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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第二章 子爵領次年の毒騒動

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第一話  アクティベートな賭け、二つ

「おい、ゴージュ、今日は俺が子爵になって丁度一年なんだが……」


 ソラは半身に構えながら、木剣を握る手に力を込める。


「何故、泥だらけにならなきゃいけないんだ?」

「いざという時、血だらけになるよりはマシだと思うからですな」


 打ち掛かってきたソラの木剣を弾いたゴージュは、素早く腰を屈めて足払いをかけた。

 声を上げる暇もなく、ソラはバランスを崩して庭の芝生に尻餅を突いた。


「受け身!」

「分かってるよ。怒鳴るな!」


 ゴージュの指摘に先んじて体を起こしながら、ソラは言い返す。


「ったく、一年だぞ? わりと重要な記念日だと思うんだけどな……」


 ソラの言葉通り、今日で子爵領成立から一年が経つ。

 ソラのお膝元であるクロスポート周辺は急速に経済が回復していた。

 一役を担ったのは、ウッドドーラ商会を介したベルツェ侯爵領との貿易である。

 薫製シラカバ材はベルツェ侯爵領へと逆輸入されるや否や、飛ぶように売れた。

 ただでさえ木材不足に喘ぐ職人達に、ベルツェ侯爵が根回ししたためだ。

 ベルツェ侯爵としても、職人が離散するのは避けたかったのだろう。

 ベルツェ侯爵領からはシラカバの他にライ麦を始めとした穀類を輸入している。

 資金の関係もあり、年越しした備蓄麦がほとんどではあったが、住民の栄養状態は着実に良くなっていた。

 税率の調整の影響も大きく、経済的にもやや上向いてきている。

 ソラがチラリと眼下に広がるクロスポートを見れば、今もそこかしこで新しい家や商館が建造中だ。


「一年を無事に過ごせた。喜ばしいことですな。しかし、ソラ様ときたら来る日も来る日も書類仕事に明け暮れて、少しは儂らと遊んでくれてもいいと思うのですぞ!?」

「ゴージュさん、本音が漏れてるっす」

「おっと、これはいかんな。……とにかく、ソラ様には敵が多い。いつ何時、襲われるやも知れませんからな。今の内に鍛えておくべきですぞ」


 ゴージュの言葉ももっともだ。

 だが、本音がだだ漏れした後であるため、説得力が霞んでいた。

 それでも、ソラは運動不足の解消も兼ねてゴージュに付き合う事に決めた。


「上等だ。一本取って吠え面かかせてやるよ!」


 木剣を脇に構えて、ソラは駆け出した。

 何度転がされても笑いながら木剣を振り回しているソラ達を横目に見ながら、チャフは素振りをしていた。

 ソラから教わった柔道技は、戦場でそう頻繁に使えるものではない。

 流石というべきか、獣人のサニアはめきめきと上達して、一対一で火炎隊士を投げ飛ばすまでになっていたが、獣人の身体能力あってのものだろう。

 故に、チャフは黙々と長剣を振るっていた。

 幼い頃から慣れ親しんだ剣術をより実用的に、自らに合わせていく修行。体の隅々まで形を意識し、自分が可能な動きを確認していく。

 本来は多大な集中力が必要な修行も、この一年はまるで身が入らなかった。

 ふとした瞬間に自身とソラを比べる事に思考が飛んでしまって、集中が持続しないのだ。

 今もまた、ソラの動きを目で追ってしまい、剣の振り方がおかしくなった。

 そんな自分に落胆して、チャフはため息を吐く。

 長剣を鞘に納めて、辺りを見回したチャフは眉を寄せた。


「おい、火炎隊、オレの部下を知らないか?」


 ミズナラの大樹が作る木陰で水を飲んでいた火炎隊士に、チャフは問いかけた。


「あれ? 言われてみれば、今日は見てないな。おい、誰か知らないか?」


 火炎隊士が近くにいた素振り中の同僚に声をかける。


「一つ、ソラ様のため。二つ、民のため。三つ、リュリュさ──」

「駄目だ、こりゃ」


 お役に立てずに申し訳ない、と火炎隊士は頭を下げた。

 チャフは礼を言って、背を向ける。

 部下を探しながら屋敷の裏手に回ると、そこには酒瓶を片手にくつろいでいる男達がいた。

 酒瓶の中身を確かめていた男がチャフを見つけたらしい。酒瓶を左右に振りながら口を開く。


「若様、訓練はどうしたんで?」

「フェリクス、こちらの台詞だ。訓練をサボるとはどういう了見だ? 今すぐ庭に出て訓練を始めろ!」


 強い口調で庭の方角を指差すチャフを一瞥して、フェリクスと呼ばれた男は舌打ちした。

 フェリクスは酒瓶を一気に呷って空にする。酔って赤みが差した顔でチャフを下から上まで、ねめつけた。


「若様、自分らはあんたに呆れてるんでさ。遠路はるばる、こんな海沿いの町まで付き合わせるほどの器だとは、到底思えねぇ。それでも、自分らがここに残ってんのは、トライネン伯爵が、あの大将が直々に命じて下さったからだ」


 おままごとにまで付き合っていられるかと、フェリクスは吐き捨てた。

 チャフの護衛でもある彼らはトライネン軍の中でも実力者達だ。この一年、チャフが集中出来ずにやっていた訓練は彼らにとっては″おままごと″だったらしい。

 自覚のあるチャフは唇を真一文字に引き結んで、言い返したくなる気持ちをこらえる。


「……それとこれとは話が別だ。訓練はやってもらう。お前達を父上に返す時、弱くなっていたのでは困る」

「──んだと?」


 フェリクスが不機嫌な声を出して、チャフを睨んだ。

 弱くなると言われたのが勘に障ったのだろう。

 フェリクスは空の酒瓶を手に立ち上がる。


「そこまで言うんなら、弱くなった自分から一本取ってみて下さいよ」


 言いながら、酒瓶を小剣に見立てて構える。

 酒が入っているにもかかわらず、彼には一切の隙が見あたらなかった。

 チャフは不快そうに目を細め、フェリクス達を見渡す。


「……フェリクスから一本取れば、全員、訓練を始めるのか?」

「取られたんなら、若様の指示に従いますよ。取られたんなら、ですがね」


 約束を取り付けて、チャフが木剣を取りに戻ろうとする。

 面倒そうにフェリクスはチャフを呼び止めた。


「このままやりましょうや。若様なんざ酒瓶で十分だ。若様は腰の剣を使えばいい」

「……いいだろう。鞘付きでやってやる」


 チャフが鞘ごと剣を抜き、正眼に構えた。


「いつでもどうぞ?」


 フェリクスは挑発するように片手に握った酒瓶を揺らした。

 実力は彼の方が上だ。しかし、酒に酔っている以上、どうしても判断力が鈍る。

 チャフが柄を握る力を強め、一歩を踏み込む。そのまま上段から振り下ろすと見せかけて、もう一歩を斜めに踏み込んでタイミングをずらす──フェイント。

 鈍っている判断力の隙を突く、良い手ではあった。

 しかし、フェイントは悟られては成功しない技だ。

 フェリクスは苦もなくチャフの繰り出したフェイントを見抜いていた。

 フェイントに合わせて踏み込み、距離を詰めると同時に、振り下ろされる直前だったチャフの腕を片手で叩いて横に弾く。

 剣ごと逸れていく腕を見ることもせず、フェリクスはチャフの腹を容赦なく蹴り飛ばした。

 苦悶の表情で倒れるチャフを見下ろして、フェリクスは酒瓶を脇に転がした。


「酒瓶すら必要ねぇか。またやりたけりゃ、いつでもどうぞ」


 退屈そうに吐き捨てて、フェリクスは他の護衛達と共に歩き去った。


「……ッ!」


 チャフは歯を食いしばり、思い切り地面へ拳を叩きつけた。


4月25日 修正

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