第十七話 コッペリア
イェラが大樹館を後にした、と伝えに来たチャフは浮かない顔をしていた。
「どうかしたのか?」
ソラは怪訝に思い、理由を訊ねる。
ソラの手元をちらりと見て、チャフは無言で首を振り、執務室を出て行った。
気にはなったが、ソラはからくり人形の最終調整で忙しい。
──今のチャフなら助けが欲しい時には自分から言い出すか。
王都でフェリクスとの試合を行って以降、チャフは人の意見を聞く事の重要性を理解している。
それに、人の助けを借りる事が出来るほど成長もしている。
チャフを信用して、ソラはからくり人形の最終調整を開始した。
まず、からくり人形の手に盆を載せる。
「結局、これって必要なの?」
サニアが木のコップに水を入れ、ソラに渡す。
ソラは曖昧な顔で肯定した。
「絶対に必要な訳でもない。あった方が説得力が増すだけだ」
持っている盆にコップを置くと、からくり人形はカチカチと規則正しい音を奏でながら歩き出した。
サニアが作ってやった小さなメイド服の裾から、ぱたぱたと動く人形の足が覗いている。
距離を目算しながら、ソラはからくり人形の行き先を見つめた。
「ほら、おいで、おいで」
掴まり立ちした幼児にでもするように、リュリュが両手を鳴らしながら、からくり人形を励ましている。
リュリュの応援に応えたわけでもないだろうが、からくり人形はリュリュの直前まで行って、動きを止めた。
カチリと音がして、からくり人形は盆を捧げるように少し持ち上げる。
まるで生きているような、人間らしい仕草だった。
「凄い。ちゃんと止まった!」
リュリュはもちろん、サニアまで嬉しそうにはしゃぐ。
リュリュが盆からコップを持ち上げ、再び盆の上に戻す。
すると、からくり人形はゆっくりと動き出し、弧を描いてリュリュに背を向けると、ソラの元へ直進する。
からくり人形が描いた弧の半径をリュリュとサニアが測定し始めた。
からくり人形の動きをちらちら見ながら作業をする二人は、とても嬉しそうだ。
ソラの目の前で止まり、からくり人形は再び盆を捧げる。
このからくり人形、名前を“茶酌娘”という。
江戸時代に作られた茶運び人形の改良型であり、客人の前で自動的に停止する機能が付いている。
からくり儀右衛門の異名をとった田中久重が作製したと言われ、人間らしい動作が話題となったからくり人形だ。
しかし、ソラが作った茶酌娘は着物ではなくメイド服を着せられ、顔なども西洋風の出で立ちだった。
サニアとリュリュの喜びに水を差さないよう、ソラは黙考する。
──この分だと、移動距離は最大2メートル強か。短すぎるな。
陶器の頭などのせいで人形に重量があるため、思ったより移動距離が短かった。
骨組みの木に穴を開けるなど、軽量化を模索する。
──オリジナルでも三メートル強だったはず。隠す方向で考えるか。
からくり人形の動線を図示した紙をリュリュから受け取って、ソラは考えを実行に移す事を決めた。
リュリュにからくり人形の軽量化を指示して、ソラは執務室を出る。
足早に改装が進む圧密木材の工場へ移動し、手近な火炎隊士を捕まえて追加の改装を頼んだ。
「材料には木箱をばらして使うとして。人形は窓から入れるって形でいいっすよね?」
「そうしてくれ。窓にハシゴを掛ける時に音がしないように、設置面に布を被せておけよ」
火炎隊士が了解し、しげしげと工場を見回す。
「調子に乗って大規模に弄っちゃったっすけど、怒らないっすよね?」
「指示したのは俺だからな。しかしまぁ、薄ら寒い眺めになったもんだ」
火炎隊士と共に工場を眺め、ソラは苦笑する。
「招待されて来てみればこの光景とは、流石にアイク達に同情するよ」
ソラが呟くと、火炎隊士はちらりとソラを見て、頬を掻く。
「……ソラ様」
「なんだ?」
「かなり悪い顔で笑ってるっすよ?」
指摘を受けて、ソラは口元を隠した。
数日後、イェラから書簡が届いた。
そこには、ジーラの商会連合が合議の結果、ソラからの頼みを受けて失業者の受け皿となる事を確約する旨が記されていた。
ソラの肩越しに手紙を覗き込んでいたサニアが微笑む。
サニアの表情から手紙の内容を察して、リュリュが別の手紙をひらひらと振った。送り主にウッドドーラ商会長、ツェンドの名前が見える。
「東はウッドドーラ商会と取引先で分担できるってさ」
「足りなければ、測量調査にでも雇うか」
──商会に務めていたから、下っ端でも数字の読み書きくらいはできるだろうし。
失業者の引き受け先が決まった事を再度確認し、ソラは笑みを浮かべる
手紙をまとめて片付け、サニアに書く物を用意させた。
宛先にアイク商会長の名を書き、予め考えていた内容をしたためる。
見せたい物があるから大樹館に来い、というだけの簡素な文面だった。
続いて、ロジーナ商会長にも手紙を書く。
「──計画を開始する、と」
布の値段を下げろという指示だ。
ソラが生産し、安値で供給した布を黒字が出るギリギリの価格で売る。
これでアイク商会が怖じ気づいて、撤退すれば御の字だ。
撤退しなかった時、先にしたためた手紙を送りつける。
ロジーナ商会が売り出した安すぎる布の秘密を探るため、アイク商会は必ず乗ってくるだろう。
──度肝抜いてやろうか。
「さぁ、コッペリアを始めよう」




