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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第三章 子爵領次年に王都へお呼ばれ

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第十六話 目指す正義

「──隠れて訓練していただろう?」


 チャフの言葉一つで、フェリクスの表情が歪む。

 数ヶ月もの間、訓練を受けなかった者に体力勝負で負けるほど、チャフは半端な鍛え方をしていない。

 ソラに負けた頃とは違い、成長期を迎えて体も出来上がってきている。

 加えて、ソラの言葉だ。

 馬鹿だ、馬鹿だと言われてきたが、流石に察しが付く。

 チャフは込み上げてくる笑いを止めようとしなかった。

 勝負の全てが茶番で、しかし掛け替えのない物だと気付いたのだ。

 ──オレはなんとも狭量だった。

 込み上げる笑いに涙すら浮かべながら、チャフは自分を酷評する。

 目に見えるものが悪ならば、全てを否定していた。

 悪の裏に正義があると、想像出来なかった。

 フェリクスはただ、チャフを前に向けようとしていただけなのに。

 道を見失った時、悪になってでも前を見せてくれる者が、そばにいる。

 なんと恵まれている事か。

 しかし、チャフは行いの裏にある目標という名の忠義に、正義に気付いていなかった。

 支えてくれる掛け替えのない部下が、見えていなかった。

 人の上に立つ器量のない愚か者だ。

 今までも、何度となく答えを示されていた。

 ソラを勝利に導くために、命がけで火炎の原を駆け回ったゴージュ達。

 未来を見据え、領民が飢えないように、悪と知りながらも官吏達を罠に掛けたラゼット達。

 チャフに悪と断じられても、ソラは少しも揺らがなかった。

 何故なら、ソラが抱く理想を目標とし、全力で支える者達がいる事を理解し、信頼しているから。

 だから、ソラは先頭を切り、困難な道を行く旗印として真っ直ぐ突き進むのだ。

 理想に続く最短の道を、後ろに続く者が不安を抱かないよう、自信を持って進むのだ。

 それが人の上に立つ者の義務。

 ──そうだ。誰かと比べる事に意味はない。

 目標に向かうのは、誰かではなく自分自身なのだから。

 ──だが、自分だけでは進めない。

 だからこそ、支えてくれる部下がいる。

 ──部下のために、迷わない。

 わき目も振らず、部下が全力を尽くせるように。

 ──見据えるべき目標を。


「実現したい理想を描く」


 チャフは立ち上がり……前を向いた。

 ──オレはオレの正義を捨てよう。

 一つの視点から見た正義は独りよがりだから。

 チャフは青天を仰いだ。

 ──正義なんてあやふやな物に付き合わされて、飢えるのは嫌、か。

 サニアの言葉が頭をよぎった。

 チャフの正義と領民の幸福が一致するとは限らない。

 領民が望む正義は、幸福をもたらしてくれる事だ。

 ──ならば、そうあろう。


「フェリクス、世話になった。もう、大丈夫だ」


 チャフが自信を持って言い切ると、フェリクスは困ったような顔をした。

 頭をポリポリと掻きつつ、馬場の片隅にある建物に目を向ける。

 肩を竦めて、ばつが悪そうに笑い、建物の方へ呼びかけた。


「すまねぇ。全部バレた。てめぇら、出てこい!」


 チャフが視線を向けると、何か光る物が建物の陰に引っ張り込まれた。

 ソラが呆れたように呟く。


「……鏡だな」

「生娘の裸を盗み見るでもなし、妙な小細工をするもんじゃ」


 シドルバー伯爵の呆れ声が追随する。

 建物の陰から神妙な顔をして、チャフの護衛達が出てきた。

 フェリクスを含めて五人全員が勢揃いした事になる。

 チャフは苦笑した。


「なるほど、もしフェリクスが負けたら、次の誰かが後を引き継ぐ手はずだったのか」

「……マジで全部バレてら」


 弱り顔で一人が呟いた。

 呟き声には苦笑で答え、チャフは護衛達を整列させる。


「みんなにも心配をかけた」


 護衛達の前に立ったチャフは、苦笑をかき消し、頭を下げた。


「これからもよろしく頼む」


 下げられた頭を前に、護衛達が狼狽した。


「よして下さいよ。頭を下げるのはこっちなんですから!」

「それに、活火山が見てるんですよ!?」


 直後、失言に気付いた護衛が慌てて口をつぐむ。

 しかし、時すでに遅く、あだ名を呼ばれたシドルバー伯爵が眉を寄せた。


「なんじゃ? 儂が何か関係しとるか?」


 護衛達の体が固まった。

 フェリクス達は護衛である。

 主であるチャフが頭を下げる相手ではないのだ。

 この事態を招いた発端はチャフだが、それとメンツは別問題である。

 となれば、活火山が「威厳を持たんか、この腑抜けが! 鍛え直してくれるッ!」などと言い出しかねない。

 そして、フェリクス達も確実にとばっちりを受けるだろう。

 見かねたソラが、笑顔を貼り付けて割って入る。


「チャフ、頭を下げるのも良いが、三本勝負の決着が先だ。このまま引き分けだと、収まりが着かないからな」


 手早く話をすり替えたソラに、護衛達が感謝の目を向けた。


「そうだな。終わらせるか」


 チャフがフェリクスを見た。

 頷きあって木剣を構える。

 双方とも、純粋な笑みが浮かんでいた。

 ソラが片手を挙げ、宣言する。


「──三本目、始めッ!」


 木剣の打ち合う音が高らかに天を突いた。


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