第六話 現場検証
「何の騒ぎだ?」
サニアの魔法の師であるフリーダは魔窟の入り口に集まる人々を遠目に眺めて呟く。
新ジユズ国の遺跡調査に出向き、長旅を終えて帰ってきてみるとこの騒ぎだ。
人ごみには魔窟ですれ違った事のある魔法使いが何人も見受けられる。
魔窟に閉じこもって魔法の研究に明け暮れる魔法使いが、店も閉まってずいぶん経つこの時間に外へ出ている事などまずありえない。
「フリーダ、帰ってきてたのかい」
懐かしい声に呼びかけられて、フリーダは顔を向ける。自宅の近所に住む魔法使いだった。
「ついさっき帰って来たとこ。それよりさ、これは何の騒ぎ?」
フリーダが人ごみを指差すと、魔法使いは苦い顔をした。
「火事だよ、火事。あんたの家が出火元で、お隣さんと一緒に全焼、あとはうちと他に三軒が全壊したよ」
「うわ……。何、火付け?」
「だろうって言われてる」
フリーダはうんざりした顔で腕を組む。長旅のため荷物もかなり多く、家に帰ったら好きなだけベッドで眠りこんで疲れを取ろうと思っていただけに、少々堪えた。
「不法入国か、遺跡への無断侵入がばれたかな。それで新ジユズ国が警告の意味を込めて家を燃やしていったとか」
「あんた、本当にやったのかい?」
「そりゃあもう、ばっちり。資料もまとめてこのカバンの中だよ」
フリーダが背中のカバンを指差すと、魔法使いはにやりと笑みを浮かべる。
「うちも家が全壊してるんだけどねぇ?」
「分かった、分かった。後で書き写していいからさ」
「よし、それでいい」
根っからの魔法使いである魔窟の住人らしいやり取りに、フリーダも笑みを浮かべる。
研究のためなら他国への不法入国さえ平然とやってのけるのが魔法使いという人種だ。伊達や酔狂で教会に狙われながら魔法を扱ってはいない。
「それにしてもどうしようかな。寝るとこないや」
フリーダは頭を切り替えて人ごみを見る。
都合よく泊めてくれそうな知り合いに心当たりはない。もともと魔窟は人間関係が希薄なのだ。
「サニアがいればなぁ」
魔窟の住人にかわいがられている弟子の事を思い出してフリーダは呟く。
隣で同じように泊まる場所を模索していたらしい魔法使いが顔を上げた。
「サニアちゃんなら王都に来てるよ」
「え、ほんと?」
それなら一晩くらい泊めてもらえる、とフリーダは喜びもあらわに問い返す。
しかし、魔法使いは眉をしかめて腕を組み、魔窟の入り口を封鎖している王都警備隊を睨みつけた。
「サニアちゃんは火付けの容疑者扱いされてんのさ」
「は? あの子がそんなことするはずないだろう」
「みんなそう言ってるんだけどねぇ」
憮然とした表情のまま王都警備隊を睨みつけている魔法使いが苛ついた声でフリーダに同意する。
フリーダは改めて周囲を見回し、魔窟を追い出されている魔法使いたちが王都警備隊を鋭い目つきで睨みつけている事に気付いた。
魔法使いの言葉通り、みんながサニアの無実を確信しているのか、サニアを容疑者扱いする王都警備隊への敵意が膨らんでいるらしい。
「完全に容疑が晴れるまでは仕方ないんじゃない? 警備隊だって好きで犯人扱いしてるわけでもないんだろうしさ」
「サニアちゃんが魔窟を出てから火事が起きるまで時間が経ち過ぎてるって近所の連中と一緒に証言したけど、あの警備隊、聞く耳持ちやしないんだ」
「え、すでに濡れ衣が濃厚ってこと?」
仕事で来ている王都警備隊に同情するフリーダだったが、魔法使いの証言を聞いて考えを改める。
サニアが火付けをするとはフリーダも考えていないが、王都警備隊には彼らなりの状況証拠があると思っていた。
しかし、魔窟の住人の証言を受け入れないとなると、サニア犯人説ありきで話を進めている可能性もある。
「もしかしてさ、獣人だからとか舐めた理由で捜査してんの?」
「警備隊は平民出身者で構成されてるから、獣人に対しては何も思わないだろうさ。たぶん、あいつらは火炎隊がらみの嫉妬だろうよ」
「そっちか。で、守備隊以上の連中はお貴族様の圧力と獣人のサニアを天秤にかけて前者を取ったってところか。腹立つなぁ」
「腹立つよねぇ」
魔法使いがフリーダに同意して腕を組む。
一つ抗議でもしてやろうかとフリーダが王都警備隊へ足を向けたとき、馬車が近づいてくる音が聞こえてきた。
こんな時に馬車で魔窟に乗りつけるとなれば、捜査員の中でも上位の人間だろう、とフリーダのみならず集まっていた魔法使いが一斉に振り返る。
しかし、馬車の御者席には予想外の人物が座っていた。
火炎隊の隊長ゴージュだ。
「ソラ様、着きましたぞ」
ゴージュが馬車の中に声を掛けると、自ら入り口を開いて一人の青年が降りたった。
青年が身に着けている仮面にフリーダは首をかしげる。
「……なんで仮面なんかつけてんのさ?」
「あんた、あの騒ぎの時にはもう新ジユズ国に出かけてたんだっけか。暇を見つけてサニアちゃんに聞いておきな」
「留守にしている間にいろいろあったわけね。決闘騒動と言い、よくよく問題を起こす貴族だこと」
苦笑しつつ、フリーダは馬車に歩み寄り、ゴージュに声を掛ける。
「サニアは来てる?」
「サニア殿は屋敷におりますぞ……フリーダ殿?」
遅れてフリーダの正体に気付いたゴージュがそれでも半信半疑に確認を取る。
「旅から帰ったばかりで汚い恰好だけど、正真正銘フリーダだよ」
よく見ろ、とばかりに両手を広げて、フリーダは自己紹介する。
確信を得たのか、ゴージュがソラに振り向いた。
「ソラ様、フリーダ殿が帰ってきていたようです」
すでに王都警備隊と話をしていたソラが振り返る。
「サニアの師匠か。ちょうどいい。現場検証に付いてきてくれ。この分からず屋共も出火元の住人が帰って来たとあっては現場に連れて行かざるを得ないだろ」
分からず屋呼ばわりされた王都警備隊が不快感を隠そうともしない顔でフリーダを睨みつけた。
カチンと来て、フリーダは睨みつけてくる王都警備隊に歩み寄る。
「自炊は出来るか?」
何の脈絡もなく、フリーダは王都警備隊に問いかける。
困惑して顔を見合わせる王都警備隊の面々だったが、周りの魔法使いがにやにやと笑っている事に気付いて眉を寄せる。
魔法使いの一人がフリーダを指差し、意地悪な笑いを浮かべた。
「そいつは何でも屋のフリーダだ。下手に喧嘩を売ると魔窟と商業区の料理屋から出入り禁止を食らうぞ」
「おい、何でも屋じゃないって言ってんだろうが。お前にも出入り禁止くらわせるぞ!」
「残念だったな。研究資金につぎ込んでて外で食べる余裕はないんだよ!」
魔法使いの言葉にフリーダは舌打ちする。
何でも屋、それが王都でのフリーダのあだ名だ。
殺しの魔法使いの神話を教会が広めた事で、一般人は魔法使いをあまり快く思わない傾向にある。
そのため、フリーダは魔法使いの地位向上を目的として、誰かに何かを頼まれたらまず断らない事を信条としている。
そうした活動のせいで付いたあだ名である何でも屋をフリーダは毛嫌いしていた。金を受け取ったことはないからだ。
だが、王都で何でも屋と言えば十中八九フリーダを指すくらいには浸透したあだ名であり、フリーダの世話になった者も多い。
フリーダが声を掛ければひと月程度、魔窟周辺や商業区の店に出入り禁止を頼めるくらいには顔が利くのである。
自炊できないのか、王都警備隊が苦い顔をした直後、背後で馬車から誰かが降りる音がした。
この忙しいのに誰が降りてきたのか、とフリーダは振り返り、時が止まったような錯覚に陥った。
一瞬にして場が静寂に包まれる。
厚手の白いコートを羽織った赤毛交じりの金髪の娘が馬車を降り、視線を一身に集めながらソラの下へ歩いて行く。
ソラが平然と娘を出迎える。
「リュリュ、準備は出来たのか?」
「大丈夫。フリーダさんがいるなら光の魔法陣は必要ないと思うけどね」
肩から下げたカバンの中に魔法陣を書いた紙でも入っているのだろう。リュリュは軽くカバンを叩いた。
リュリュ、と聞いてフリーダは記憶の中から昔の姿を思い出して納得する。
昔から綺麗な少女だと思っていたが、成長して磨きがかっていた。
先ほどまでのフリーダと王都警備隊のやり取りなどなかったように、ソラとリュリュが護衛のゴージュを連れて魔窟へ入っていく。
呆然と見送る王都警備隊と魔窟の住人をよそに、フリーダはソラ達を追いかけた。
良い所どりされた気分だったが、張り合っても益の有る事ではない。
慌てて後ろから監視役の王都警備隊が走ってくる。現場保存が彼らの務めなのだろう。
ソラとリュリュが王都警備隊を完全に無視しているため、フリーダも王都警備隊を追い返すことはしなかった。
「ここか?」
ソラがフリーダを振り返り、焼け跡を指差す。
フリーダは我が家があったはずの焼け跡を見て「あぁ……」と声にならない声を漏らした。
全焼と聞いてはいたが、金庫程度しか残っていない。もともと、魔法陣を書きとめた羊皮紙などの可燃物が多いため燃え始めるとすぐに火の手が回ったのだろう。
「旅に出る前に貴重品を持ち出しておいてよかった」
心の底から呟いて、フリーダは物音に気付く。
顔を向けてみれば、リュリュがかつて窓のあった位置にしゃがみ込んでいた。
ソラと一緒にリュリュの下に向かう。
リュリュが足音に気付き、ソラに場所を譲る。
「蝋燭の燃えカスと布」
リュリュがそう言って指差した場所には確かに、芯がわずかに残った蝋燭と染められた布が落ちていた。何かの拍子に上からインク壺が倒れたのか、染布は部分的に黒く染まっている。
「インクで濡れたせいで燃え残ったのか」
フリーダは納得しつつ、首をかしげる。
「こんな染布、家にはないはずだけど」
「だろうな」
ソラが立ち上がり、フリーダの言葉に同意する。
フリーダはますます首をかしげた。ソラがフリーダの家にある布のことを知っているはずがないのに、なぜ肯定できるのか、と。
ソラは蝋燭の燃えカスと染布を剣呑な光を宿した目で見下ろした。
「古典的な時限発火装置を使いやがる」




