第五話 叙爵パーティ
「この度は、叙爵おめでとうございます、跡継ぎ様」
中年の男がにこやかに微笑みつつ、握手を求める。
「ありがとう。“これからは”誠心誠意、仕事に励んでくれ」
ソラは嫌みを混ぜ込んだ言葉を返し、差し伸べられた手を握った。
油っぽい手だった。
今、大樹館の庭に面した広間にて、ソラの叙爵を祝うパーティーが開かれていた。
ソラは身長に合わせた正装を身にまとっている。
細身の体型を強調しつつも、落ち着きを演出する黒を基調とした、シックな装い。
華美ではないが、全体的に品の良い雰囲気に仕上がっている。
面倒くさがりのラゼットも、今日ばかりは手を抜けなかったらしい。
広間には、子爵領に置かれた十人の官吏の内、九人が集っていた。
去年に逃げ出したクロスポートの官吏を除いた、全員だ。
もっとも、子爵領の中央に存在する町、ジーラの官吏は代理人を寄越していた。
ソラの眼前に、件の代理人、イェラが立つ。
歳はチャフと同じか、少し上であろう。官吏が中年や壮年の男ばかりであるせいか、随分と浮いて見える。
人口密集地である王都でもなければ、あまり見かける機会がない銀色の髪が特徴的だ。
「ソラ様、この度は国王陛下より子爵の位を賜られた事、お喜び申し上げます」
イェラは静かに腰を折り、非の打ち所がない礼をする。教本にでも載せたい程に、完璧な動作だった。
嫌々やらされている印象を受けないだけでも、他の町官吏達とは大きな隔たりがあった。
──有象無象とは格が違うな。
ソラの眼を持ってしても、演技か否かが分からない。
ソラは無垢に見える笑顔を作り、言葉を紡ぐ。
「ありがとう。イェラは代理との事だけど、理由を聞いても構わないか?」
ソラの質問に対して、イェラは眉一つ動かさずに答えを返す。
「父は体調を崩してしまいまして、祝いの場に病人が赴くのは心苦しい、と私を遣わしました。父はソラ様の叙爵を飛び跳ねんばかりに喜んでおりましたから、疲れが出たのやもしれません」
イェラは茶目っ気たっぷりの理由を添え、ソラの追及を防いだ。
「……そうか。残念だが、仕方ない。子爵領の官吏としては最年長だから、面白い話を聞けるかとも思ったんだが。これからよろしく、と伝えておいてくれ」
「畏まりました。父もきっと喜ぶ事でしょう」
「喜び過ぎないように、とも伝えておけ」
ソラが苦笑して伝言に加える。
イェラは悪戯っぽく微笑んで、次の官吏に場を譲った。
「東部の街グラントイースを預かってる、ホルガーです」
官吏は慇懃無礼に名乗り、手を差し出した。
表情を作ることもせず、ソラを見下ろしている。
ソラが手を取ると、ホルガーは弱く握っただけですぐに手を離した。
「子爵領の人手不足は深刻でしょうが、このホルガーが居れば安心です」
それでは失礼、と言い捨てて、ホルガーはさっさと背を向けた。
ソラは何一つ話していないにも関わらず、あまりにも一方的な去り方だった。
──チャフがいたら、決闘を申し込んでいたかもな……。
ソラは嘆息する。
ホルガーの態度は酷い物だったが、瞳はずっと、ソラを観察し続けていた。
巧妙に隠してはいたが、視線の動きでソラに筒抜けだった。
──曲者が二人か。イェラの方が役者は上だな。
分析するソラの前に、最後の一人が現れた。
三十歳前後の眼鏡を掛けた男だ。
どうも眼鏡が重たいらしく、動く度に位置のズレを直している。
「北部の街グランスーノの官吏、ザシャです」
ザシャは腰を落として片膝を着き、ソラと目の高さを合わせた。
「叙爵、おめでとうございます」
必要な事だけを淡々と並べる挨拶。
ソラの行動を引き出し、器を測ろうという考えが透けて見える。いや、見せているのだろう。
イェラやホルガーとは方向性の違う曲者だった。
豚伯爵に街を預けられたのは伊達ではないらしい。
「祝いの言葉、ありがとう。北部の街という事は、ベルツェ侯爵領の火事を起こした盗賊団が忍び込んでいる可能性もある。注意しておけよ」
盗賊団の単語をソラが口にした時、ザシャの眉が僅かに動いた。
それを見咎めて、ソラは目を細める。
「何か心当たりでもあるのか?」
「……いえ、心当たりはありません。ただ、魔法使い派貴族の領地とはいえ、丹誠込めて育てた林が灰塵に帰した、痛ましい事件でしたので」
ザシャはどこか無感動に答える。
「まるで、見てきたような言いぐさだな」
「……商人の話を聞けば、想像が付きますので」
ソラとザシャはしばし無言で視線を交差させた。
──こいつ、何か隠してやがるのは、間違いないが……。
ザシャの隠し事を暴こうにも、探りを入れる隙が見つからない。
ソラは記憶に止めるだけにして、矛を収めた。
「変な事を言ったな。忘れてくれ。これから、よろしく頼む」
「はい」
流れ作業のように軽く握手をして、ザシャは背を向ける。
全員が挨拶を済ませた事を確認し、ソラは自由にくつろぐよう官吏達に促した。
官吏達は二、三人で固まって歓談を始める。パーティーの主役であるはずのソラに声を掛ける者はいなかった。
官吏達を観察する機会が得られて、ソラにも文句はない。
──さて、誰を切り捨てるか。
実際に言葉を交わした感触から、官吏達がソラを下に見ている事に、疑う余地はない。
官吏達の認識を改めるために、無能な者を吊し上げてしまおうと、ソラは考えている。
どの道、ベルツェ侯爵領から官吏を招く関係で、椅子を空ける必要があるのだ。
──イェラ、ホルガー、ザシャの三人は後回しだな。
曲者三人については保留を決め、残った町官吏の六人に視線を移す。
不正のやり方については、すでに想像がついている。
問題は、官吏を排除した際、領民にどう思われるか、だ。
ただでさえ、魔法使い派ベルツェ侯爵領との貿易を決めた事により、教会信者からの受けが悪い。
教会組織はソラの政治方針のあら探しをしている有り様だ。
仮に、今の状況でソラが官吏の粛正に乗り出したとしよう。
対象となった官吏達は、証拠を捏造された、と喧伝する。
教会信者は官吏を疑いつつも、魔法使いに近しいソラの方を糾弾するだろう。
粛正に移る前に、教会信者が官吏達に抱く印象を悪くしておきたい所だ。
ソラは策謀を巡らせつつ、無垢な少年を装って、官吏達の輪に入り込む。
全ては、無能な者を炙り出すために。




