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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
最終章 十五歳青年と継承騒動

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第二話  継承権

「爵位の剥奪? そんな馬鹿な!」


 腰を浮かしかけたソラは、深刻なチャフの表情を見て冗談の類ではないと悟り、すぐに冷静さを取り戻した。


「すまん」

「オレも驚いたからな。気にしてはいない」


 謝るソラにチャフは微笑する。そして、すぐに真剣な顔に戻した。


「国王陛下に対してソラ・クラインセルトをクラインセルト伯爵家跡継ぎから除外し、弟のサロン・クラインセルトを跡継ぎにすると通達があっ──」

「弟? 俺にか!?」


 今度こそソラは弾かれたように立ち上がり、机に膝をぶつけて悶えた。


「っ……俺に弟なんていないぞ?」


 涙目になりながらソラが言う。

 チャフは落ち着くように身振りで示しながら、事前に調査した結果を話す。


「クラインセルト伯爵領であった連続失踪殺人事件、覚えてるか?」

「確か、子爵領が成立した年から三年の間に父上の館に入った者が失踪した後、他殺体になって見つかった事件だったな。……まさか」

「妊婦は目立つ。赤子の泣き声となれば尚更だ。館に入った者で存在に気付いた者がまったくいないと考える方が不自然だろう」

「隠してたのはそれか」


 ソラは苦い顔をする。弟が出来たとすればチャフとの決闘騒動の時だろう。図らずもソラの代わりになるわけだ。

 しかし、そうなると弟のサロンは七歳ということになる。


「七歳で叙爵できるのか?」

「お前が言うな」


 真剣な顔で自分を棚に上げて疑問を呈したソラにチャフがすぐさま突っ込みを入れた。


「同じクラインセルト家の兄弟だ。しかも、今回は教会派の貴族連合から後押しがある。もとより各家の継承について国王陛下は口を挟めない。ソラ卿の子爵位はクラインセルト領を巡る決闘で得たものだから、クラインセルト領を継げないなら正統性を失ってしまう。ソラ卿の爵位剥奪も、サロンの叙爵も必ず通る」


 想像以上に大規模で準備も行われているらしい。

 ソラは唇に手を当てて考え込む。その姿には中性的な美しさがあった。

 そこらの貴婦人よりも手入れの行き届いた肌はきめ細かく、仕事漬けで外にでないため雪のように白い。だが、クラインセルト伯爵に似るのを警戒して暇を見つけては鍛えているため脂肪がそぎ落とされた細身の体には程良く筋肉がついている。

 教主レウルと同等のカリスマ性を帯びていた。

 ソラの顔は平均よりやや上程度なのを考えれば色の白いは七難隠すという言葉も真実味を帯びてくる。

 チャフはソラの立ち姿を見てため息を吐く。見てくれは良いのだ。だが、中身が七難では足りない。

 今も彼は誰もが青い顔で頭を抱えるような権謀術数を仕掛ける手順を考えているはずだ。


「一応、言っておく。子爵になったオレは勿論、父上のトライネン伯爵、それにベルツェ侯爵はソラ卿の味方をする。戦争をする前にオレ達に相談しろよ」


 チャフはソラが勝つことを疑っていない。トライネン伯爵は息子を負かしたソラが別の誰かに負けては困る。ベルツェ侯爵は交易による利益が無視できない。

 それぞれに思惑はあるが、王国でもかなり優秀な人材ばかりだ。ソラが戦争に踏み切れば負けるはずがないとチャフは考えていた。

 しかし、ソラは怪訝な顔でチャフを見る。


「戦争って何の話だ?」

「は? だから、クラインセルト伯爵位の継承戦争だ。それしかないだろ」


 ソラが跡継ぎから外されるのは確定だ。それなら奪うしかない。

 そう考えての発言だったのだが、ソラは呆れたように首を横に振った。


「阿呆かお前は」

「なんだと?」


 いきなり馬鹿にされてチャフがソラを睨みつける。

 ソラは真っ向から受け止めて、口を開く。


「継承戦争は出来ないんだよ。正確には仕掛けてはいけないんだ」


 ソラは説明を開始する。


「弟のサロンと継承権を巡って戦端を開いた場合、サロン側には教会派の貴族が付く。俺には魔法使い派が付くだろう。そうなれば、クラインセルト領を戦場とした教会派対魔法使い派の代理戦争に発展する。どうなるか、分かるよな?」

「……王国全土に波及する、かもしれない」

「しかも、継承権に端を発するため国王陛下は止められない。泥沼だ。仮に継承戦争に勝っても王国全土を戦火に巻き込んだ責任を取らされる」


 だから、継承戦争は出来ないのだ。

 ソラがクラインセルト領を継ぐためには父である伯爵と弟サロンの両名を排除する必要がある。

 また、教会の力が強くなったクラインセルト伯爵領を統治するには教会勢力の弱体化か排除が必要になる。それをしなければ、領地を継いだ途端に教会主導の反乱が起きるだろう。

 説明が終わり、状況を正確に認識したチャフは更に暗い顔をした。


「そうなると政治駆け引きで勝ちを拾えというのか。とてもじゃないが無理だ。相手はあのレウルだぞ?」

「それでも勝たなきゃならない。何も思いつかないけどな」


 ソラは困ったように薄く笑った。

 その時、ラゼットが紅茶を持ってきた。

 ソラから話を聞いたラゼットは欠伸混じりに口を開く。


「ソラ様が跡継ぎではなくなったら私は育児に専念できますね」

「分かってはいたが、ラゼットは大物だよ。……まだまだこき使ってやるからな」


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