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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第一章 子爵領初年の薪不足

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第七話  住民との交渉

 チャフは呆然と立ち尽くしていた。

 打ち合わせなしで行われたソラと火炎隊の動きが、脳裏で幾度となく繰り返される。

 住民側でも行商人側でもなく、第三勢力として睨み合いの中央に躍り出る判断力。

 注目を集めるために抜剣を命じ、害意がないと示すために武器を構える者達のただ中で納剣する胆力。

 僅かな疑問も挟まず付き従う部下の忠誠と、それを背景にした統率力。

 どれも自分にないモノだと、チャフは呟く。

 ──これほどまでに差があるのか。

 見せつけられた圧倒的なまでの実力差に、チャフは打ちのめされていた。

 行商人を追い返したソラが備蓄倉庫に向かって歩く姿を見つめながら動けないでいるチャフに、トライネン伯爵から付けられた護衛が不機嫌に舌打ちした。


「若様、行った方が良いんじゃねぇですか?」

「あ、あぁ……そうだな」


 ──なにを惚けている。差があるのは分かっていたはずだ。

 悟られないように深呼吸する。

 気を取り直したチャフは、共に住民側の代表者と話すべく、ソラに向かって小さく歩を刻んだ。

 随分と足が重く感じた。


 しばらくして、備蓄倉庫から頭を剃り上げた男が現れた。

 悪評飛び交うクラインセルト伯爵家にあるまじきソラの対応を無碍に扱えなかったのだろう。

 武力で排除されてもおかしくない所を話し合いで解決しようというのだから、乗らない手はない。

 男はソラとチャフの前で不慣れな礼をする。


「クラインセルト子爵、まずは騒ぎを起こした事を謝罪します。こちらも生活がありますんで、薪が売り払われると聞けば見過ごせません。建物は自警団で固めさせてもらいました」


 頭を下げながらも、備蓄倉庫を明け渡すつもりはないと言う男に、ソラは顎を引いた。


「分かっている。こちらの不手際が招いた結果だからな、罰する気はない」


 契約を結んだ官吏を任命したのはソラではないといっても、住民には責任転嫁としか映らない。

 ソラは大人しく非を認めて、建設的に話を進める道を選んだ。

 しかし、クラインセルト伯爵家の評判を知る男には予想外の反応だったのだろう、少々視線が泳いでいた。

 それに苦笑しながら、ソラは続ける。


「契約は絶対だ。薪は行商人に売り渡す。これは無理にでも理解してもらいたい。既に部下を近隣の村に走らせ、代わりの薪を買い付けさせている」


 冬を越すための薪確保に動いている旨を伝えると、住民達が真偽のほどを囁き合う。

 クラインセルト伯爵家を知る者には到底信じられない初動の早さだ。

 案の定、代表の男は訝しげに眉を寄せた。


「……随分と対応が早いですね」

「元々、復興のために資材の確保を優先するつもりだったからな。とはいえ、知らせるのが遅れ、いたずらに混乱を招いてしまった以上、完璧には程遠い……。それより、自警団と言ったが、お前が団長か?」


 自警団を名乗る倉庫前の集団を観察しながら、ソラは代表の男に問い掛けた。

 武装と呼べるほど大層な代物を持っている者は見当たらない。鉈や銛は確かに武器としても使えはするが、基本的に生活道具の類で、包丁とさほど変わらない。

 剣を持っていたらそれはそれで困るので、別に構わない。

 だが、人数次第では数人引き抜いて火炎隊に組み込み、ゆくゆくは領主軍として育てようかと、ソラは打算を巡らせた。

 代表の男は眉を八の字にしてソラの視線を追う。


「自分は代表です。団長はですね、その……」


 言いたくなさそうに言葉を濁す男に視線を戻したソラは、首を傾げて続きを促す。隣ではチャフが怪訝な顔をしていた。

 男は諦めたように小さなため息を吐くと、白状した。


「団長は町官吏と一緒に逃げました……」


 自分が所属する団の、しかもトップが逃げ出すという不祥事に、男の声は後にいくほど小さくなった。

 ソラとチャフは口を半開きにして顔を見合わせる。互いの表情を見て聞き間違いではないと理解し、揃って天を仰いだ。


「クラインセルト子爵、どうなっているんだ、この土地は」

「俺が知りたいよ。ったく、どいつもこいつも……」


 お前も苦労してるな、とソラが代表の男に声をかけると、弱々しい笑顔を返された。

 男は咳払いをして話を戻す。


「今は近隣の村も薫製で保存食を作る頃合い、十分な薪が集まるとは思えないのです。現物を用意するか、少なくとも我々が安心できような計画を練ってもらえない事には、倉庫を明け渡すのは無理です」


 ソラの人柄に触れて幾分か緊張が解けてはいたが、代表の男は心苦しそうに要求を伝える。住民の代表として譲れないラインがあるのだ。

 気まずそうにしながらも務めを果たそうとする男の姿勢に、ソラは好感を持った。


「そちらの要求は分かった。準備が整い次第、使いを出そう。それまで倉庫を占拠していて構わないが、中の物に手を付けられると困るんだ。見張りを置かせてもらう」


 ソラが後ろを指差す。釣られて男は視線を上げて、困り顔をした。

 ソラの指先では凶悪な面相の火炎隊が並んでいたのだ。

 あれに見張られたなら、倉庫の物を持ち出す勇気など出てくるはずはない。

 目の前に立つ少女のような子爵が連れているにしては余りにも不釣り合いだったが、先ほど見た統率された動きを思い返せば、強い信頼関係を築いている様子が窺える。

 それに断っても遠巻きに監視される事が目に見えている。

 せっかく、交渉が滞りなく決着しそうなのに、わざわざ気を悪くさせる意味がない。

 しかし、怖いものは怖い。

 気を病む者が多発するだろうなと思いながらも、代表の男は仕方なく受け入れた。


「よし、ひとまずは交渉成立だな」


 微笑みを浮かべたソラが握手を求めて手を差し出すと、自警団がざわめいた。

 代表の男は握手に応じる。小さな手の感触に改めて目の前の少年が背負う重責を思い、心の底から心配してしまう。

 押しつぶされはしないだろうかと。


「それじゃあ、俺達は撤収する」


 踵を返した少年貴族を信頼の込められた瞳で迎える家臣達を見て、杞憂だったらしいと、代表の男は微笑んだ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 重税や使用人を処刑するなどいろいろやっている親の伯爵領ではいまだ取り潰しにならないほど貴族の権限が強いのになぜか主人公の権限が弱い(基本的に領内に絶対の権限があるのが貴族や領主だったは…
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