第十四話 駆け出す。
「──駄目だ」
ソラがチャフの申し出を却下した。
チャフは頭を下げたまま、ソラに問いかける。
「理由を訊ねてもいいか?」
ソラがため息を吐く音が聞こえてきた。
「俺がチャフの命に責任を持てないからだ」
チャフはトライネン伯爵家跡継ぎであり、子爵の位を持っている。
ソラ伯爵領内で死亡すれば、責任問題となるだろう。
ジーラ商会連合に対峙すると決めた今、敵を増やすわけにはいかない。
「そう言うと思った」
ソラの言葉に納得を示しつつ、チャフは顔を上げる。
「ソラ卿に責任が及ばないなら、行かせてくれるか?」
「安全を確保させるが、送り出してもいい」
ソラから言質を取ったチャフは、懐から手紙を取り出した。
訝しむソラに手紙を差し出す。
手紙には蝋で封がされていた。
トライネン伯爵の印が押されている。
「……これは何だ?」
言葉とは裏腹に、ソラは手紙の内容を把握しているようだった。
しかし、チャフは律儀に答える。
「父に事情とジーラ商会連合に赴く旨を伝えた。その手紙には返事が入っている」
ジーラ商会連合が危険視され始めていたため、チャフは先手を打っていたのだ。
ソラが封を切り、手紙を読み始める。
「……まったく、貫陣の名は伊達じゃないな」
「なんて書いてあったの?」
ぽつりと苦笑混じりに呟いたソラに、成り行きを伺っていた家臣団を代表するようにサニアが問う。
「チャフが死んでも、俺に一切の責任を問わないとさ。署名も入った公式な文書だ。ついでに、ベルツェ侯爵やシドルバー伯爵を始めとした関係の深い貴族に同じ文書を出すと書いてある」
ソラが答えながら、サニアに手紙を渡した。
これで、ソラの責任は問われない。息子を止めなかったトライネン伯爵や、制止を聞かなかったチャフの問題となる。
ソラがチャフに向かい合った。
「ここまでされたら、俺に止められるわけないだろ。さっきのみたいに演説染みた事をするより、この手紙を渡せば良かったんだ」
「だが、ソラ卿は手紙だけでは俺を認めないだろう?」
イェラに会いに行くまでが目標ではないのだ。
本来の目標はさらに先、イェラとソラを話し合わせ、双方が納得する形を実現する事。
ソラを説得し、話し合う土壌を作らなければ達成できない。
「チャフに外堀を埋められるとは思わなかったな」
感慨深そうに手紙を見つめたソラが、思考を切り替えたように鋭い声を出す。
「俺も何度かイェラに手紙を送っているが、返信が一切ない。向こうがチャフの話に聞く耳を持つかも分からない。勝算はあるのか?」
チャフは一瞬だけ、言って良いものかどうか悩む。
だが、ここまできたら言わないままでは不義理だろうと考え、口を開いた。
「……イェラはソラ卿を悪徳領主だと考えている節がある」
「まぁ、身に覚えがないわけでもないな……」
ソラが微妙な声で唸った。
私腹を肥やしてはいないが、不道徳な行いなら何度かしている。
だが、チャフはソラを悪徳と呼びはしなかった。
ソラが不意にくすりと小さな笑いをこぼす。
「だが、俺は悪徳領主じゃない。ただの“偽善者”さ」
自嘲しつつも誇らしく、ソラが胸を張ってみせる。
開き直りとも取れるソラの態度に、チャフは苦笑しつつ頷いた。
「まずは、ソラ卿に対する認識を正す。それだけでも、説得力は変わるはずだ」
「なるほど、分かった」
チャフの考えに理解を示したソラが、家臣団に声をかける。
「聞いての通りだ。俺の計画はチャフの説得の結果を待つ。準備だけはしておけ」
命令を了承すると、家臣団は各々の仕事を片付けるため、今度こそ会議室を出ていく。
「サニア、王都で買った魔法書はまだ資料室にあったよな?」
「本棚の端に置いてある。あんな高価な物、簡単に捨てないよ」
それがどうしたの、と訊ねるサニアに、ソラが首を振った。
「ちょっとした準備だ。青銅板と一緒に俺の私室へ運んでくれ」
「またソーラクッカーでも作るの?」
サニアの質問は肩を竦めてはぐらかし、ソラがチャフの胸元を小突いた。
「フェリクスもいるから大丈夫だと思うが、無茶はするなよ」
敵中に飛び込む行為自体がすでに無茶な事だが、目を瞑ってくれるらしい。
チャフは力強く頷き返した。
サニアと連れ立って会議室を出て行くソラの背中を見送って、チャフは廊下に出た。
緊張をほぐすため深呼吸した後、すぐに出発の準備に取りかかる。
早足で自室に引き上げ、用意してあった旅装に着替え、鞄を手に取る。
トライネン伯爵家は武門の家柄だ。
急な出立に何を持って行くかなど、幼少時に叩き込まれている。
チャフは腰の剣を一度抜き、状態を確かめた。
支度を終えると、護衛達の元へ向かう。
行き着いた場所は、大樹館の馬小屋だ。
小屋の前で愛馬の毛繕いをしていた護衛達がチャフの出で立ちを見て、笑みを浮かべた。
「説得できたんですね」
フェリクスの言葉に頷く事で肯定を示し、チャフは護衛達を見回す。
全員がしっかりと旅装を整え、馬の機嫌を取っている。
必ずチャフがソラを説得すると信じてくれていたのだろう。
気恥ずかしさを抱えながら、チャフはフェリクスに声を掛ける。
「ソラ卿から手紙だ。必要だと思ったら開け、と言われた」
「唐突ですね。なんです?」
「さぁな、ソラ卿がフェリクスに、というからには何か理由があるんだろう」
首を傾げつつも手紙を懐に仕舞ったフェリクスを見て、チャフは護衛たち全員に宣言する。
「これより、商会連合の本拠地であるジーラに向かう。傭兵を多数雇い入れているという話だ。危険だが、一緒に来てもらう」
「貫陣の息子らしくなったじゃねぇですか」
フェリクスが茶化すと護衛達が笑いながら、一斉に愛馬へ跨った。
「お供しますよ。若様」
同じく馬上の人となったチャフは、手綱を握り、振り返らずに号令する。
「──俺に続け!」




