第九話 告発
参列した諸侯はすでに無視できない勢力となったソラが子爵位を剥奪される事に様々な反応を見せていた。
敵対関係にあった教会派は力を増しつつあった敵が教会に飼われるらしいとの噂を聞きつけ安堵した。敵に回すと厄介だが味方になるならこの上ない戦力となる。
教会派と魔法使い派の力関係が傾くだろう大事件だ。
魔法使い派はまだソラが教会に飼われるとの噂に懐疑的だった。
ソラは国政にはさほど興味を示さなかったが、自領で教会と対立していたのは周知の事実だ。
敵の敵は味方とまで簡単にはいかなくとも無条件に教会派に組しない独自勢力としてバランスを保っていたため、教会派に組み込まれるのは魔法使い派にとって痛手だった。
ソラと親密なベルツェ侯爵に注目が集まるのは当然で、彼は遠巻きに反応を伺う視線に辟易していた。
ベルツェ侯爵が見る限り、ソラは準備を整えている。
普段通りの表情に焦った雰囲気を生み出すソラの演技力にはベルツェ侯爵も苦笑した。計画を知っているベルツェ侯爵だからこそ苦笑するのだが、他の貴族の目には子爵位を取り上げられる焦りを必死に押し殺していると映るだろう。
クラインセルト伯爵はニヤニヤと汚らしい笑みを浮かべながらソラを見下していた。
その近くにいたトライネン伯爵とチャフが嫌そうに顔をしかめている。
玉座に伸びる赤い絨毯へと膝を付いたソラは会場の警備を担当しているらしい近衛隊副長をちらりと見る。隊長は今頃国王の護衛をしているのだろう。
副長は至極残念そうにソラを見つめていた。
その時、国王の来場を告げる声があり、会場全体が静まり返る。
王太子と近衛隊長を連れて現れた国王は諸侯を眺め渡し、正面にひざまずくソラに目を留める。
すかさず、ソラは口を開いた。
「陛下、畏れながら子爵位を持つ今でなければ話せない事が御座います。開式の前に発言の許可を願います」
不意打ちのようなソラの言葉に諸侯がざわめく。
無礼をたしなめる声もあったが、国王が会場全体を鋭い視線で聘睨すると徐々に声が止んでいった。
「ソラ・クラインセルト子爵、発言を許す」
「ありがとうございます」
──小狸め。またぞろ、何か始めるつもりか。
国王は心の中で苦笑する。
たった数年で子爵領に発展と安定をもたらしたソラに国王は一定の評価を与えていた。
若くして有能さを見せつけたソラはチャフと共に次代を担うと思われていただけに、今回の子爵位返還は国王も気が進まない。
何か策があるなら付き合うのもやぶさかではないのだ。
そんな国王の心情を承知でソラは緩やかに口を開く。
「我が父が国王陛下に対して反逆を企てている旨、ここに告発いたします」
ほんの一瞬、耳に痛いほどの静寂が訪れる。
突然の告発に国王が目を剥き、諸侯がざわめき始め、クラインセルト伯爵は口を大きく開けて驚愕を露わにした。
驚愕は波のように会場全体へと伝わり、我に返った貴族がクラインセルト伯爵から距離を取るのと同時にチャフがクラインセルト伯爵の後ろに回って腕を取る。
「な、なんだ? 何をする貴様ッ!?」
「クラインセルト伯爵、どうか動かないで頂きたい。事実がどうであれ、疑い晴れるまでは不審な動きをするほど不利になります」
暴れかけていた伯爵はチャフの言葉に顔を青ざめさせると、遠巻きに疑いの眼差しを向ける諸侯に気付き、怒りの視線をソラに向けた。
「ソラ、貴様ッ! 父を嵌める気か!?」
怒声を右から左に聞き流し、ソラは近衛隊副長に声をかける。
「私の胸ポケットに証拠を忍ばせております。副長殿、御確認を」
副長は隊長に目で指示を仰いだ。
隊長がゆっくりと頷いて許可を出すと、副長は注意しながらソラに近付いた。
クラインセルト伯爵が王家への反逆を企てているならその息子であるソラが不意を突いて切りかかってくるのではないかと疑っているのだ。
「……失礼します」
剥奪される直前とはいえ子爵であるソラの胸ポケットを改める事に一言断りを入れて、副長は証拠を取り出した。
三歩下がって距離を取った副長は証拠の羊皮紙を広げ、ゴクリと喉を鳴らして早足に隊長へと歩み寄り、それを手渡した。
隊長が険しい顔で検分してから国王に捧げ渡す。
その頃合いを見計らってソラは口を開いた。
「それは我が父がしたためた、王家への反逆を促す檄文です。私自身も驚きましたが、署名、伯爵印も本物と見て疑いようがなく、子爵の末席を与えられた身として見過ごせず今回の告発に至りました」
「偽書だ! 捏造文書だ! 儂はそんな物は書いていないッ!」
クラインセルト伯爵がソラの声に被せて必死に抗弁する。
国王は眉根を寄せて檄文に目を通していた。
その様子に伯爵が取り繕った愛想笑いで声をかける。
「陛下、偽書に騙されてはなりません。そこにある署名も伯爵印も偽造したものに相違ありません」
国王は瞼を下ろし、重苦しいため息を吐く。
ゆっくりと開かれた瞳は瞬時にクラインセルト伯爵に焦点を合わせ、冷たい輝きを放った。
「クラインセルト伯爵、これは“本物”だ。この癖のある署名も疑いようがないが、伯爵印も間違いない。照らし合わせて見ればなおの事はっきりするだろう」
国王が片手を上げると同時に伯爵の悲鳴が響き、チャフがクラインセルト伯爵を床に転がした。即座に近衛隊が駆け寄り伯爵を拘束する。
「何をする。待て、これは何かの間違いだ!」
「父上、見苦しい真似は止めて下さい。私は悲しい」
ソラは悲痛な表情を顔に張り付けて涙すら浮かべてみせる。
白々しさを感じさせない演技は流石だった。
拘束された伯爵が会場の中央に引きずり出される。
もはや、子爵位返還の儀などどこか彼方に吹き飛んでいた。
ソラは引きずり出された伯爵を見てボンレスハムを思い浮かべながら、副長に顔を向ける。
「何をしている。俺も拘束しろ。覚悟の上だ、遠慮はいらん」
反逆者の息子であり、しかも子爵位を持つからには責任が波及する。
ソラも拘束されるのが筋と言うもので、諸侯の目もある。
反逆を告発した当人を縛るのは気が咎めるが、これも仕事だと副長は自身に言い聞かせる。
「……失礼します」
「遠慮するなと言ったのに、律儀だな」
苦笑するソラに副長は困った笑みを返した。
眉の付け根を揉んでいた国王はすっと目を細めて天井を睨んでいた。
まず間違いなく、偽書だと国王も分かっている。このタイミングで反逆が発覚するのは出来過ぎているし、伯爵は反逆を企てる度胸がない。
だが、檄文にある署名と伯爵印は本物だ。
──本文を削ったか……?
国王はソラに視線を移す。
恐らく、諸侯の中にもその可能性を考慮している者がいる。
「ソラ卿、この檄文をどこで入手したのだ?」
国王が訊ねる。
その問い掛けでクラインセルト伯爵には思い当たる節があった。
思い当たると同時にクラインセルト伯爵は挽回の手を見つけて喜び勇んで口にする。
「陛下、その偽書は恐らく十日前にソラと交わした書類を改竄したもの。控えが我が邸宅にあります。しばしお時間を頂ければ必ずやここに持って参ります!」
伯爵の言葉を聞き、国王はソラを見る。
ソラは哀れむように実父を見ていたが、国王の視線に気付いて頭を下げる。
「そのような書類は交わしておりません。我が父は逃げ出すつもりでしょう。近衛隊の監視を付けて下さるよう、お願い申し上げます」
「分かった。式は一時中断とする。クラインセルト伯爵は証拠書類を本日の午後までに持って参れ。近衛隊の監視を付ける故、逃げ出す素振りがあれば直ちに有罪とする」
国王の宣言に諸侯は恭しく頭を下げ、式は中断した。
ソラは近衛隊の監視の元、控え室に戻された。
その顔には見る者の背筋を寒からしめる冷徹な笑みが浮かんでいた。




