第四話 王都到着
街を出発したソラは馬車に揺られながら王都への道を進む。
流石はベルツェ侯爵領で作られただけあって故障一つ起こさない馬車の中でソラは険しい顔をしていた。
森をつくっているたった一種類の木に彼は頭を悩ませていた。
「どうみてもシラカバだ」
街を出た当初は焼け野原が続いていたが、山を一つ超えた場所はシラカバの群生地だった。高原地帯に入ったのだろう。
ソラが険しい顔をするほど不思議なのは生えているシラカバが立派だからだ。成人男性がギリギリで抱えられるかという幹の太さは松などであれば珍しくないが、シラカバとしては異常な太さである。
意外なところで異世界っぽい物を見つけてしまい、感動より先に困惑してしまう。理系脳故の悩みか、それともこの世界のシラカバはこれが標準なのか、ソラ以外には誰一人気にした様子がない。
彼以外の共通の話題はやはり、街周辺の焼け野原である。
「森が燃えたことは確かだよ。問題は何が原因か、この一点に尽きるね」
馬車のすぐ横で馬を歩かせていたサニアが言うとゼズも同意する。
リュリュはこめかみに指を添え、考えを口にする。
「火事なのは間違いないとしても、巨兵隊とかいうのがいる理由と箝口令の原因、隠し事の内容の三つが気になる」
ソラの意見を聞こうとした彼女達はシラカバをつぶさに観察している彼を見てその視線を追う。シラカバに何か火事のヒントがあるのだろうと勘ぐったのだが、むろん手掛かりはなく、揃って首を傾げた。
ソラの考えなら一番付き合いの長いラゼットが知っているだろうと彼女を見れば、ぼんやりとシラカバ林を眺めてうわのそら。完璧に脱力したその様子は見ているだけでこちらがふやけてきそうだ。
「ソラ様、ちょっといい?」
埒が明かないとみたサニアがソラに声をかける。疑いようもない生返事が返ってきたが気にせずに話を続けると彼の意識も徐々に傾いてきたらしくシラカバ林からサニアに視線を移した。
「街の事をどう思うって聞かれても情報が足りなすぎて分からないが──」
ソラはそう前置きして、
「火事が突発的なもので対応が追いついてないんだろうな。住民が暴徒化するのを防ぐために人気のある巨兵隊をわざわざ派遣したんだろう。精鋭の巨兵隊を派遣する事で見捨ててないと意思表示できるのも折り込み済み。だが、おそらく長くは持たないな」
「巨兵隊がいても暴徒化するってこと?」
予言染みたソラの台詞にリュリュが理由を訊ねた。
「暴徒化ではなく、街の機能が死ぬのさ。なにしろ林業都市だ。材料である木材が全部焼けてしまったなら仕事にならないからな」
植樹して復興、言葉で言うのは簡単だが回復するまで何年かかるか分からない。
腕の良い職人は残らず街を捨て、後に残るのは空洞化した林業都市の残骸だ。
巨兵隊によるパフォーマンスが効いている内に対策を取らなければ間違いなく起こる未来である。
「腕の良い職人が広範囲に散らばったら仕事の奪い合いにならなくて良いと思うけど」
サニアの言葉にソラは苦笑する。
「材料を一カ所に集め、加工して送り出す。職人は仕事を取られないよう切磋琢磨し、技術を維持する。そこに行けば確実に手の空いた職人がいるという安心感から仕事も集中する。街の機能はかけがえのないものだし、他領でも有名な街ならなおさらだ。評判は金で買えないからな」
悪評名高いクラインセルト家の跡継ぎは自虐的に言う。良い評判が売っていれば真っ先に買うだろう。
ベルツェ侯爵もそれが分かっているからこそ巨兵隊を派遣した。
ソラはまだ見ぬベルツェ侯爵の人物像を想像しつつ、少なくとも有能ではあると評価した。
「隠していたのは街の備蓄だろうな。備蓄量を知られると他から輸入する際に足元を見られる要因になるから」
サニアとソラの会話にゼズが割って入る。
「林業には詳しくないがここの木はどうなんだ? 街からそう離れてないだろ」
そう言って太い指でシラカバを示す。
ソラはそれに対して頭を横に振った。
「この木でやるのは難しいな」
シラカバは腐り易く虫が喰いやすい。生木として地に生えている時ですら腐ったりする扱いが難しい木である。
とはいえ、ソラは加工法に心当たりがあった。
伊達に日本人をやってなかったな、とソラは一人ごちる。
その三日後、ソラ達は王領に入り、更に二日後には王都に到着した。
たくさんの人々が行き交い、商人の声は飛び交い、子供達が走り回る。
レンガで舗装された道路に様々な店が立ち並び、意匠を凝らした鉄の看板が日差しを照り返して主張する。喫茶店で獣人が堂々と紅茶を飲み、老人同士が二階屋のベランダで昔のやんちゃを語り合っていた。
ソラは街の様子を興味深く観察する。おのぼりさん丸出しだったが恥ずかしさは感じない。ソラに気付いた人々が笑顔で手を振ってくれている。
地方貴族の子供が王都の熱気に当てられて口を半開きにしながら観光することもあるため、住民もみんな慣れたものだ。彼らにしてみればソラは冷静な部類で、将来が楽しみだとすら思う。どこの貴族かと家紋を確認しようとするが、どういう訳か隠してあった。
それに興味を惹かれて三十路半ばの奥方が買い物友達の若奥に話しかける。
「……偉いさんの息子がお忍び観光かね?」
「あら、男の子だったの? てっきり女の子とばかり」
「やだよぉ、あたしとした事が若い子の性別が分からないなんて年くったかね」
「男の子だったら狙うつもりだったの?」
「まっさか! あたしゃ旦那一筋さ」
「はいはい、ご馳走様」
話が逸れていることにも気付かずそのままノロケ話に興じる彼女達は想像もしない。
先ほどの子供が王国屈指の嫌われ貴族“脂豚”ことクラインセルト伯爵の跡継ぎ息子だとは、露ほども──
二人の奥方の近くを三つの人影が過ぎ去る。
ゼズとサニア、そしてリュリュの三人だ。
王都に入ってから別行動となっている彼らには一つの指示が出されていた。
「魔法書を入手せよ、と言われてもね」
リュリュが数多い店の看板をキョロキョロと見回しながら言った。
ソラの悲願、それはゼズ達に託された。




