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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
最終章 十五歳青年と継承騒動

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エピローグ 奇跡の地

 未だ不安定な元クラインセルト領は数々の嘆願書が集まったにも関わらず非公開で処刑されたソラの名前に因んで、領民達がソラ領と名乗りだした。

 そのソラ領に一人の青年が足を踏み入れる。隣には八歳ほど年の離れた女の子を連れていた。

 数日前に突如として伯爵に叙爵されたこの男はその経歴が一切不明の上、仮面を絶対に外さないという怪しげな者であったが、国王の覚えめでたい男であった。

 伯爵に任じられたがためにその所領としてこのソラ領を与えられたのだ。

 そのため、彼はソラ伯爵と呼ばれている。


「しっかし、まさか弟ではなく妹とはね。本当に隠してたのはこれだったんだな」


 ソラ伯爵はせかせかと隣を歩く女の子に目を向ける。

 女の子は柔らかそうな頬を膨らませた。


「僕もびっくりだよ。男にはあんな……あんな得体の知れない物がついてるなんて、失礼だ!」

「その発言こそ失礼だと思うぞ、我が妹よ」

「うっさい、ばーか」


 ばーか、ばーかと繰り返す女の子の頬を掴んでソラ伯爵は揉みしだく。


「ひゃめろ!」

「あの豚親父が育てただけあって腐った性根だな。ラゼットの奴、仕事が増えてうんざりするぞ」

「ひゃめろ、ぱーか」


 女の子の口の悪さにため息を吐いたソラ伯爵は辺りを見回して獣道を見つけるとその中に足を踏み入れる。

 女の子は酷く嫌そうな顔をしてソラ伯爵の腕を掴んだ。


「服が汚れる!」

「そこにいると鮫に食われるぞ」

「えっ? ……っ、行けばいいんでしょ行けば!」


 陸に鮫がいるわけ無いのだが、女の子はずいぶんと世間知らずらしい。

 獣道を進むと小さな集落があった。

 そこにいた化け物顔の男を見て、女の子が思わず跳び退いてソラ伯爵の後ろに隠れた。


「客人とは珍しいですな」


 顎をぽりぽりと掻く化け物顔は仮面の男を見て目を細める。


「この顔を見ても怯えないのですかな?」

「昔にも聞いたが、怯える必要があるのか?」


 ソラ伯爵は仮面の中で薄ら笑いを浮かべる。

 思いがけないやり取りに化け物顔の男、ゴージュが硬直した。

 その隙を突いてソラ伯爵はゴージュの脇を抜き去り、集落へと走り込んだ。

 そこにいた赤毛混じりの金髪美人が驚いて近くにあった金属板を張り合わせた装置を倒しそうになる。


「おぉ、ソーラークッカーか。パラボラ型に改良とは、考えたな」


 装置をちらりと見たソラ伯爵はその作りから正体を見破り、美人を褒めた。


「その声、まさか……?」

「悪い。今忙しい」


 言い残すとすぐさまソラ伯爵は走り出す。

 網から魚を取りだしている太い腕の男と、その隣で次々と魚を捌く気弱そうな男が突然現れた仮面の男に呆気に取られた。

 そんな二人の様子もむべなるかな。

 怪しげな仮面を付けた男が肩で息をして何かを探して辺りを見回しながら走り込んできたなら誰でも思考が停止するだろう。

 しかし、ソラ伯爵はまったく頓着せずに視界に入った魚に目を留める。


「サンマじゃねえか! やっぱりサンマは目黒に限るよな、お前もそう思うだろ、コル?」

「えっ、あ、はい。……えっ?」


 気弱そうな男がソラ伯爵に名前を呼ばれてどぎまぎする。


「ゼズ、俺の分も捕ってこい。ソーラークッカーで焼きサンマ作るぞ。ってこんな事してる場合じゃなかった。悪い、今じゃなきゃ不意を打てないから話は後な!」


 ソラ伯爵は早口に言い切ると二人が声をかける暇もなく走り去った。


「コル、今のって……。」

「ゼズさんもそう思います?」


 二人が顔を見合わせる。

 直後、そこに生意気そうな女の子が半泣きで逃げてきた。

 それを見送ると、血相を変えたリュリュが飛び込んできて、女の子を追いかけて去っていく。

 何事かともう一度二人が顔を見合わせるのと、火炎地獄からの脱獄者を追いかける獄卒染みた表情のゴージュ率いる火炎隊が駆け抜けて行ったのは同時だった。

 そして、数瞬の内に聞こえてきたのは悲鳴だった……。


「──何の騒ぎですか……?」


 ラゼットは冷めた視線で辺りを見回した後、とりあえず隣にいた自らの娘の両目に手を当てておく。

 周囲は混沌としていた。

 熊の獣人サニアが仮面の男に無理やり耳を撫で回され、ゴージュ達火炎隊がその傍で号泣していて、その隣ではゼズが大笑い。

 事態を収拾するべきリュリュは太陽熱調理器がどうしたと見知らぬ女の子を怒鳴りつけている、泣きながら「壊してごめんなさい」と謝り続ける見知らぬ女の子とリュリュの剣幕にコルが右往左往していた。

 見なかった事にして踵を返そうとした時、仮面の男がラゼットに気付く。


「おぉ、ラゼット、ただいま。ただいまついでにお前ら全員雇い直すから一緒に来い」

「また仕事ですか?」


 ラゼットは反射的に返してから、仮面の男の正体に気付いて振り返る。


「……ソラ様?」

「そうだ。ついでに紹介すると向こうにいるのが元弟の妹、サロン・クラインセルトだ」

「意味が分かりません……。」


 毎度のことだ、と家臣団が次々に口にして、笑い声が響き渡った。

 後に、クラインセルト伯爵領改めソラ伯爵領は史上稀にみる復興と発展を成し遂げる。

 二君に仕えないと思われたソラ家臣団を引き連れた仮面の伯爵の正体を誰もがすぐに見破ったが、暗黙の了解として静かに語られていく。

 こうして、奇跡の地は幕を開けた。


 ここまでお付き合い頂き誠にありがとうございました。

 途中、色々とご心配をおかけしましたが皆さんのおかげでここまで書き上げることが出来ました。いくら感謝しても足りません。

 本当にありがとうございました。


2月20日本文修正


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― 新着の感想 ―
[一言] ここで終わってれば、良かったんですけどね、、、 としか言えません。 残念です。
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