第十四話 銀は千鳥に使え
「攻撃開始ッ!」
背後から響いたソラの声にゴージュ達は半ば反射的に交戦していた近衛隊副長率いる前列から距離を取る。
今まで力の限りに攻め立てても簡単には引かなかったゴージュ達が突然に大きく後退した事に近衛隊がたたらを踏んだ。
その僅かな隙にゴージュ達は踵を返し、一糸乱れぬ流麗な動きで反転する。
その先には──
「チャフ殿! 敵の挟撃、策ですッ!」
近衛隊副長がチャフへ知らせる。
ゴージュ達が全力で向かう先にはソラを仕留めようと向かった近衛隊後列と指揮を執るチャフが無防備な背中を見せていた。
「全体、追撃! 敵の足を止めろッ!」
自らが率先して一歩を踏み出しながら、副長が怒声混じりに命令する。
しかし、このためだけに体力を温存していたゴージュ達は軽い装備も相まって副長達を引き離した。
「元馬鹿やろう共、敵に剣を掲げろ! 味方に勝利を捧げろッ!」
ゴージュの鼓舞に警備隊の全員が雄叫びを挙げる。
地が揺れるほどの大音量にチャフが振り返り、顔面蒼白となった。しかし、なけなしの勇気を振り絞り、挟撃に動揺する近衛隊後列に向き直る。
「後ろの敵に構うな。ソラ・クラインセルトを打ち取ればこちらの勝ちだ。畳みかけろ!」
後ろの敵は十一名、チャフ達も同数だが、前にいるソラは護衛を二名連れているに過ぎない。
人数差で必ず押し切れると諭され、近衛隊も冷静さを取り戻す。
──ソラの護衛が大量のガラス瓶を投げ込むまでは。
中の液体がばらまかれ、辺りの地面一体が火に包まれる。膝に届くかどうかの火炎の原は訓練された近衛兵の足を止めるほどではない。
しかし、液体が体にかかった者は引火を恐れて火を避けざるを得なかった。当然、最前列にいた者が液体を受けたために列が詰まり、動きが鈍る。
その隙に近衛隊を間合いに捉えたゴージュ達が切りかかった。タイミングを合わせてソラの護衛も火原を走り抜けて攻撃を仕掛ける。
前後から挟まれた近衛隊は引火を恐れた者が退がったために隊が密になり、思うように長剣が振るえない。
満足な抵抗も出来ずに五名の近衛隊士がゴージュ達の一撃で関節が外れるなどし、戦闘から離脱する。
なんとか駆けつけた副長率いる前列がゴージュ達に襲いかかる直前、示し合わせた三名の警備隊士が副長達前列に向き直って逆に襲いかかる。明らかに時間を稼ぐための捨て駒であるにも関わらず、その三名の意気は極めて高く、近衛隊の鉄剣をかいくぐり返礼とばかりに木剣を振り回して暴れまわる。
先ほどまでとは異なり、足止めなど考えていない。目の前の敵を一人でも多く倒すことに重点を置いた攻撃的な動きに近衛隊の列が僅かに乱れた。
牽制に振るわれた鉄剣が頬をかすめようと三名は回避行動を取らない。
「ソラ殿に、我らの誇りに、指一本触れさせねぇ!」
「火事場よりマシだ。敵がいるだけだからな!」
「すぐにいなくなっちまいますよッ!」
警備隊士が次々に軽口を叩く。あやつる木剣が全速力で宙を切り、近衛隊士の鉄剣と打ち合う。
近衛隊副長は指揮を取るチャフに視線を移した。
既に後列は態勢を立て直したようだが、先に離脱者まで出した上に格下であるはずの警備隊が死に物狂いで攻勢に出ているのに怯み防戦一方になっている。中央に守るべき大将であるチャフがいる事も劣勢に拍車をかけていた。
副長率いる前列は警備隊三名の突撃を受けてはいるがまだ余裕がある。半数の五名を残してチャフの救援に向かおうかと考えるも、乱戦になる可能性が増すだけで得策ではない。
──ならば、敵大将を仕留めるまで。
副長がソラの姿を探し、少し離れた場所で腕を組んでいるのを見つける。
ガラス瓶は使い切ったらしく、片手には刃渡り二十センチ程の木製小太刀を握っている。腰には予備として同じ小太刀を提げていた。
副長にはソラが脂豚の子だなどとはもう思えなかった。心のどこかにあった侮蔑も捨てた。
これだけの武器を整え、策を練り上げ、兵を訓練する。そして実際にこの状況を作って見せた。
何より、と副長は暴れまわる警備隊に目を向ける。
嫌われ者のクラインセルト家としてマイナスのスタートを切ったにも関わらず、勇猛果敢なこれらの兵が命懸けで守ろうとする、その器。
「……敵ながら見事。だが──」
負けられん。そう呟いて副長は誰にも告げず走り出す。
声を出せば狙いを悟られてしまうからだ。
しかし、流石は近衛隊の精鋭達というべきか、副長の意図に気付いた近衛隊士が二名後に続いた。
ソラは向かってくる副長達に気付いたらしいが、ニヤリと唇の端を吊り上げると人数が減って残り四名となった近衛隊後列とその中央のチャフに視線を投げる。
眼中にないと言外に告げるその様子に鉄剣の柄を固く握る。
せめて、一合くらいは打ち合いたかったと思いながら鉄剣でソラの頭を狙い、横に薙いだ。
地面と平行に進むその一撃は小さな頭を砕く寸前に横から現れた木剣に弾き返された。
「ソラ殿は儂ら元馬鹿野郎の誇りでな。エリート様が触って良いもんではない」
独特の深みを持つガラガラ声で、警備隊前衛を指揮していた化け物顔の男が言う。駆け込み様の速度を利用して副長の一撃を弾いた木剣には大きいが浅い傷が付いていた。
副長に続いた二人はゴージュと共に横から奇襲をかけた警備隊士によって既に一人が倒され、残った方が二人の警備隊士を相手に激戦を繰り広げている。
「化け物隊の頭か。名乗れ」
鉄剣を担ぐように構え、副長が問う。
「ゴージュだ」
名乗りながら木剣を正眼に構えて相対する。
副長は好戦的な鋭い目つきでゴージュの隙を探した。
「お前らのせいで近衛隊の面目は丸つぶれだ。名誉挽回のため、叩きのめす!」
副長は強く踏み込むと共に鉄剣を袈裟掛けに振り下ろした。近衛隊副長の肩書きは伊達ではなく、剣筋に一切のブレがない。
ゴージュはぎりぎりのタイミングで合わせるが、指揮を放棄して闘いに専念する決意をした副長は強かった。いなす事も出来ずに押し切られてしまう。
辛うじて半身を下げてかわしたゴージュに振り下ろした鉄剣を跳ね上げて逆袈裟を狙う副長の顔面へ木剣による鋭い突きが迫る。
驚きつつも頭を反らして突きを避けた副長は後ろに行った重心に逆らわず後退する。その頬に冷や汗が伝った。
ゴージュが繰り出した突きは木剣の軽さを生かした素早い切り返しによって可能なもの。副長の鉄剣とは一撃毎の間隔がまるで違うのだ。
受け切れない強力な一撃を繰り出す副長と受け切れない高速の一撃を繰り出すゴージュとの一騎打ち、もはや息をすることを忘れた観客が見守る中でチャフとソラの最強戦力の闘いが始まった。
1月10日修正




