第六話 伯爵家のブランド。
祝賀会の翌日、ソラは何時も通りの時間に起床した。
ラゼットがソラの身支度を整える。
「意外とソラ様は余裕なんですね。領主様は既に出かけましたよ」
「慌ててもどうにもならないからな。お父様は教会に口添えを頼みに行ったんだろうが、無駄に終わって機嫌は最悪の状態で帰ってくるはずだから注意しろ」
今頃は国軍に対して説明がなされているだろう。
ソラは直接兵舎に出向いて募集する予定だが、効果は余り期待できない。
クラインセルトの名がこの上なく足を引っ張っていた。
「もはや呪いだな……。」
自重気味に呟いて、外を見た。腹が立つくらいの快晴に舌打ちをして食堂に向かう。
「リュリュでも連れて行くか?」
若い美人を連れて行けば案外コロッと靡くかもしれない。
そんな考えが透けて見える発言にラゼットが呆れる。
「あざといですね。見抜かれて余計に嫌われるか、騙された色魔が揃うか、賭けてみましょうか?」
「冗談さ。リュリュ達は俺にとっての虎の子だしな。簡単に御披露目するもんか」
しかし、打つ手がないのも事実だ。弱みを握ったとしても士気が低くては話にならない。
あれこれと策を練りながらパンをかじる。
王都は大陸の内陸部にあるため、しばらく魚料理を食べていない。1ヶ月も鮭やサンマが食べられないのはソラの忍耐をガリガリと削っていた。
領に戻ったら運送業を興してやろうかと、地味に役立つ発想をしつつ、朝食を食べ終えた。
「何にも思いつかない……。」
知恵熱を出す頭を押さえながら馬車に乗る。
クラインセルト邸の敷地を出た直後、衝撃とともに馬車が斜めに傾いだ。
どうやら、壊れたらしい。
御者が青い顔で謝る。作り笑いで許して兵舎へ徒歩で向かった。
「厄日だ……。嫌な予感がするぞ」
そうぼやいているうちに兵舎の前についた。
襲撃する者もいないのに頑丈な石造りのこの兵舎は近衛隊のものだ。
近衛隊士は兵舎横の広場にて朝の訓練中との事で、ソラはラゼットと護衛を二人伴って見学しに行く。
二手に別れて隊列を即座に整える訓練をしている様で、整然と並んだ近衛隊士が素早く陣形を変えていくのを興味深く眺める。
「どうです。クラインセルトの領主軍には真似できない芸当でしょう」
近衛隊副長を名乗る男がソラを見下したように見る。
そんな態度に接するのはもう慣れっこなのでソラは特に反応を返さない。
「決闘の件、既に連絡があったと思う。適当に話しかけてもいいか?」
「いや、訓練の邪魔はしないで頂きたい。近衛隊の総意は既に出ています」
副長はあくまで表面上はにこやかに言い放つ。
「クラインセルトの味方をして経歴に傷をつけるのは馬鹿げている」
「……そうか」
半ば追い出されるようにして近衛隊の兵舎を後にした。
「国軍なら近衛でなくても良いはずだな」
「当てがあるんですか?」
「近衛隊の下部組織、王都守備隊とその下部組織の王都警備隊だ」
どちらも近衛隊には質で劣るが、贅沢を言える状況ではない。
距離が近い王都守備隊の兵舎に赴く。決闘に助力するように通達は来ているが、負け戦に手を貸して怪我をするのはアホらしいと言われて追い返された。
「我が家のネームバリューは素晴らしい。一種のブランドだな」
「何開き直ってるんですか」
見上げた太陽は中点に差し掛かり、そろそろ昼食時だと分かる。
王都を散策している間に作った知り合いの店を見つけてソラは中に入った。
悪名高い貴族の跡継ぎが来店したことに店の客がギョッとする。
「おばあちゃん。美味しい魚料理を食べに来たよ」
客の反応に気付かない振りをして笑顔で店主に注文する。
やたらと気さくな態度に客達が顔を見合わせ、ソラの護衛が顔をしかめる。
それを見つけたソラは護衛達に虫を払うような手つきをしつつ、
「お前らは顔が怖いから店の裏で立ってろ」
と命じた。
客の何人かが吹き出す。
「そういう訳には──」
「強面がいたら店に迷惑がかかるだろ。店の裏に立って人が通りかかる度ににこやかに挨拶してろ。猫の鳴き声で!」
客の何人かが俯いて肩を震わせた。
「護衛というからにはクラインセルト伯爵家のイメージアップも担え。猫の鳴き声で!」
「……なんで猫にこだわるんですか?」
「豚は嫌だろ?」
客達が一斉に突っ伏した。子供って怖いと笑い涙を浮かべる客もいる。
ラゼットに背中を押されて護衛達は店の裏へ消えた。
やれやれ、と首を回したソラに客達が視線を送る。
ソラが客達へにこやかに一礼すると拍手が起こった。
クラインセルト伯爵家嫌いは国民に共通だ。ソラはわざと自分の出自をネタにする事で親しみ易さを演出した。
冗談が通じる人間は慕われるものだ。
「おばあちゃん、熊の獣人を連れた赤毛混じりの金髪美人から、預かり物はない?」
カウンター席に座ってソラは小声で問い掛ける。さり気なくラゼットがソラの後ろを通った瞬間に店主がカップの下に手紙を挟んで差し出した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
微笑を浮かべるソラに店主の老婆は満面の笑みで返した。
「外で待っている俺の護衛にとびきり上手い酒を買ってやろうと思うんだ。いくら?」
「この店には大した酒はないよ。王都の西側にあるケルンの箱って飲み屋がお勧めさね」
「分かった。明日にでも行くよ」
ソラは手紙をラゼットに手渡して背伸びする。
──決闘ばかりにもかまけてられないのがなぁ。
内心で愚痴をこぼしながらソラは手紙の内容に思いを馳せる。
ソラの読みが確かなら、リュリュ達に王都の魔法使いと接触を計るよう指示を出したその結果報告が書かれているはずだ。
魔法使いを見分ける反応石を警戒しているためソラは魔法を使ってはいない。教会派との関係が歪な今、余計な混乱を生じるのは良くないと思ったのだ。
だが、魔法の有用性は無視できない。
苦肉の策として魔法使いを見つけてこっそりと仲間にするつもりでいる。
昼食を食べたソラは店を後にして王都警備隊の兵舎に向かった。




