第二十五話 プロモーション
──ここは何処だ?
粗末なベッドの上に寝かされていたチャフは、体を起こして周りを見回した。
狭い部屋だ。
チャフが寝ていたベッドと壁際に置かれたクローゼットの他に、家具の類は見当たらない。
首を傾げていると、部屋の扉が開かれた。
「ようやく、目が覚めましたか」
くすんだ銀髪を揺らしながら、イェラが部屋に入ってきた。
手には清潔そうな白い布を持っている。
「ここは何処だ?」
「海沿いの廃村ですよ。数年前まで子供達がオガライトを生産していました」
言われてみれば、空気にはほのかに磯の香りが混じっている。
チャフは眉を寄せた。
ジーラはソラ伯爵領の中央部にある町だ。
ジーラに向かっていたチャフ達が、海沿いの廃村に居ていいはずがない。
「……状況を教えてくれ」
「端的に言って、手遅れでした」
イェラはチャフに腕を上げさせながら、落ち着いた口調で説明する。
「襲撃を受けたのは昨日ですが、私達が“木剣を扱う武装集団”に襲撃された事実は、広い範囲に噂として広まっています」
淡々とイェラが告げる。
チャフの腹に巻かれていた包帯を取り除き、濡れた布で拭こうとする。
自分でやるから、と断るチャフにイェラは首を振った。
傷の位置が悪いため、拭こうとして体を捻ると傷が開くという。
仕方なく、チャフはイェラにされるがまま、説明の続きを求めた。
「どうやら、敵が予め噂を広めておいたようです」
「何のために?」
犯行予告にしては回りくどい。する意味もない。
イェラは上目使いにチラリとチャフを見た。
「傷が開きますから、怒らないでくださいよ?」
「わ、わかった」
イェラの整った顔にどぎまぎしながら、チャフは慌てて顔を背けた。
「敵の狙いは、私達が“木剣を扱う武装集団”に襲われた事実を早期に広める事です。理由は、私の生存を絶望視させる事であり、チャフ様が“木剣を扱う武装集団”と敵対関係にある事を内外に知らしめるためでしょう」
チャフは少し考える。
前者のイェラの生死に関しては、商会連合を乗っ取るための布石だと分かる。
だが、後者が分からない。
何故、チャフと“木剣を扱う武装集団”との敵対関係を喧伝する必要があるのか。
「木剣を武器とする集団と聞いて、思い出しませんか?」
「……火炎隊、か?」
チャフが確認すると、イェラはこくりと頷いた。
「私を暗殺しようとしたソラ卿が勝手な事をするチャフ様ごと始末しようとした。敵はそんな脚本を考えているのでしょう」
──そんな話を誰が信じるんだ。
チャフは呆れ、ため息を吐く。
だからこそ、続くイェラの言葉は不思議だった。
「誰かが信じる必要はないんですよ……」
白い布を包帯代わりに、イェラはチャフの手当てをする。
「疑いがある、と言われれば騒ぐ者がいる。ソラ卿には敵が多いですからね」
ソラは教会派貴族を敵に回している。
勢力は衰えているが、ここぞとばかりにソラを批判し始めるだろう。
そうなれば、第三者による捜査が行われる。
──ソラ卿の疑いを晴らすのは難しくないと思うが……。
疑問が表情に出ていたのだろう。
イェラはチャフを見て、淡々と補足する。
「捜査によって、傭兵集団が火炎隊に扮して襲撃を行ったと判明しても、敵にとっては問題ありません」
「何故だ?」
「責任者、つまりは私による自作自演とでも言えば良い。そうでなくとも、実質的に商会連合の頂点にいる私が責任を取る形になるでしょう」
敵の狙いはジーラ商会連合からイェラを排除する事だ。
チャフが怪我をした時点で、敵は目標を半ば達成していたのである。
思わず舌打ちするが、今は次の行動を考えるべきだ。
包帯を巻き終わり、チャフはベッドから立ち上がろうとした。
「まだ安静にしていてください。フェリクスさん達を呼んできますから」
イェラに押し止められ、チャフは仕方なくベッドに戻った。
「皆さん、チャフ様がお目覚めになりましたよ」
イェラが扉から廊下に響く声でフェリクス達を呼ぶ。
バタバタと慌ただしい音がして、部屋にフェリクス達が飛び込んできた。
「若様! 怪我の具合は!?」
「静かにしなさい! 傷に響いたらどうするんですかッ!」
イェラに一喝され、フェリクス達はばつが悪そうに頭を掻く。
チャフは苦笑しながら、手を振った。
「見ての通り、大事ない」
「自分らが付いていながら、申し訳ありません」
「いや、イレーネオ達から生きて逃げ切れたのはお前達がいたからだ。感謝はしても、咎める事などないさ」
チャフはさらりと流して、イレーネオに脚を刺された護衛を見る。
木を削った急拵えの杖を突き、刺された方の足を床に当たらないように上げていた。
「お前の怪我はどうだ?」
「もうしばらくすれば、歩く分には問題なく。完治には半年ばかり掛かる、とイェラさんが」
チャフがイェラに目線で問うと、素人の見立てです、と返された。
包帯の巻き方といい、ある程度の知識は持ち合わせているように思えたので、大きな誤差はないだろう。
「これからの行動を相談したい。ジーラに向かうのはどうやら無理だからな」
ジーラに着いてもチャフの怪我を問題視され、手詰まりとなる。
チャフは数瞬だけ考え、素直にクロスポートに引き返す事を思いつく。
イェラが帰って来ない事や、木剣を扱う武装集団の噂もあり、ジーラ商会連合にイェラの生存を納得させる事は難しくなる。
だが、チャフの怪我については隠蔽する事が可能だろうと思えた。
チャフの提案に、イェラは首を振る。
「そうもいかなくなったんですよ」
「どういう事だ?」
「商会連合傘下の中小商会の幾つかが、ホルガーとザシャに買収されたんです」
イェラがあげた二人の名前には、チャフも聞き覚えがある。
布の廉売騒動でも暗躍していた街官吏だ。
「迅速すぎる行動からみて、私達を襲撃した黒幕で間違いありませんね」
「よほど念入りに計画していたのだろうな」
敵の労力を想像すると、感心すらしたくなるチャフだった。
イェラは深刻な顔のままで話を続ける。
「グランスーノ、グラントイースはどちらも大きな市場を持つ街です。その街の官吏であり、資産家でもある彼らの発言力は、合議制の商会連合で無視できないものになるでしょう」
「つまり、イェラが生きていたと判明しても、見捨てられる?」
チャフの予想に対し、イェラが困ったような顔をする。
「見捨てられるならまだ良い方ですよ。おそらく、内部で派閥が出来、統制が取れなくなります」
傭兵を抱える商会連合の統制が聞かなくなる。
ぞっとする話だ。
「しかも、ホルガーとザシャに至っては、イレーネオを含む優秀な騎兵隊を持っています」
──あれほど腕が立つ兵で脅しをかければ、裏切りを促しやすいだろうな。
チャフはため息を吐く。
クロスポートに引き返しても、ソラの保護を受けられるだけだ。
クロスポート周辺に敵が潜んでいるだろう事を考えれば、危険を冒すメリットが少ない。
保護を受けずとも、このまま隠れ潜めば同じ事なのだから。
──ここまできて、詰んだのか……。
チャフは額を押さえ、知恵を絞る。
何かヒントはないかと部屋を見回せば、壁に立てかけられた青銅剣に目が留まった。
「魔鏡剣……?」
チャフは魔鏡剣を託された日を思い出す。
──事前に用意されていたのだから、ソラ卿は今回の襲撃を予想していたのか?
ソラが予想していた事に、おかしな所は何もない。
だが、チャフは妙な引っかかりを覚えた。
魔鏡と呼ばれる青銅鏡を応用した、魔法陣を拡大する武器。
ソラが便宜的に魔鏡剣と呼んでいたその剣は、いつから製造が始まっていたのだろうか。
「……チャフ様?」
チャフは記憶を探りながら、イェラを見る。
銀髪の娘が他にもいる、とソラが確信を持ったのはいつだったか。
イェラが根本から悪人ではない、とソラが判断できたのはいつだったか。
「……フェリクス、ソラ卿から手紙を託されていなかったか?」
チャフは問いかける。
フェリクスは思い出したように頷いた。
「ありますけど、渡されたのはイェラさんを迎えに行く時じゃねぇですか。もう状況が変わってるんじゃ?」
「だが、ソラ卿は手紙を返せ、とは言わなかったのだろう?」
──あのソラ卿が役に立たない物を預けたままにするとは思えない。
チャフの真剣さに押されて、フェリクスは手紙を取り出し、封を切る。
中身を流し読みする内に、フェリクスの顔に驚きと興奮が浮かんできた。
「……絶対、敵に回したくない人物を挙げろと言われりゃ、活火山と貫陣の大将に並んで、ソラ卿だな」
引きつり気味の笑みで感想を添え、フェリクスがチャフに手紙を渡す。
──やはりか。
手紙の内容は、道中に襲撃を受けた場合の行動指示だった。
イェラが敵に回った場合や味方に出来た場合、そして──
「火事場盗賊団に襲撃された場合……」
活火山のシドルバーが正面対決を避けるほどの手練集団。
気狂いのベルツェが尻尾を掴めないほどの迅速さ。
王国の要地を狙い撃ちにする犯行。
──数年もの間、何処に潜んでいたのかと思えば、こういう裏があったのか。
ソラと商会連合の勢力図を思い浮かべ、チャフは納得する。
何故、ソラは海岸沿いの港町を抑えさせたのか。
チャフはイレーネオの名前を聞いた時に抱いた印象を思い起こす。
──ようやく全てが繋がった。
「お前達、準備をしておけ」
チャフは手紙から顔を上げ、部屋の全員に命じる。
「大一番の荒事だ。本物の黒幕を──」
チャフは言葉を切り、ソラにそっくりの悪い笑みを浮かべる。
「逆に襲撃してやろう」




