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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第一章 子爵領初年の薪不足

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第八話  駒並べの始まり

 備蓄倉庫に三人の火炎隊士を置き監視を命じると、ソラは仲間達を先導して歩き出した。


「……それで、どうするつもりですか?」


 倉庫から離れて人通りが少なくなる頃を見計らい、ラゼットが訊ねた。興味津々でサニアとリュリュが寄ってくる。

 いつも難事を片付けてきたソラの知恵を当てにしているのだろう。

 そうとは知らないチャフが怪訝な顔で口を挟む。


「どうするも何も、打てる手は打ち尽くしたはずだろう。近隣の村からの薪で足りる事を祈るしかあるまい」


 チャフの言葉にソラも頷いた。


「流石の俺も何もないところからは薪を生み出せないさ」


 薪の代わりとして思いつくのはオガライト、これはオガクズがないため作ることが出来ない。

 石炭などはクラインセルト領で産出せず、近隣の領にあるという話も聞かない。

 何か燃料になる物はないかと、無い物ねだりをしながら辺りを見回したソラは、夕陽を受けて赤く燃える海に目を留めた。

 足を止めて赤い海に見入るソラに、ラゼット達が微笑する。

 彼女達はソラが初めて夕焼けの海を見て感動したのだと思った。

 ずっと領主館に閉じ込められ、初めての外出は海とは真逆の王都。

 初めて見た真っ赤な海は記憶に強く焼き付くだろう。

 しかし、ソラは前世の記憶を持っている。その中には地球で見た海原も含まれている。

 そのため、彼女達の予想とは別の事を考えていた。

 ──やっぱり、海も変わらないか。虹色だったりすると気持ち悪いから別に構わないが。

 雰囲気をぶち壊しにする彼の心の言葉を知らないラゼット達は幸いである。

 しばらく海を観察していたソラは、ふと何かを思いついたようにラゼットを振り返った。


「復興資材に金属板が何枚かあったよな?」


 海を見ていたはずのソラが脈絡なく口にした質問に首を傾げながら、ラゼットは思い出す。


「ありますね。資材を積んだ川船も、もう到着しているはずですよ」

「そうか。それなら、作れるな」


 ラゼットの答えにソラは楽しげに笑う。

 作ると聞いてすぐさまリュリュが反応した。


「何を作る?」


 瞳を輝かせる彼女にソラは笑いかけながら、川船の駐留場所へと爪先を向ける。


「──薪のいらない、かまどだよ」


 復興の足音を奏でながら、ソラ達は歩き出した。


 その頃、町の外で行商人はテントを張っていた。

 備蓄倉庫での一幕を聞いた宿屋に追い出され、町中の宿屋に門前払いを食らったのである。

 たき火の明かりで手元を照らしながら、冬風でテントが飛ぶ事態を防止するために小槌でペグを打ち込む。

 日が沈んで辺りは暗くなり、護衛に雇っている男達も気だるげな空気をまとっていた。

 材木の輸送に頼んである船の到着が遅れている事も、この空気が作られる原因の一つだ。

 張り終えたテントの中に入り込もうとした行商人は、自身を呼ぶ声が聞こえた気がして顔を上げる。

 護衛の一人が手招きしているのが見えた。


「なんか、会って話がしたいって奴が来てますぜ」

「話? 一体、誰だ?」

「さぁ? 双頭人形とか名乗ってる綺麗で不気味な小娘でさ」


 訝しみながら近づいて見ると、ミズナラの大木の裏から一人の娘が姿を現した。

 月明かりも僅かな暗い森だというのに、娘の髪は強く銀を主張する。鮮烈なまでに高貴な色の銀髪は、冬風に遊びながら白い光を散らすようだった。

 整い過ぎた容貌は、娘が怪しげな力で動き出した人形である証拠としか思えず、行商人は人知れず身震いした。

 何が楽しくて浮かべている笑みなのか、娘は一瞬たりとも変わらない笑顔を行商人に向けている。


「初めまして、双頭人形とでもお呼び下さいませ」


 後ろに両手を組んで小首を傾ける。

 一切動かない笑みのままで。

 ただの笑みが、何故、こうも不気味なのか。

 行商人は一歩たじろいだ。


「な、何のようだね?」


 乾いた唇を無理やり開き、行商人は銀の娘に問いかける。

 娘は先ほどとは逆の方向に首を傾けた。


「聞いた? 何の用か、ですって」


 誰かに話しかけるような口調でそう言ったかと思うと、数瞬の間をおいて、銀の娘は不思議そうに辺りを見回す。

 一通り眺めた後、合点が入ったように両の手を合わせた。


「お人形さんは置いて来ていたのでした。返事があろうはずもありませんね」


 残念そうに言いながら、絶えず浮かべられた笑みは小揺るぎもしない。

 銀の娘は気を取り直し、行商人へとその笑顔を向ける。


「本当はお仕事の合間の息抜きでしたの。でも、とても楽しそうな事をしてらっしゃる方を見つけて、混ぜてもらおうかなって」


 銀の娘は合わせた両手を片頬に当てる。


「一緒に参加しませんか?」


 遊びに誘うような軽い口調で、要領を得ない言葉を連ねる銀の娘。

 行商人は言いしれぬ恐怖を覚えていた。

 彼女の話の先を聞いたなら後には戻れないのではないかと、そんな不安が心を支配していく。

 かさついた唇を舌先で湿らせて、行商人が銀の娘の提案を断ろうと口を開く。刹那、別の場所から鋭い声が上がった。


「──なんだお前!?」


 森に向けて誰何したのは行商人の護衛。

 声からそれを理解した行商人は、慌てて視線を向ける。

 しかし、そこにはゆっくりと倒れ始めた護衛が二人。

 その向こうには、鞘に納めたままの剣を振り抜いた形で、残りの護衛を睨み据える眼鏡の若い男がいた。

 仲間を瞬時に倒され、残る五人の護衛が武器を構える。


「なんだ、てめぇ!」

「賊だ。やっちまえ」


 自らの護衛を務める五人の男達を眼鏡の男が全て倒すまで、行商人は息をするのも忘れて魅入っていた。

 歴然とした力の差を背景にした戦い振りは、芸術的でさえあったのだ。

 向かってくる斧の横腹を叩いて逸らし、その勢いのまま体を反転、剣の柄を相手の鳩尾に突き込む。

 直後に横から棍棒を振り下ろしてきた男の顔面に左肘をねじ込み、手放された棍棒を蹴り飛ばして行商人の横で様子を窺っていた護衛の気を逸らす。

 その間に鞘の留め金を外して剣を振り抜けば、鋭い風切り音を伴って鞘は空を裂き、護衛の一人の足にぶつかった。

 ひるんだ護衛の顎を剣の柄で打ち上げ、左足で蹴りを見舞う。

 常人離れした早業に付いて来れないでいた一人へ、すれ違いざまに拳を見舞って昏倒させる。

 動きを止めず、素早く行商人に走り込んだ眼鏡の男は、最後の護衛が悲鳴を上げる暇もないままに顎を掴み、手近な大木へと叩きつけた。

 気絶した七人の男が倒れ込む光景を作り出した男は、眼鏡の位置を人差し指で直しながら銀の娘を見た。


「双頭人形、出発の時間です。次の現場は遠いので」

「ついこの間、ベルツェ男爵領で仕事しましたでしょう? もう少し遊びたいのですけれど」

「駄目です。それと男爵ではなく侯爵です」


 無感動に告げて、行商人に向き直った彼は、先ほどの立ち回りなどなかったかのように、紳士的な礼をした。


「彼女の言葉と共に我々の事はお忘れ下さい。さもなくば……次は血が流れます」


 行商人は乾ききった喉で言葉を発する事も出来ず、必死に何度も頷いた。


「名残惜しいのですけれど、仕方がありませんよね。またお会いしましょう、行商人さん」


 銀の娘は両手を小さく振って、眼鏡の男と去っていった。

 後には昏倒した七人の屈強な男と、青い顔をして地に座り込む行商人が残された。


4月21日 修正

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