表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第二章 三歳児と利権騒動

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/243

第五話  教義と狂信

 ガイストの言葉に領主が片方の眉を上げる。


「なぜこんなメイドを欲しがる。少々太いから抱き心地は良いかもしれんが、女としての主張に欠ける小娘だ。こんなものが好みなのか?」


 散々な評価にラゼットは固く拳を握る。機会があったら思い切り殴ってやると握った拳以上にかたく決意する。

 ガイストは演技ではない苦笑を見せながら頭を横に振った。


「そちらのメイドは昨年の冬、浮浪児の薪が奪われた際に現場で目撃されています。それで話を聞きたいのです」


 ガイストが告げた理由に領主は不可解そうに首を傾げた。脂肪の詰まった首筋に脂ぎった顎がめり込む。


「事件捜査は領主軍の管轄だ。教会がでしゃばる必要はなかろう」

「浮浪児がどうなろうと本来は気になりません。それは伯爵とて同じではありませんか?」


 ガイストは遠回しに事件捜査が行われていないと告げる。


「確かにな。領主軍も捜査を面倒がるだろう」


 領主はラゼットを見てから興味を失って投げやりに許可を出す。


「連れて行って構わん」


 ガイストが領主の死角で嘲笑った。

 身の危険を感じたラゼットが領主を呼び止める。


「なんだ」


 心の底から鬱陶しそうに領主が応えた。

 ガイストがきつい視線を投げてくるのを背中に感じながらラゼットは極力、心を落ち着けて口を開く。


「私はソラ様の側付きをしております。長期に渡り仕事を放り出すわけにはまいりません」

「ソラの側付きか……。」


 ラゼットが側付きになった経緯はソラに対する懐柔策の一環だ。

 数日間だけとはいえ勝手に引き離せばソラがへそを曲げて儲け話につながる思いつきを口にしない可能性がある。

 そう判断した領主はガイストに向き直り、前言を撤回する。


「教会に預ける話はなしだ。そのメイドから話を聞きたければ館の敷地内でやれ。分かっているとは思うが、儂の息子に危害を加えたなら貴様を首にして館の門前に飾るからな」


 ただでさえ敵の多いクラインセルト家だ。跡継ぎを狙われてはたまらない。

 ガイストに釘を刺して領主は部屋から出ていった。

 ラゼットとガイストの二人きりになった室内。冬風が窓をカタカタと鳴らす。

 ガイストが窓を開き、冬風を室内に取り込んだ。


「誰のとは言えないが、臭いがこもっているのでね」


 何を始めるのかと警戒して一挙手一投足を注意深く見守るラゼットに対し、ガイストはイタズラっぽく微笑んだ。

 言われてみれば部屋の中には汗臭い領主の臭いが漂っている。


「では、話をしようか」


 ガイストがソファに座るように手振りで促す。

 メイドが座る訳にはいかないとラゼットが断るとガイストは肩をすくめた。そして促した彼自身も座らないまま、窓枠に肘を置き外を見る。絵画のモデルも務まりそうな二枚目ぶりだ。

 彼は窓枠に視線を落とすと何かを見つけて不愉快そうに眼を細めた。ポケットから布を取り出すと窓枠を拭く。


「何をしてるんですか?」

「いや、少し汚れていたので。こういうのが気になって仕方がない質だから」


 少しだけ罰が悪そうに窓の外へ視線を逃がしたガイストはその先に教会の真っ白な壁を見つけ、それを指差した。


「教会の壁も汚れ一つないだろう? 毎日の朝昼晩と深夜に磨くからだが、あれは教会の者が行う。きれい好きは僕らの職業病でもある」

「何でそんな面倒なことを」


 必要な労力を思ってラゼットが呟く。想像するだけで疲れてきた。

 ガイストは数度瞬きして驚きを表現すると慎重に口を開いた。


「ラゼットさんは信者ではないのかい?」

「そう珍しくはありませんよ。街とは違って村には教会がない場合が多いですし、街の住人ですら三割くらいが教会信者ではありませんから」

「嘆かわしい限りだね。そうしてまた人間は過ちを繰り返す」


 ガイストが吐き捨てる。遅れてラゼットの前だということに気付き、頬を掻いた。


「世間話はここで終わりにしようか。本題に移ろう」

「浮浪児たちの薪が奪われた事件についてですよね」


 そらっとぼけるラゼットにガイストはため息をつく。


「違う。オガライトについてだ。分かっているのだろう?」


 やはりそうかと、ラゼットは喉まで来ていた文句を飲み込む。どいつもこいつも仕事を増やしやがって。


「ラゼットさんを教会で預かって拘束し、その数日間で村を手中に収める。そういう計画だった。君さえ封じてしまえば村に知らせを送る者がいないからね。実際、君はうまく切り抜けたと思うよ。伯爵の決定に反対するだけでも凄い勇気だ」


 小馬鹿にするように小さく拍手するガイスト。


「教会は人を見殺しにしないそうですから、勇気を奮い起こしました」


 浮浪児たちの薪が奪われた事件の現場にラゼットが居た、その事実を知っているなら通じるだろうと皮肉を返す。

 しかし、ガイストは余裕の笑みでかわした。


「頼りにしてくれるのは嬉しいね。だが、君は一つ勘違いをしているようだ」


 両手を肩の高さに挙げて首を振り、呆れ声を出す。余裕の笑みは見下すような瞳が加わり嘲笑へと変じた。


「『殺しの魔法使い』という話を聞いたことくらいあるだろう?」


 ガイストが口にしたのは世界中で語られる御伽噺の一つだ。

 ラゼットも昔、聞かされたことがある。


「史上初の人殺しの話ですよね」

「そうだ」


 ガイストは大仰に頷く。


「本来この世界は同族を殺すことができない世界だった。犬は犬を、鷹は鷹を、鮫は鮫を、人は人を殺せない世界だった。しかし、神の造ったこの掟に不満を持つ魔法使いがいた。そいつはどうしても人を殺したくて仕方ない。その歪んだ願望を叶えるために研究し、ついに殺しの魔法を生み出した。かくして同族殺しが可能な世界が訪れた。殺しの魔法は今も効力を失わず、人は同族で殺し合いを止めない。これ以上、世界を改変させないためにも魔法は駆逐するべきだ。だから僕ら教会は人を殺さないし見殺しにもしない。改変される前の世界の掟が神の望みだからだ!」


 ガイストは演技がかった口調で教義を語り、ラゼットを睨んだ。


「……ただ、例外はある」


 ぞっとする程に低く、冷気をまとった声だった。

 ラゼットは思わず身を固くする。

 冬風だけが原因ではない寒さに肌が泡立つ。


「魔法は駆逐すべきだ。神の掟に違反する魔法使いも同様、つまり殺すべきだ。この改変された世界に飼い慣らされ堕落した者も殺すべきだ。僕は魔法使いも堕落した者も人とは認めない」


 窓辺から体を離したガイストはゆっくりとラゼットに歩み寄る。


「ラゼットさん、信者ではない君は果たして人間かな?」


 ラゼットの両肩に手を置き、ガイストは冷めた眼で問いかける。

 危険を感じて逃げようにも肩に置かれた手に込められた力は思いの外強く、抜け出すのは難しい。払いのけることは出来そうだが、相手が二等司教という立場にある以上は乱暴なまねも出来ない。

 視線を合わせて牽制し合う二人は部屋の扉が静かに開かれたのに気付かなかった。幼い両手で扉を押さえ、顔を覗かせたのはソラである。

 恐怖で青ざめたラゼットの横顔を見て素早く状況を察したソラは即座に無邪気な表情を浮かべ、部屋の中に言葉という名の爆弾を投下する。


「ラゼットが男連れ込んでるッ!」


 小鳥のように無邪気なボーイソプラノが響き渡った。


六話目以降も今のまま、火・木・日に一話ずつ投稿します。

一応、二章は書き上げたので投稿前に修正していく形で、二章最終話までいける予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ