第二話 サロン・クラインセルト
「難しい、か。失業者が溢れるからか?」
ベルツェ侯爵が気の毒そうな顔をしつつ、訊ねる。
しかし、ソラは首を振った。
「失業者も確かに問題ですが、事態はさらに厄介でして……」
ソラは仮面を付けた顔を王城へと向けた。
ベルツェ侯爵が視線を追いかけ、眉を寄せる。
「まさかとは思うが、陛下に何か言われたのか?」
「商会連合に手を出すな、と遠回しに釘を刺されました」
ベルツェ侯爵が弱り顔で目を瞑る。
渋い顔で考え込んだベルツェ侯爵だったが、結論を導き出してため息を吐いた。
「陛下は商会連合を御せると思っているのか」
商会連合の台頭を黙認して貴族達の経済基盤に食い込ませると共に、弱った貴族に対して中央集権化を仕掛ける腹だろう。
だとすれば考えが甘過ぎる、とベルツェ侯爵が珍しく国王を批判した。
しかし、ソラもベルツェ侯爵と同じ考えだ。
商人は国を良くするためではなく、利益を上げるために働く。
共同体としての意識は商会に帰属し、その外の国民は考慮しないのだ。
利益のためならば、国には縛られない。
重用できる者達にはなりえないだろう。
「これでは中央集権化など出来はしない。いたずらに貴族の不満を増すだけだ。……何か考えがあるのだろうか」
ベルツェ侯爵は国王の計画を見抜こうと知恵を巡らせる。
しばらく考えた後、結論は先送りにしてソラを見据えてきた。
「ソラ殿は商会連合にどう対処するつもりだ?」
「潰す、と言えば、ベルツェ侯爵は協力して下さいますか?」
「……そういう事か」
ソラの言わんとする事を察して、ベルツェ侯爵は苦い顔をした。
遠回しとはいえ、ソラは国王に釘を刺されている。
単独では逆らう事が難しかった。
父であるクラインセルト伯爵に加え、教主レウルをも罠にかけたソラは、ただでさえ教会派から恨まれている。
また、現在のソラは領地運営に関する公的な実績がない。
ソラ・クラインセルト子爵は処刑された事になっており、今ここにいる人物は正体不明の青年、ソラ・クライン伯爵だ。
だからこそ、ソラはベルツェ侯爵に協力を要請した。
「すまないが、ソラ殿に協力はできん。陛下の計画はまだ詳細が掴めないからな。もしも商会連合を御せるなら、それに越した事はない。私の立場はしばらく保留にさせてくれ」
「分かりました」
ソラとしては予想通りの回答だった。
──こうなると、いざという時は俺だけで対処する事になるか。
早い段階で国王の考えを見抜きつつ、根回しをしておこうと、ソラは密かに計画を建てる。
「今日の所はこんなものか。ソラ殿、今後とも変わらぬ付き合いを頼むよ」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ベルツェ侯爵が仕事の話を打ち切り、ソラも応じた。
一息つけようと、揃ってティーカップに手を伸ばした時、廊下からドタバタと足音が近付いてきた。
何事だろうか、とベルツェ侯爵の顔を盗み見ると、げんなりとした疲れた表情で扉に視線を投げていた。
「ソラ殿、妹御は今日中に引き取ってもらえるのか?」
「ええ、そのつもりです。養子という形にはなりますが……妹のサロンが、何か問題を起こしているのですか?」
不安になったソラは問い掛けるが、ベルツェ侯爵に無言で扉を示される。
すると、間を置かずに扉が勢い良く開かれ、何者かが飛び込んできた。
ソラは仮面の下でひきつった笑みを浮かべる。
飛び込んできた人物はソラの妹にして元弟、サロン・クラインセルトだった。
風呂にでも入ったばかりなのか、濡れたショートの髪をそのままにパンツ一枚を身につけただけの姿。
同年代の子供と比べるとぽっちゃりとしているが、ずいぶんと逃げ足が早いらしい。
風呂場から追いかけて来たのだろう、ドレスとタオルを手に持ったメイド達が息を切らせて部屋に押し掛ける。
しかし、ベルツェ侯爵とソラを見て、慌てて背筋を伸ばし、メイドとしての態度を取り繕った。
もっとも、世話をしていたサロンに裸同然の姿で部屋への侵入を許してしまった時点で、いくら取り繕っても無駄である。
泣きそうな顔をしているメイド達の心情など意に介さず、サロンが喚く。
「男の僕がなんでドレスなんか着なきゃいけないんだ。このバカ!」
ソファの上にあったクッションを手に持ち、サロンは喚きながらメイド達へ投げつけている。
クッションが飛んでいく光景を視界に納めつつ、ベルツェ侯爵と同様のげんなりした顔を仮面の下に隠し、ソラは力なく首を振った。
「まだ、勘違いしたままでしたか」
「取り潰されたとはいえ、元貴族の子女だ。その……見せるわけにも行かないだろう」
「……後で絵に描いて教え込みます」
「あぁ、頼んだ」
具体的な単語は伏せて意見を交わし、揃ってため息を吐く。
ギャーギャー喚きながら、クッションをすべて投げ終えたサロンはティーカップを掴み上げ、振り被った。
ソラは即座にサロンの手首を掴み取る。
「なっ、なにするんだバカ! 放せバカ! 無礼だぞ、僕をクラインセルト伯爵家跡継ぎだと知らない大バカ者め!」
サロンが逃れようと暴れ回り、ソラの足を踏みつける。
──うわぁ、リトル豚親父だ。
ソラは心の中で親子の絆を幻視した。
「放せって言ってるだろ、言葉が分からないのかバカ! 変な顔のバカッ!」
サロンの言葉が指しているのは、ソラが付けている仮面の事だろう。
そうと気付いたソラは、仮面の下でニヤリと笑う。
「あぁ、サロンの言う通り、変な顔だ。面白いからこうして──剥ぎ取ってきた」
ソラは片手で仮面を指差す。
サロンの喚き声が止んだ。
ぱちくりと瞳を瞬かせ、ソラの言葉の意味が理解できずに怪訝な顔をしている。
ソラは噛んで含めるように丁寧な口調で語り出す。
「この顔の持ち主は北の森に住む部族の男だ。俺はとても面白い顔だと思った。だから、抵抗できないように縛り上げて、ナイフで首から顔の皮をぺりぺり──」
「ひっ!?」
ソラが片手でサロンの首筋を撫でながら語ると、乾いた悲鳴が上がる。
ベルツェ侯爵が口元を抑え、笑いを堪えていた。
ソラは巧みな語りに身振りを加え、臨場感たっぷりに嘘を連ねた。
サロンの顔は真っ青だ。
「──そうして、この仮面を作ったんだ。サロンは気に入ってくれたかな? 気に入ってくれたよな?」
ソラが仮面をサロンの鼻先に付くまで近付け、問い掛ける。
可哀想なくらいサロンは必死で頷いた。
「そうか、サロンも気に入ってくれたか、嬉しいよ。ところで、サロンは男の子にしては珍しい顔をしているな」
ソラはサロンの頬から額を撫で上げ、楽しそうに言う。
サロンは硬直し、救いを求めて視線をさまよわせる。
ベルツェ侯爵もメイド達も、笑いを堪えるのに必死で誰も助けようとはしなかった。
絶望感に打ちひしがれ、愕然とした面持ちのサロンの両頬に、ソラは手を添える。
そして、恍惚とした声を作り出し、止めを刺した。
「──顔、剥いで良い?」
その日、ソラはサロンに大いなるトラウマを植え付け、思い切り嫌われた。




