第十二話 清算的な人形劇
「……本当に、この値段で布を卸して頂けるんですか?」
ソラは念を押すロジーナにうんざりしつつ、笑顔を維持して頷いた。
ロジーナが難しい顔で契約書を見つめている。
無理もない、とソラは思った。
「子爵様、この布はあまりにも安すぎます。職人に給料を払わないつもりですか? それとも、形を変えた融資なのでしょうか?」
堪えきれなくなったらしく、ロジーナが真剣な表情で聞いてきた。
ソラは眉を寄せる。
「どちらにせよ、ロジーナ商会にとっては同じだと思うが……何を隠している?」
逆にソラから質問を浴びせられ、ロジーナは渋々、懐から手紙を取り出した。
握りつぶされた、ザシャの署名がある手紙だ。
ソラは文面と手紙の状態から何が起こったかを大まかに把握した。
「ザシャ様に融資を頂けるはずが、騙されました。恐らく、ザシャ様はアイク商会に手を貸しています」
「……なるほど、ザシャとグランスーノの商会が相手では、俺から融資を受けたところで焼け石に水か」
子爵領主のソラだが、自由に動かせる資金はさほど多くない。
資金力ではザシャの方が上ですらある。
「まったく、次から次へと面倒事が増えてくるな」
ソラは腕を組んで嘆息する。
短い時間で考えをまとめた後、ソラは口を開いた。
「この布を売る事で、俺の所に赤字は発生していない。勿論、職人にも給料を出している」
ソラが真剣な顔で事実を告げると、ロジーナは疑うような視線を寄越した。
ソラは気にせず、契約書を指差す。
「まさか、店を畳めばそれで終わると思ってないよな? お前達が潰れると、子爵領全体で商会同士が商圏の奪い合いを始めかねない。もう素直に潰れてもらっては困る」
もはや店を畳む事すら許さない、と言わんばかりの言葉だ。
ロジーナは覚悟を決めて、契約書に署名する。
どの道、この契約書にロジーナ商会が不利になる要素はない。
ソラからの仕入れ値ならば、現在の市場の布価格でロジーナ商会が売っても儲けが出る。
最後の一稼ぎをして、従業員の退職金に色を付けられる事を考えれば、良い話だ。
契約書を交わして、ソラは立ち上がる。
部屋を出ていく後ろ姿に、ロジーナが声をかけた。
「その価格で、布をどうやって調達するつもりですか?」
ソラは肩を竦めて、口端を上げる。
「──知らない方が良い事もあるだろ?」
囁くように言い返し、ソラは部屋を出た。
ロジーナ商会の前に待たせていた馬車に乗り込み、ソラはすぐに出発する。
──ザシャが絡んでいたか。
浮かない顔のソラを気遣うように、サニアが水筒を差し出した。
礼を言って、ソラは喉を潤す。
「ザシャさんが大手商会に融資してるなら長期戦になるよね。どうするの?」
ソラが返した水筒を受け取りながら、サニアが訊ねる。
ソラの向かいに座っているリュリュが化石のスケッチを大事そうに片付けながら、口を挟んだ。
「資金力はまた大手商会側が有利になった。もう、改良型織機を公開してふるい落とした方が良いと思うよ」
ソラは既に、飛びひを用いて織機を改良し、生産効率を五割ほど高めてあった。
「あの織機を公開すれば、生産効率の差で大手商会も諦めるよ?」
「駄目だ。織機は公開できない」
リュリュの提案に、ソラは首を振る。
ソラの前世の記憶において、織機の改良は産業革命をもたらした。
その影響は凄まじく、様々な分野で技術が躍進する。
だが、同時に弊害も生んだのだ。
ラッダイト運動である。
十九世紀初頭にイギリスのヨークシャー地方等で起きた、打ち壊し運動だ。
機械化により職を奪われた人々が、織機を壊して回る。
機械化は人の職を奪う。
だが、子爵領には難民が押し寄せているのだ。
今、機械化を進めれば何が起こるか、想像に難くない。
──どうすればいい。
資金力で負け、生産効率は公表できない。
安値競争を長引かせれば、アイク商会を含む大手商会は赤字が膨らみ、最後には失業者を生み出すだろう。
──更に織機を改良して……駄目だな。
生産効率を幾ら高めた所で公開できないのでは、差を見せつけられない。
相手の力が分からなければ、負けるとは思わないものだ。
「……駄目だ。もう手がない」
改良型織機を利用して、中小商会に布を安値で供給し続ければ、安値競争に勝つ事は可能だろう。
だが、大手商会が赤字を膨らませて潰れ、失業者が溢れてしまう。
「……適度に布で利益を上げた後、別事業を興してロジーナ商会などの中小商会に委託、布事業からの撤退を支援する」
ソラが今後の予定を語ると、サニアが首を傾げる。
「そんな事したら、他の業界でも安値競争が始まるよ。いざとなったら、ソラ様が助けてくれるって思うかも」
「思うだろうな。……正直、その場しのぎの手しか考えつかないんだ」
ソラは額に手を当てて、ため息を吐く。
──大手商会がすぐに尻尾を巻いて逃げるような、すぐに真似できない何かがあれば……。
小さく唸りながら考え込んでいると、リュリュが一枚の羊皮紙をソラの前に掲げた。
「気分転換にラゼット姉にあげる出産祝いの玩具の話をしない?」
リュリュが掲げた羊皮紙には、設計図が描き込まれていた。ソラが描いていた設計図から着想を得たらしい。
サニアが苦笑する。
「生まれるまで、まだ随分あるんだよ? 浮かれるのはゼズだけにして」
「いいんだよ、気分転換なんだから」
リュリュが口を尖らせて反論し、設計図をソラに見せた。
意見が欲しくて仕方ないのだと、表情を見ればすぐに分かる。
しかし、ソラはリュリュの設計図には目もくれず、何かを真剣に考え込んでいた。
「……そうか、何も効率化するばかりが機械の使い方じゃないな」
小さく呟いたソラは笑みを浮かべる。
とても楽しそうでありながら、地獄の亡者に糸をつけて遊ぶような、退廃的な空気を纏っていた。
ソラはサニアとリュリュを見て、口を開く。
「──生産的な人形劇を始めようか」
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