第三話 外道な行いと善行の計画
教主レウルを評して常道の怪物とはよく言ったものだ、とソラは名付けた者に心からの賞賛を送った。
「定跡通りで僅かな隙もない。どうしたものか……。」
関係図に起こしてみたりもしたが、勝ち筋が一つも見当たらない。
レウルの計画はソラの目から見ても限りなく完璧に近い物だった。
あくまでも、完璧に近いだけで完璧ではないのだが、次の跡継ぎであるサロンの暗殺以外に計画を破綻させる手だてが見あたらない。
ソラはサロンの暗殺に関しては手段から除外していた。
仮にサロンを暗殺してもそれを教会に喧伝されて伯爵領を継いだ後の統治が上手くいかなくなるだろう。領民は教会の信者なのだから。
教主レウルの考えは手に取るように分かる。
サロンを跡継ぎに出来れば、傀儡としてクラインセルト領を乗っ取る。サロンが暗殺されたら、ソラの評判を落として領民の革命を取引材料にしてクラインセルト領を裏から乗っ取る。
どちらに転んでもレウルに損がないどころか目的を達する事ができる。
誰でも思いつく事ができる常道を、完璧に成立させる怪物。
それが教主レウルという常道の怪物の正体だろう。
だが、
「生憎と、俺は定跡通りに駒を進めたことがないんだよな」
にやりと意地悪な顔をしてソラはラゼットを呼び出し、全員を会議室に集めるよう指示した。
しばらくして、会議室に揃った仲間達にソラは宣言する。
「今回は勝てない」
いきなり諦められて全員の目が点になった。
「だから、勝たない事にしよう。引き分け狙いだ」
「さっぱり分かりません。意味不明です」
ラゼットが抗議するとソラは両手を突き出して押し止める。
それを呆れた様子で見ていたチャフが会議机に肘を乗せる。
「オレも勝てないのは分かるが、お前の考えは分からないな」
「今に始まった事じゃないけどね……。」
サニアがぼそっと呟くと納得したように全員が頷いた。
「アレだね。いたって真面目に狂った事をしでかすのがソラ様の正気だから、分からないのが普通」
「はははっ。確かにその通りだ」
リュリュが船の模型を弄りながらさらりと酷いことを言うとゼズが腹を抱えて笑いだした。隣ではコルが神妙な顔で何度も頷いている。
「お前ら酷すぎるだろ。ゴージュは俺の味方だよな? 目を逸らすな」
「否定しようがないですからな。儂はリュリュ殿に一票」
「この裏切り者め。まったく、話を進めるぞ」
憮然としてソラは対抗策の話へと梶を切る。
「計画を話すが、怒るなよ?」
ソラはチャフに視線を投げる。
怪訝な顔をしたチャフを置いてソラは再び口を開いた。
「まず、準備をする時間を稼ぎたい。チャフ、俺の爵位剥奪は王都で行われるはずだな?」
「あぁ、国王陛下に爵位返還を行ってからサロン・クラインセルトが叙爵される。引き継ぎもあるから数日間は王都に居る必要があるな」
チャフが答える。
不足の事態に備えてサロンだけではなくクラインセルト伯爵や教主レウルもやってくるだろう。
「その王都への召喚命令を不自然にならない程度に遅らせろ。最低でも一週間だ。ベルツェ侯爵には俺から頼んでおく」
「……分かった。やってやる」
チャフは嫌そうにしながらも渋々引き受けた。生真面目な彼にとって国王の勅命が届くのを妨害するのは気が進まないが、状況が状況なので仕方ないと自らに言い聞かせる。
「ゼズは海で海草とイカ、魚を採ってこい。コルは王都で宝くじを買ってとある石と引き替えてこい。どんな物かは後で教えるが大至急だから出かける準備をしておけ。リュリュは海草を固めて寒天という物を作ってもらう。方法は後で知らせる。サニアは魔法の準備、煮炊き魔法を改良して三十六度前後で安定する物を作ってくれ」
「ほら、変なこと始めたよ」
サニアが言うと全員が苦笑した。何を今更とばかりに開き直ったソラはむしろ胸を張った。
「文句あるか?」
「ないよ」
「なら、取り掛かれ」
了解、と応じてサニア達が席を立つ。
ゴージュが仕事を振って欲しそうにソラを横目で見る。
ソラはラゼットとゴージュを除く全員が部屋を出るのを待ってから、真剣な顔で二人に向き直った。
「さて、ラゼットとゴージュには計画が成功した後の始末を頼みたい」
「今から後始末の心配ですか」
ラゼットが小首を傾げた。
「俺がいない可能性が高いからな。成功した場合、きっと俺は王都で逮捕されてる」
参った風に後頭部を掻くソラを見て、ゴージュが頭に疑問符を浮かべる。
「何をしでかすつもりですかな?」
「外道な行いと善行さ」
「相反する行いかと思いますがな」
主君が何をするつもりか予想しようとゴージュは知恵を絞る。
「大したことじゃないさ。チャフが知ったら怒り出すだろうが幸い追い出せたから、お前らには教えておこうか」
ソラが淡々と計画の全貌を説明する。話が進むにつれてゴージュの目が大きく見開かれた。
驚きに固まる彼をおいて、ラゼットはソラを見据える。
「その計画では、ソラ様が死んでしまいませんか?」
「死ぬつもりはないさ。そのためにもお前達には後始末を終えたらすぐに逃げて貰いたい」
ソラはそう言ってポケットから一枚の紙を取り出した。
紙を受け取ったラゼットは隅々まで目を通すと盛大にため息を吐いた。
「なるほど、それで私達を残したんですね」
紙をゴージュに手渡したラゼットは面倒な仕事を押しつけられた事に早くも疲れたような声を出した。
納得した二人にソラは頷く。
「そういう事だ。よろしく頼む」
そう言ってソラは会議室を後にする。
「あいつらなら俺が死んでもどうにかなるだろう」
良い仲間を持ったと笑いながら、ソラは廊下から窓を眺めた。
「まぁ、死なないように手を打ちますかね」
6月16日修正




