第七話 化け物隊
王都警備隊の兵舎は木造の平屋だった。
趣があるといえば聞こえはいいが、古びていると言った方が的確だ。
中に入ると胡散臭いものでも見るような視線が突き刺さる。
警備隊長が応対してくれただけましかもしれない。他では副長にしか会えなかったのだから。
しかし、協力を願っても返事は他と変わらなかった。
流石に気が滅入ったが、長居は無用と兵舎に背を向けて歩き出す。
「チャフ・トライネンと将兵が二十名、対するは俺一人、か。詰んだな」
飛車角落ちなんて生易しいもんじゃないと、ソラは青空を眺めて首の後ろを掻く。
頭は働かせ続けているが、策は一向に思いつかなかった。
盾に猫でも張り付けて突撃すれば相手も怯むだろうかと馬鹿な考えをしていると、道の先がなにやら騒々しかった。
人だかりが道幅一杯に出来ており、通り抜けるのは難しそうだ。
「何かあったのか?」
「聞いてきますね」
ラゼットが人だかりに歩み寄り、外側にいた男性に事情を聞いてきた。
「近衛隊士が巡回中の王都警備隊士に喧嘩をふっかけたそうです」
「……はぁ?」
要するに国軍同士の内輪もめである。
道を迂回して帰ろうかと思ったが、ソラに気付いた人々が人だかりの左右に割れる。貴族の道を塞いで難癖をつけられるのを避けたのだ。
わざわざ道を開けてもらった以上、迂回する訳にもいかない。
二手に分かれた道の先には今にも殴り合いを始めそうな十五人の近衛隊士と十人の警備隊士が対峙している。
警備隊士は全員体に火傷が残る者達だった。半数は一昨日の晩に馬車を改めた者達だとソラは気付く。
「……あれを無視したら俺の人気が下がると思うか?」
「……下がると思います」
小さな声でラゼットと問答する間に人だかりから街の知り合いが手を振っているのを見つけ、逃げ道が塞がれたのを知る。
本当に厄日だと思いながら、言い争う近衛隊と警備隊に歩み寄る。
「こんな往来で何をしてるッ!」
七歳とは思えない堂に入った叱喝に隊士達が驚いてソラを振り返る。
しかし、子供に口を出されたことに気付くや否や近衛隊が怒気を露わにした。
「ガキが口を挟んでんじゃねえ!」
「俺でもやらないような子供染みた喧嘩をしてる奴が言うな」
怯みもせずにソラが言い返すと人だかりから拍手が聞こえた。
「そこの警備隊士、状況を説明しろ」
近衛隊士が喚いているのを無視して状況を聞く。
それによると、何事かを急いでいた近衛隊が道を曲がった際、通行人にぶつかって怪我を負わせたらしい。
そのまま逃げ出そうとした近衛隊士の道を巡回中で現場を目撃した警備隊士が塞いで口論となり、今に至るそうだ。
「怪我人は?」
「……近くの民家で手当てを受けています。肋骨が折れている可能性もあります」
真っ先に怪我人の安否を気にしたソラに警備隊士が意外そうな顔で答えた。
クラインセルト伯爵の子供が庶民のことを気にかけると思わなかったのだ。
ソラは近衛隊を見る。
金に糸目を付けずに揃えただろう金属製の胸当てと肩当て、籠手やすね当てなどを身につけた正式装備だ。全速力でぶつかれば生身の人間の骨が折れることもあるだろう。
「近衛隊、今の話は本当か?」
「どうでもいいだろそんな事! こっちは急いでんだよッ!」
「チャフ・トライネンに会いに行くからか?」
「──っ!?」
言葉に詰まった近衛隊を見てソラは呆れたように肩を竦めた。
近衛隊士達が急いでいた理由は兵舎にチャフ・トライネンが訪れ、決闘の参加者を募っているのを知ったからだ。
ソラは正確にそれを見抜いていた。
「あの生真面目の塊がお前らみたいなのを使いたがると思えないが、どの道、この場の全員で陳情書を書けば丁重にお断りしてくれるだろうさ。諦めろ」
軽蔑すら込めた瞳で近衛隊を見た後、ソラは警備隊士に向き直り、耳を寄せるように指示する。
「怪我人の治療費に当てがないなら西側にあるケルンの箱って飲み屋に赤毛混じりの金髪美人が来るからそいつに言え。俺の名前を出せば文句も言わずに払う」
「えっと……?」
屈んだ警備隊士に早口で言う。
ソラは人だかりに笑顔で手を振って別れを告げた後、さっさとその場を後にした。
ソラに続くラゼットや護衛を見送って警備隊士達は顔を見合わせる。
「本当にあれがクラインセルトの跡継ぎか?」
「有り得ん。何かの手違いで入れ替わったんじゃね?」
口々に言う同僚に一昨日の晩、ソラの馬車を改めた二人は苦笑した。
「だから、伯爵とは別物だって言っただろ」
「この身なりに怯えないどころか、怯えないといけない理由を聞いてくる。ズレてんだよ、アレは」
その言葉に警備隊士達は自らの風体を鑑みる。
体のあちこちにある火傷の後、醜くただれたその皮膚は気の弱い者が見ただけで逃げ出すほどに凶悪な印象を与えてしまう。これが原因で王都守備隊から降格し、警備隊に配属された。
火傷は三年前に王都、正確に言えば王都の外にあるスラム街で起きた火事によるものだ。
王都の住民にもこの火傷が原因で怖がられているが、今回は近衛隊が悪いのが一目瞭然である。
その近衛隊は憎々しげに警備隊士を睨んでその場を去った。化け物隊め、と捨て台詞を残して言ったのには腹が立つが、これ以上面倒を起こさないよう警備隊士は怒りを沈めた。
人だかりも解散する。
警備隊士達が巡回を済ませて兵舎に戻ると、昼間にソラを追い払った事を肴に酒を飲んでいた同僚達が振り返り、舌打ちする。
「まだ除隊にならないのか」
「てめえ等のせいで警備隊の評判が悪くなるんだよ。罰としてもう一回、巡回してこいッ!」
投げつけられる空の酒瓶を宙で捕まえて廊下の脇に置き、隊士達は部屋に引き上げていった。




