第五話 大樹館復旧
クロスポートの港を抜け、ソラ達は大樹館を目指す。
ミズナラの大樹が枝を広げたために作られた木陰は、葉擦れの涼やかな音を背景に穏やかな景色を作っている。
木漏れ日が作る光のカーテンを透かして大樹館の入り口を見ると、フェリクスを筆頭に護衛を引き連れたチャフが待っていた。
「ソラ卿、待ちくたびれたぞ」
故意に怒りを含ませているが、隠しきれない再会の喜びがチャフの声に滲んでいた。
苦笑するラゼット達を背中に、形だけは真面目にソラはチャフに応える。
「心配させて悪かった」
「心配などしていない。ソラ卿は殺したって死なないからな」
チャフがそっぽを向く。
フェリクスが笑いを噛み殺しつつ、チャフに向かって自身の口元を指差した。
笑みが浮かんでいる事を指摘され、チャフは誤魔化すように咳払いをする。
「それに、ソラ・クライン伯爵など俺は知らない」
「何をいまさら……。さっきソラ卿って呼んだだろ」
「知らないな」
大樹館の扉に向かいながら、ソラとチャフは笑いながら言葉を交わす。
ラゼットの袖を掴んでいたローゼがチャフを指差し、ソラに問いかける。
「これ、ツンデレ?」
「そうだ、これがツンデレだ」
「ソラ卿、ツンデレとは何だ? 褒め言葉には聞こえないが」
半眼で睨んでくるチャフを意味ありげに見た後、ソラはローゼと顔を見合わせる。
「内緒だよな」
「……うん、内緒」
恥ずかしそうにソラと秘密を共有して、ローゼはチャフの視線から逃げるように、ラゼットの後ろへ隠れた。
含み笑うソラは、じろじろと見てくるチャフに肩を竦める。
「初対面だから、秘密は教えられない」
やり返されたチャフはしてやられても笑いながら、空を仰いだ。
「その性格の悪さは、死んでも変わらないのか」
「生まれ変わっても変わらなかったからな」
ソラは自分にしか通じない意味を言葉に含め、チャフに返した。
大樹館の玄関に着いたソラは、扉に掛けられた頑丈そうな錠を見つけた。
ソラは首を傾げ、ラゼットに視線で問う。
「鍵ならゼズが持っていますけど……」
言葉を濁して、ラゼットがチャフに目を向ける。
チャフが王都から旧子爵領に戻ってから、既に二、三ヶ月が経っている。
大樹館が施錠されたままだとすると、チャフと護衛達はどこで寝泊まりしていたのか。
ラゼットの視線を受けたチャフは怪訝な顔をした。
「館の主であるソラ卿がいないというのに、中へ入るはずがないだろう」
当たり前のように言って、チャフが庭を指差した。
いくつかのテントが張られた一角がある。
大樹館の美観を損ねないようにとの配慮なのか、植木の裏へ隠すように並んでいる。
敷地に入ってから振り返らなければ気付かない位置だ。
「律儀な奴だな」
感心と呆れが半々に混じった声で、ソラは呟いた。
「圧密木材の工場にも入らなかったのか?」
「もちろんだ。ソラ卿がいない以上、機密を知ったところで交渉できないだろう」
チャフが憮然として言い返す。
ソラはラゼットから渡された鍵で玄関を開錠した。
「まだ圧密木材の製法を市井に公開するべきだ、と考えてるのか」
「ソラ伯爵領の木材加工技術が飛躍的に向上するはずだ。むしろ、ソラ卿はなぜ公開しない?」
「答えられないな。重要機密だ」
圧密木材の製作で使用する魔法陣には、ソラが前世で学んだ数学知識が使われている。
この世界では数学知識が魔法陣の発展に繋がる。
魔法陣は武力ともなりえる物だ。
ソラの知識で発展した魔法陣など、市井はおろか良好な関係を築いている一部の貴族にすら教えられない重要機密である。
圧密木材につかわれる魔法陣が、ソラによって独自に発展させられた物とは露知らず、チャフはなおも公開すべきだと持論を展開する。
ソラ伯爵領の発展をチャフなりに考え、提案していると分かるため、ソラも本当の事が言えずに歯がゆい限りだ。
──どうやって話を逸らしたものかな。
チャフの追及を交わす方策を考えていたソラは、後ろから急接近してくる小さな存在に気付かなかった。
「ソラ様、後ろ!」
いち早く見つけたサニアが危険を知らせる。
何事かと肩越しに振り返ったソラは、助走を付けて跳び蹴りを放ってくるサロンを視界に納めた。
玄関扉に両脇を塞がれるこの瞬間を、サロンは虎視眈々と狙っていたらしい。
口元には笑みが浮かんでいた。
しかし、ソラに直撃する寸前、チャフが素早く反応した。
空中を進むサロンの二の腕を捕らえ、右足を軸に体を反転する。
推進力を遠心力に変えられ、サロンの軌道が逸れた。
「あ……」
サロンが間抜けな声と共に、玄関横の壁に直撃する。
全力で壁に跳び蹴りを見舞う形になったサロンが、あまりの衝撃に地面をのた打った。
「……この少女は誰だ?」
足を押さえて地面を転がるサロンを見下ろして、チャフが眉を寄せる。
ソラは疲れたようにため息を吐いた。
「サロン・クラインセルト、かつて弟だった、妹だよ」
「これが……。似てないな」
ソラとサロンを見比べたチャフが、困った顔をした。
仮面を被っているため、ソラを見てもサロンと比べられるはずがないが、記憶を呼び起こすための動作だろう。
「しかし、なぜ跳び蹴りなんかしたんだ……?」
チャフの疑問を耳に捕らえ、サロンは痛みで浮かんだ涙を拭いつつ立ち上がる。
「僕を除け者にした罰だッ! なんだよ、さっきの港のアレ。僕も仮面を空にバーッて投げたかったのに、このバカ!」
「いや、お前がやっても逆効果だから」
ソラは冷静にツッコミを入れる。
サロンが頬を膨らませて駄々をこね始める。
リュリュが鬱陶しそうな顔をした。
「ウチは研究室の復旧作業があるから、先に行くよ」
ソラに告げて、大樹館へ入ろうとするリュリュを見て、サロンがムッとした顔をする。
続いて、ラゼットから資料室の鍵を受け取ったサニアが、鞄を担ぎ直した。
「私も資料の整理とかしないといけないから。ソラ様も早く仕事してね」
数ヶ月分の書類が溜まっている事を指摘し、サニアがサロンの脇を抜ける。
無視されたサロンが唇を尖らせた。
ソラはサニアの言葉で仕事も作業も溜まっている事を思い出し、仲間達に視線を移す。
「火炎隊は工場の復旧、ゼズは漁業組合、コルは宿料亭組合にそれぞれ顔を出してきてくれ。ラゼット、ウッドドーラ商会に連絡した後、大樹館の掃除と各部屋の整頓を頼む。チャフ、書類を片付けたいから手伝ってくれ」
手短に指示を出し、ソラはサロンを流し見た後、ラゼットの後ろに隠れているローゼに声を掛ける。
「ローゼは執務室で本を読んでるか?」
こくりと小さく頷いたローゼは、ラゼットの袖から手を離すと小走りにソラへ近付き、足に抱きついた。
ソラはローゼの頭を撫で、サロンをちらりと見る。
「ローゼはきちんと言う事が聞けて偉いな」
お前はどうだとばかり、ソラはちらちらとサロンに視線をやる。
サロンは悔しそうに握り拳をぷるぷると震わせ、
「分かったよ、大人しくしてれば良いんだろ、バーカ!」
捨て台詞を残して、大樹館の中へ駆け去った。
サロンの背中を見送って、ソラは苦笑する。
「ローゼ、サロンと仲良くしてやってくれるか?」
廊下を曲がろうして転んだサロンを見つめつつ、ローゼは小さく頷いた。




