第八話 手のかかる者達
二頭同盟が大量の銀を輸出したとの情報は、瞬く間にソラ伯爵領に拡散した。
関所からの情報で事態を知ったソラは、予め用意しておいた旅支度を再確認する。
足りない物はないようだった。
「ラゼット、くれぐれも留守を頼む」
後ろに控えていたラゼットに声を掛ける。
ラゼットは眠そうに目を擦っていた。
毎日、ローゼとサロンの世話を焼いていて疲れているのだろう。
「……これが終わったら、休日をください」
「あぁ、三日間でいいか?」
ラゼットはこくりと頷いて欠伸をかみ殺す。
ソラは日程を思い浮かべ、口を開く。
「俺が帰ってくるまでの間、ゼズに仕事を手伝ってもらえ」
役に立つかどうかは分からないが、サロンの遊び相手くらいには使えるだろう。
ソラがそんな考えで提案すると、ラゼットはため息を吐いた。
「大きいだけの子供が増えて、余計に手が掛かります。ゼズも連れて行ってください」
「……おう」
ラゼットの言い分を聞き、ソラは短く応じた。
ラゼットから居ない方がマシと扱われたゼズだが、今回の作戦ではソラの迎えなどを担当する。
心配そうなソラを見て、ラゼットが苦笑した。
「サニアもいますから大丈夫ですよ。リュリュも置いていって欲しいところですが」
「リュリュは無理だ。俺と行動してもらう必要がある」
リュリュはソラと共に王都へ赴く事が決まっていた。
今頃は必要な機材を準備しながら、実験に思いを馳せて上気した頬を弛めているだろう。
リュリュは連れて行くと譲らないソラの目を、ラゼットはからかうように覗き込む。
「サニアが妬かないと良いですね」
「同情されこそすれ、妬かれる謂われはない」
ラゼットにとってのゼズと同じように、ソラは科学馬鹿に手を焼かされるのだ。
サニアがいれば面倒を押しつけられるのだが、先ほど留守を任せると決めたばかりである。
会話を切り上げたソラが鞄を手に取った時、にわかに廊下が騒がしくなった。
聞こえてくる声から判断して、コルとゴージュだろう。
ソラが扉を指差すと、ラゼットが無言で扉を開いた。
「──嫌です! かつてないほど嫌な予感がするんです!!」
途端に、ソラの耳へコルの悲鳴じみた拒絶の言葉が飛び込んできた。
「決めつけてかかるのは良くないぞ。ともかく、ソラ様の話を聞いてだな」
「一言でも聞いたら逃げ場がなくなります! 僕には分かるんですッ!」
ゴージュの説得も効果はないようで、コルが必死の抵抗をしている事が声の調子から手に取るように分かった。
ソラは仮面の中でぽつりと呟く。
「……勘の良い奴」
料理人であるコルが本職の兵士であるゴージュに腕力で勝てるはずもなく、抵抗しながらソラの前に引きずられてきた。
「コル、よく来たな」
ソラはわざとらしく両手を広げて歓迎する。
ソラの大袈裟な態度を見て、コルは諦めたように肩を落とした。
「やっぱり、何か企んでますよ」
ゴージュが申し訳なさそうにコルから目を逸らす。
二人の反応にラゼットが苦笑していた。
ソラは机の上を指差し、コルに告げる。
「アレを使ってゴージュと行動しろ。作戦内容はゴージュから説得……説明してもらえ」
「今、説得って言いましたよね? 説得って言いましたよね!?」
半泣きでソラに詰め寄ったコルは、机の上に置かれていた物を見て、硬直した。
自分がどんな役割を振られるのか、一瞬で理解したのだろう。
コルは反転して逃げようとするが、両肩をソラの手に掴まれた。
「頼んだから」
「……はい」
ソラに押し切られ、コルは渋々頷いた。
「そんなに心配しなくても、ゴージュ達が上手くやってくれるさ」
ソラはコルの肩を叩いて励ます。
実際、ただ突っ立っているだけでも事足りるのだ。
少々怖い思いをするかもしれないが……。
味わう事になるだろう恐怖を想像して、コルは震えている。
「あの、どうしてもやらないと駄目ですか?」
「逃がさないためにはこれが一番だ」
まだ何か言いたそうなコルは無視して、ソラはゴージュに向き直る。
「自警団への連絡は済んだか?」
「既に伝えておりますぞ。動き始めているところもあるようですな」
ゴージュの報告を聞き、ソラは感心する。
「随分と早いな」
「大捕り物だけに、どこも気合いが入っておりますからな」
「先走らないようにしっかりと手綱を握っておけよ」
釘を差すよう、ソラはゴージュに命じる。
ザシャとホルガーが持つ権力を考えれば、自警団が一種の興奮を覚えても仕方がない。
しかし、態勢が完全に整うまで、迂闊な行動は許されないのだ。
ゴージュも心得ている。
「先走りそうにないですぞ。火炎隊を出向させて指揮を執らせておりますからな」
「良い判断だ」
ソラが褒めると、ゴージュは嬉しそうに笑った。
ソラの言葉はすぐにゴージュから伝えられ、火炎隊士は持ち前の凶悪な顔を笑みで更に歪めながら、各自警団を引き締めるだろう。
指示を終えたソラは廊下へ目を向ける。
そろそろ、準備を終えたリュリュが来る頃だと思ったのだ。
しかし、予想に反してやってきたのはサロンだった。
息を切らして背後を振り返りつつ部屋に入ってきたサロンは、ソラ達に気付いて足を止める。
不味いところを見られた、そんな顔だった。
サロンが抱えている瓶を見て、ソラは目を細める。
「サロン、なぜ蒸留酒なんて持ってるんだ?」
ソラがつかつかと歩み寄ると、サロンは瓶を抱き締めて舌を出す。
「関係ないだろ。引っ込んでろ。バカ仮面、バ仮面」
「略すな。どうせ、リュリュの荷物から持ち出したんだろ。早く返さないと酷い目に──」
「うっさい、バ仮面! 自分達だけで王都に行こうなんて許さないんだからなッ! 僕も連れてけ。ローゼも連れてけ!!」
威勢良くソラを指差し、サロンは駄々をこねる。
その時、コルが小さく悲鳴を漏らし、後退った。
怪訝な顔をするサロンの後ろに立った人物に、ソラが肩を竦める。
「程々にな」
頭越しに声を掛けられた人物を、サロンは慌てて振り返った。
そこには、柳眉を逆立て冷たい視線でサロンを見下ろすリュリュがいた。
「──ウチの試薬を盗むとは、良い度胸してる」
リュリュは、一目散に逃走を試みたサロンの襟首を掴み、奪い返した蒸留酒入りの瓶を床にそっと置いた。
「ソラ様、少し待ってて」
リュリュはサロンを引っ立てて行きながら、囁くように刑を告げる。
「ちょっと硫黄臭を嗅がせてくる」
硫黄臭と聞いてもサロンには分からない。
だが、ソラを含む面々が思わず鼻を押さえる光景を見て、尋常ではないと気付いたのだろう。
青ざめるサロンを容赦なく連れ去りながら、リュリュは良い事を思いついたとばかりの満面の笑みを浮かべる。
「コルさん、サロンの食事にゆで卵をお願いね」
廊下の曲がり角に消えるリュリュを見て、誰かがぼそりと呟いた。
「容赦ねぇ」




