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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第四章 七歳児と決闘騒動

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第三話  貫陣と脂豚

 王太子の誕生日祝賀会はまるで見せつけるような華やかさだった。

 実際、見せつけているのだろう。

 昼間より明るいとすら思える広間には爵位も様々な貴族の子弟が揃っている。その殆どが居並ぶ音楽隊や端に並べられた手の込んだ料理、邪魔にならないように品良く飾られた美術品に驚きを露わにしている。

 比較的、年かさの者達や公爵位の子供は何とか驚きを押さえ込んでいた。

 子弟達はそれぞれの保護者に促されて広間へと次々に足を踏み入れる。気後れする者もいたが、彼らを抜き去る背中を見て、その少年を彼らは思わず目で追った。

 背筋は凛と真っ直ぐに、一歩一歩で床を踏みしめ確固たる足取り。緊張した様子はなく、しかし生真面目そうな顔で正面を見据えている。

 取っ付き難そうだと評価を下すには早計だ。何故なら、転んでしまった男爵の子供に手を差し伸べる優しさを見せたのだから。


「“貫陣”の息子か」

「あれがトライネン伯爵の子、立派なものだ」


 大人達が感心して自らの子と見比べる。

 話題の人物はトライネン伯爵家の跡継ぎチャフ・トライネン、十三歳と若年ながら将来を有望視されている。

 彼の父であるトライネン伯爵は広く知られた名将であり、手勢二百の騎兵隊で突撃を掛け二往復、つまりは四度に渡って三千の敵陣を割った勇猛さから“貫陣のトライネン”と呼び称される。

 流石は王国随一の猛将の息子というべきか、十三という年齢にしては背が高く、強靱な筋肉がつき始めているのが伺える。未だ幼さの残る顔つきだが、後四年もすれば精悍と言えるようになるだろう。

 トライネン伯爵家は政治的には中立であるため、教会派も魔法使い派も跡継ぎに注目している。どうやら、今回は更に興味を引くことになったようだ。

 それぞれの品定めを終えた大人達が入口へと視線を投げる。

 チャフ・トライネンを見た後だ。子弟達は比べられるのを恐れて足を踏み出せないでいた。

 しかし、小さな人影が軽やかに一歩を踏み出した。

 先ほどのチャフ・トライネンが剛ならば、こちらは柔であろう。

 穏やかな微笑みを浮かべて並みいる貴族の視線を受け止め、波立たぬ湖面を行くように静かに足を運ぶ。あまり外に出た経験がないらしい白い肌と細身の体つき、更には愛らしいその幼い顔から、ともすれば少女のようにも見える。

 与し易しと見るのは早計だ。意地の悪い侯爵の息子が転ばせようと伸ばした足のスネをさり気なく蹴り飛ばすしたたかさを見せたのだから。


「“脂豚”の息子か……。」

「あれがクラインセルト伯爵の子、奇跡の賜物だ……。」


 大人達は苦々しい思いで血の神秘にため息をつく。

 話題の人物はクラインセルト伯爵家の跡継ぎソラ・クラインセルト、七歳と幼いが先日まで将来を絶望視されていた。

 彼の父であるクラインセルト伯爵は広く知られた暗愚であり、手勢百の騎兵隊で敵陣に夜襲を掛けようとするも伯爵の重みに耐えかねた馬が潰れ二往復、つまりは四頭に渡って馬を潰し結局は百の敵歩兵隊から逃げ帰った際、皮脂の浮いたその顔から“脂豚のクラインセルト”と呼び称される。

 流石は王国随一の暗愚の息子と言いたかったが、七歳とは思えないほどに隙がなく、知的な眼光が大人達を逆に品定めしている様子が伺える。未だ幼さの残る顔つきだが、女達には十年後が楽しみだろう。

 クラインセルト伯爵家は政治的には教会派だが、跡継ぎのソラは魔法使い派のベルツェ侯爵が対等の扱いをしていると共に親交を深めているとの噂があるため、教会派も魔法使い派も注目している。どうやら、今回は更に興味を引くことになったようだ。

 ソラを見た大人達のため息を落胆と勘違いした子弟達が広間へと入り、品定めの終了を告げるように音楽が流れ始める。

 早速、教会派の重鎮への顔見せに連れられたソラは豚領主へ向ける内心の侮蔑を気取られないように注意しつつ笑顔を振りまく。

 警戒の視線を豚領主ではなくソラへと向ける重鎮が腹のさぐり合いを仕掛けてくるのを子供らしい振る舞いであしらえば、より一層の警戒心を植え付ける事に成功する。

 後は教会に不満を感じている教会派貴族の子弟と世間話に興じれば警戒を分散させて派閥内で疑心暗鬼になる。

 相手も百戦錬磨の古狸である以上簡単には成功しないだろうが、ソラが魔法使い派の間者と思わせればクラインセルト伯爵家が教会派を抜けやすくなる。

 それすら見抜く相手ならば、ソラが一筋縄ではいかない事に気付いて行動を慎重にするだろう。

 ──暗殺はないだろうが、嫌がらせくらいはあるかもな。

 そう思いつつも、今はこうもりの様に派閥間をふらふらするのが一番だとソラは理解していた。

 双方の派閥に有能さを見せつけて、ソラの科学知識を巡る対立になれば理想的だ。


「おや、国王陛下がいらっしゃったようですな」


 脂ぎった顔に媚びた笑みを浮かべて豚領主が広間の奥を見る。

 王家の紋が大きく描かれた豪奢なタペストリーが掲げられた壁を背景に壮年にさしかかった国王と、本日十歳を迎えた王太子が並んで現れた。

 広間に居る全ての人間が一斉に臣下の礼を取る。

 これを見下ろすのはさぞかし気持ちの良い事だろうとソラは思うが、王太子はガチガチに緊張していて楽しむ余裕とはまったくの無縁だった。


「皆の者、遠路はるばる来た者もいるだろう。ご苦労だった。今日、我が息子が十を数え──」


 国王が長々と話す間、臣下の礼を取り続ける。そろそろ貧血を起こして倒れる者も出るのではないかとソラが危惧し始めた頃、ようやく演説が終了した。

 公爵位から順に祝いの言葉を述べに行く。クラインセルト家に番が回るのは男爵位すらも挨拶を済ませた後である。

 王家からも疎まれているのは聞きかじった噂から推測していたが、こうも露骨にやられるといっそ清々しい思いがするソラだった。

 順番が回ってきたため、ソラと豚領主は国王へと近づく。

 国王は目を細めてソラを観察する。

 王太子と年が近い事もあり、警戒されているのだろうと判断したソラは普段は使わない最高レベルの愛想笑いを浮かべて王太子に祝辞を述べた。

 王家に喧嘩を売る気は毛頭ないが、露骨に嫌われている相手に心から笑いかけられる程ソラも人間が出来ていない。

 結局、妥協としての愛想笑いだったが、七年間で培った演技力をもって微笑めば王太子が頬を赤らめるくらいには効果があった。

 ソラの演技を見抜けず心のこもった祝いの言葉と受け止めて照れた王太子に気付き、子弟の何人かがソラを睨む。

 上手い事やりやがって、とでも言いたげな彼らの視線を受け止めてソラは王太子と二言三言交わした後、その場を後にした。

 祝賀会はまだ始まったばかりだ。


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