第三話 留守宅の掃除
ソラがパーティーに出席している頃、サニアは魔法使いたちの居住区画である魔窟を目指していた。
パーティー会場はソラの屋敷ではないが、招待客の中にはパーティー終了後にソラと共に屋敷を訪れる場合があるため、獣人のサニアは魔窟に避難しているのだ。
護衛の火炎隊士が目立つため、すれ違う人々が興味津々の目を向けてくる。
だが、ひとたび魔窟に入ると波が引いたように火炎隊士から視線が外された。
魔窟において重要なのは身分でも知名度でも腕っ節の強さでもない。魔法を解するか否かなのだ。
サニアはほっと溜息を吐いて師匠であるフリーダの家へ向かう。
サニアの魔法の師匠フリーダは、新ジユズ国で発見されたという遺跡を調査するため不法入国前提で旅行中である。
サニアはフリーダから渡されている合鍵をポケットの中で弄んだ。
「おや、サニアちゃん、ほんとに帰ってきてたんだね」
フリーダの家の近所に住んでいる魔法使いの一人がサニアを見つけて声をかけてくる。
基本的に他人には不干渉を貫く魔窟の住人だが、サニアに対しては態度が和らぐ傾向にあった。
師匠のフリーダが何かと目立つ人物であるのも原因の一つだが、最たる原因はサニアが獣人であるにもかかわらず貴族のソラの側近という特殊な立場にあるからだろう。
案の定、声をかけてきた魔法使いは気遣わしそうにサニアを上から下まで眺め、満足そうに頷いた。
「元気そうで安心したよ」
「王都に来てからそればっかり言われてるよ」
知り合いの魔法使いに出くわす度、元気そうで安心しただの、困ったことはないかだのと言われている。
貴族の下で働く獣人というだけでちょっとした珍獣扱いだが、その珍獣が自分たちと同じ魔法使いという事で親近感を覚えているらしい、
「そりゃあ、みんな心配してんのさ。何でも屋のフリーダはまだ帰ってきてないんだろ? それなのにわざわざ魔窟までやってきて掃除していく出来た弟子なんて、師匠でなくても可愛がりたくなるってもんだ」
撫でようとしたのか、サニアの頭に手を伸ばしかけた魔法使いは「おっと」と呟いてサニアの肩へ目標変更し、ポン、と叩いた。
獣人が頭を撫でられるのを嫌がることを知っているのだろう。
「しっかし、何でも屋のフリーダはどこをほっつき歩いてんのかねぇ。あの器用貧乏の事だから野垂れ死にはしないだろうけど」
「行く先々で頼まれごとを片付けてるんだと思いますよ。さすがにそろそろ帰ってきてもいい頃だと思いますけど」
「さっさと帰ってきてほしいね。サニアちゃんに掃除ばっかり押し付けてんだから、頭の一つでも下げさせてやらんと」
魔法使いはそう言って火炎隊士に視線を移す。
「護衛お疲れさん。魔窟で何か問題が起きたら言いな。駆けつけるからさ」
サニアにしたように火炎隊士の肩も叩いて、魔法使いは去っていった。
サニアはポケットの中で弄んでいた合鍵を取り出して、師匠の家を目指す。
師匠フリーダの家に到着したサニアは合鍵で玄関扉を開け、中に入った。
王都に着いてからというもの、ソラがパーティーに出かける度にこの家にやってきては掃除をしているため、埃は舞い上がらない。
だが、いくら掃除してひとまとめにしようとしてもしきれないほど、魔法陣を描き損じた羊皮紙や研究結果の覚書、途中まで計算して放置された式が書かれた粘土板などが残っていた。
新ジユズ国の遺跡調査へ出かける前に掃除くらいしていけと思うサニアだった。
暇つぶしに掃除をしつつ、面白そうな魔法陣を見つけては読み漁る。
天才的とは言えないまでも研究熱心な師匠が描いた魔法陣だけあって、随所に工夫の跡が見つかる。
特に詠唱用の古代文が書かれた羊皮紙は、サニアにとっても新たな発見が多かった。
数式であればソラが解法や公式を教えてくれるが、古代文はソラにもお手上げの領域らしい。
玄関口で見張りをしている火炎隊士がサニアを振り返る。
「また詠唱魔法をお読みで?」
「うん。ソラ様に詠唱魔法が分からないなら、私が使えるようになって不足分を補いたい」
「あんまり根を詰めないようにしませんと、ソラ様が心配しますぜ」
サニアは頷きだけ返して、読み終わった詠唱文を手荷物のメモ帳に書き写す。
サニアは資料の整理を再開しながら、フリーダ不在の間に書き写した詠唱文を頭の中に思い浮かべる。
自由に見て構わないとフリーダが言っていただけあって資料は豊富だが、どれも基礎的な物しか書いていない。
フリーダ本人の手によって改良された詠唱文や完成形の魔法陣は見つからなかった。
王国一の治安を誇る王都といえど、泥棒に入られないとも限らない。重要な研究成果や資料は持ち運ぶか処分したのだろう。
「金庫もないみたいだし」
あったとしても開けるわけにはいかないけど、というサニアの呟きが聞こえたのか、火炎隊士が部屋の中を見回す。
「こんなに可燃物があると、いやでも貧民街の火事を思い出して対策を取らずにはいられなかったんでしょうよ。帰ってきて我が家が重要な研究資料ごと燃えカスになっていたら目も当てられませんぜ」
「あぁ、そっちは考えてなかった」
盲点だった、と言い返しつつ、サニアは頭上から部屋を照らす魔法の光を見上げた。
「でも、魔窟で火事はめったに起きないと思う」
王国内における灯りはランプなどが一般的だが、魔窟は違う。
長時間持つように調整した魔法陣を複数用意し、順番に発動していくことで部屋を照らすのが一般的だ。
窓から漏れる灯の強さや色、消えるまでの時間などは外から分かる住人の魔法研究の成果である。
自然と誰一人としてランプを使う者はいなくなり、自身の研究成果を見せびらかすように魔法の明かりを灯すのだ。
師匠に朝まで光の魔法を発動しろと言われ、律儀にも一晩中詠唱形式で魔法を灯し続けた馬鹿な弟子の話もある。詠唱魔法は詠唱している間だけ効果があるため、一晩中詠唱し続けた弟子は喉が涸れたらしい。
それくらい魔法頼りの生活が染みついた魔窟の住人はあまり火を使わないのだ。調理にも加熱の魔法がある。
「そろそろ帰った方が良いかな」
サニアは棚の上に置かれた砂時計を見る。部屋に入った時にひっくり返した砂時計の砂はほとんど落ち切っていた。
大した荷物も持ちこんでいないため、サニアはまとめ終えた資料を棚に収め、火炎隊士を促して外に出た。
合鍵で玄関を施錠し、きちんと鍵がかかっていることを確かめる。
「それじゃあ帰ろうか」
「了解です。それにしても、いつまで王都にいなきゃならないんですかね」
「王太子殿下の気が晴れたら、じゃないかな」
劇場で演じられているソラとチャフの決闘騒動を題材にした演目のせいで否応なく注目を浴びてしまう火炎隊士は、早く落ち着いて生活できるクロスポートに帰りたくて仕方がないらしい。
サニアは隣の家の住人に挨拶をして、魔窟を後にした。




