第十一話 両者の作戦。
「ごめんなさい」
揃って頭を下げるリュリュとサニアに元々気が弱いコルは怒る事が出来ず、謝罪を受け入れるしかなかった。
この件は先日のソラとのやりとりも相まって確実にコルの心へ子供に対する苦手意識を植え付けただろう。
「それより、逃げてきたのは二人だけ?」
ラゼットが無人の小屋を覗いて問い掛ける。
大まかにリュリュが事情を説明した。かつての仲間がやった事でもあり、少々罰の悪さがあるものの隠す訳にもいかない。
足止めをするためゼズが村に残ったくだりでラゼットの拳が静かに握り込まれる。それに気が付いた者は居なかった。
「ウチからも質問。領主様と教会はどうしてる?」
「領主様は王都へ帰った、領主軍もあなた達の捜索はしてない。領主様はあなた達を気にも留めてないというのがソラ様の予想。ただ、教会は本気みたい」
実は、二日前まで猟師小屋の周囲には教会の手先がうろうろしていたのだ。しかし、領主軍と共に戻ってきたガイストが何らかの指示を出したのか、今はラゼットの後を付けるばかり。
「ソラ様が言うには逃げ出した子供が多すぎて待ち伏せしても返り討ちに遭うとみたか、逃げ出した子供の中に獣人のサニアがいるから発見されるのを嫌ったか、ですって。当たりだったみたいね」
ラゼットの言葉にコルが殴られた肩をさすった。
リュリュが小さく手を挙げてさらに質問する。
「それじゃあ、もう安全ってこと?」
「いいえ。逃げ場の少ない街中で襲われるとソラ様は予想してる。私の後を付けてた男が連絡係でしょうね。多分、今頃はこの林も囲まれてる」
ラゼットが地面に街と周辺の地図を置き、説明する。その説明からサニアは追い込み漁を連想した。
「教会は何人掛かりでこれを?」
予想以上に本格的な敵の作戦にリュリュが思わず訊ねる。
ソラ達も実数を把握していないが、今回、ガイストは自分が動かせる限界まで人を使っていた。その中には報酬目当てのチンピラなども混じっている。販売利権を手に入れて利益を確定させたガイストは他の司教や司祭に隠す必要がなくなったため、大々的に動いているのだ。
「……逃げ切れるの?」
予想される人数差にサニアが弱気になる。
「大丈夫よ。ソラ様からこれを渡されてるから」
ラゼットは腰から酒の入ったガラス瓶を三つ外した。どれも大人の二の腕がすっぽり入る大きさだ。アルコールで湿らせた木の皮を丸めて飲み口に詰めてある。
続いて、ラゼットは良質の火打ち石を取り出した。
「ガラス瓶のふたに火をつけて投げて使うのよ。かなり危ないけどね」
ラゼットが真顔で言う隣でコルが深く頷いた。
「さぁ、時間もないから始めましょうか」
最後に逃走経路を確認した後、地図を畳んだラゼットは立ち上がった。
同じ頃、ガイストはラゼットにつけていた見張りから報告を受け、あちこちに指示を出していた。
「いいか、メイドと影の薄い男には決して危害をくわえるな。狙いはあくまで二人の少女だ」
領主館の使用人は名目上、クラインセルト伯爵の部下にあたる。そんな相手に危害をくわえるのは伯爵への反逆と見なされかねない。貴族に対する反逆罪は極刑のみである。
教会関係者であるガイストは教義により信者を見殺しにしてはいけない。よって極刑に反対することとなり、伯爵と敵対関係になる。そうなってはオガライトの販売利権が維持できず、苦労が水の泡だ。
伯爵の性格からして使用人がどうなろうと気にしないだろうが、目をつむる代わりに何かを要求してくる可能性は無視できない。
「人数差を生かして持久戦に持ち込む。領主館の付近を固め、絶対に近寄らせるな。散れッ!」
ガイストの号令一下、手先が街中に散っていく。
この人数を相手に逃げ回るのは魔法でも使わない限り無理だろう。
──魔法を使えるとは思えないが、使ったとしても結果は同じ。
クラインセルト家は教会派の貴族だ。内部に魔法使いを入れるはずがない。
そして、ガイストは魔法使いを確実に見分ける反応石を所持しているのだ。
首からさげた反応石を指先でいじりながらガイストは勝ちを確信する。
「あの……。」
幼い声に視線を向ければシャリナが彼を見上げていた。
村から唯一連れ出す事ができたのだ。豚領主としても教会の間者を懐に入れておきたくはなかったのだろう。
「あの、サニア達はどうなりますか?」
ガイストにはシャリナの聞きたい答えがよく分からなかった。
彼にとっては教会の教えを理解できない者が死のうと興味はない。死んで当然とすら思うのだ。その感覚で言えば利用するだけして奴隷として売り払うと答える。
しかし、ガイストは人の心が理解できない訳ではない。シャリナが逃げた二人を心配しているのも知っている。
だから迷うのだ。
ガイストの感覚に沿って諦めろと通告すれば良いのか、はたまた救う道があると説くべきなのか。
「分からないな」
だからガイストは正直に言った。
シャリナはうつむいて何事かを考えていたが、不意に顔を上げる。
「私はみんなで過ごしたかったんです」
突然なにを言い出すのかと怪訝な顔をするガイストをおいてシャリナは続ける。
「みんなで村を住めるようにして、船を直して、魚や貝を捕ったりして、馬鹿みたいに騒いで、それで……。」
シャリナの眼から涙がこぼれて地面を濡らす。
浮浪児だった頃、飢えて死んだ友人や病で死んだ友人の顔がまぶたに浮かぶ。
みんなが家族と暮らす街の子を羨んでいた。雨風を凌ぐ家は夢の象徴だった。明日に不安を抱かずに笑っていられる平穏が欲しくて欲しくて仕方がなかった。
本当なら全部、持っているはずの物だった。
「取り戻したかったんです。みんなで家族みたいに家で過ごして明日の予定を話し合う。そんな生活を続けたかった」
シャリナは大きく息を吸って深く頭を下げた。
「お願いします。二人を助けて下さい。せめて、命だけは取らないで下さい。どうかお願いします」
シャリナの懇願にガイストは心の中で呟いた。そっちが正解か、と。
彼は優しげな表情を顔に張り付ける。
「シャリナ、顔を上げなさい」
恐る恐る、シャリナはガイストの表情を伺う。いつもより長いその時間に、演技を見破られたかと考え出したガイストに気付かず、シャリナは安心したように息をついた。
それでも心配が完全になくなってはいないようで、シャリナは口を開く。
「二人を助けてくれますか?」
「あぁ、勿論だとも」
優しげな笑みを張り付けたまま、ガイストは答えた。




