損した、と言わんばかりの態度だ。

 銀髪の娘は不満そうに唇を尖らせる。


「信じてませんね?」

「変えようと言う気概は認めよう」

「上から目線ですね」


 実際、チャフは子爵領において、ソラに次ぐ権力者である。

 上から目線なのは当然だが、そんな事とは露知らず、銀髪の娘は悔しそうだ。


「あっと言わせてやりたいです」


 銀髪の娘は頬に片手を当てて、考える素振りをした。

 あーでもない、こーでもない、と独り言を呟く。

 しばらくして、面を上げた銀髪の娘はチャフに挑戦的な瞳を向けた。


「……では、こうしましょう。今から、私が未来のクラインセルト領を描いて見せます。十年後、いえ、五年後には私の先見の明に恐れおののいて下さい。そして、人生相談をしなかった己の迂闊さを悔い改めて下さい」


 随分と強い言葉が並ぶ。

 チャフは苦笑しながらも、口を挟まずに聞いてやることにした。

 夜の通りを歩きながら、銀髪の娘は語り出す。


「まず、クラインセルト領が抱える問題として領民の非生産性があります。奪う事、だまし取る事ばかりに精を出しています」


 銀髪の娘が指摘する。

 外からクラインセルト領にやって来たチャフも、気付いていた事だ。

 官吏は富を収奪し、商人は買い叩く事に罪悪感を抱かない。

 富を増やそうとせず、喰らい合う。あぶれた者は餓えて死ぬ。

 クラインセルト領はそういう場所だ。

 チャフは振り返り、真新しい領主館へと目を向けた。

 ──クラインセルト子爵も気付いているはずだが、改善策は講じていないな。

 生産性を高めるには、領民の意識改革と技術力向上が必須だ。

 財政難のソラには手が伸ばせない分野だった。

 チャフは銀髪の娘に視線を戻す。

 銀髪の娘は背中で手を組み、夜空を見上げながら歩いていた。

 いつも変わらない表情を向ける月が、今夜も地上を見下ろしている。


「何処かの町で、生産性向上のために施設が造られます。伯爵領から子爵領へ流れ込む難民を施設に収容し、格安の労働力として、商会や職人の下に派遣する事が目的です」


 銀髪の娘が語った施設は、職業訓練を根に据えた派遣会社だ。

 ──クラインセルト子爵を越える実績になりうる。

 一瞬、目を見張ったチャフだが、次の瞬間には表情を曇らせた。


「確かに、実現すれば生産性の向上に役立つだろうが……」


 ──問題が有りすぎる。

 第一に、技術が無く、職業意識も低い難民を、労働力として受け入れる相手が見つからない。

 第二に、既存の職人ギルドの反発が懸念される。

 更に、難民を養う資金の捻出だ。人数にもよるが、かなりの金額になるだろう。

 ──クラインセルト子爵がやらないだけはある。所詮は手に負えない夢物語だな。

 チャフがため息混じりに、指摘しようと口を開きかけた。

 しかし、銀髪の娘は肩越しに振り返って口元だけで笑ってみせる。


「──あなたが危惧している事は全て解決します」


 開きかけたチャフの口が動きを止める。

 銀髪の娘は小さく笑い声をこぼした。


「素敵な間抜け面ですね」

「おい……解決します、とはどういう意味だ?」


 聞き捨てならない言葉に、チャフは問う。

 銀髪の娘は笑った。


「もうすぐ、場は整います。後は運命の糸を用いて、動かすだけ。素敵な人形劇の始まり、始まり」


 微笑を湛えて、銀髪の娘はチャフへ手を伸ばした。


「どうせなら、あなたも劇に参加しますか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ