132話「予想だにしない事態」
その翌々日、陛下は私を王城の外へと連れ出した。
王族御用達の馬車に揺られながら、私は自分に相応しい待遇にまずまずの満足感を覚える。
何より、こちらの世界ではこれが初の「デート」である。
シルウェステルを含めた複数人の騎士が馬車の周りを警護しているから、厳密には二人きりではないけれど、致し方ない。
着いた先は、一目で高級店とわかる店構えの建物だ。
宝飾品を扱う店で、王都一の品揃えと品質を誇る店とのこと。
陛下の手を取って馬車から降りると、瀟洒な装飾を施した扉を潜って店内へと入る。
眩いばかりの輝きに、思わず目を細めると共に嘆息する。
マホガニー製の重厚な棚や磨き抜かれた硝子ケースの中で、貴金属や宝石が煌めいている。
そう、まるで私を歓迎するかのように。
「まぁ、素敵」
私は簡潔に感想を述べた。
店主及び従業員は、私たちの来訪に備えて待機していたようで、店に足を踏み入れると同時に恭しく頭を下げた。
「国王陛下並びに妃殿下、よくぞお越しくださいました」
妃殿下、と心の中で反芻する。
正確にはまだお妃様じゃないけれど、言い響きだと思った。
長々とした挨拶が続いた後、私と陛下とは奥の応接室へと案内された。
シルウェステルも一緒に入室したものの、彼は席に着くことなく扉付近で直立不動の姿勢で待機している。
着席後、すぐにジュースの入ったグラスが出て来た。
数種類の果実を搾ったものらしく、一口飲むと爽やかな甘味が喉に広がる。
日中は少しばかり暑さを感じることもあって有り難い。
私はこれまでの待遇に満足していた。
この店の主と思しき人物は三十歳前後の痩せ型の男性で、彼の指示で従業員たちが小さな箱をいくつも運んで来た。
小さな、とは言っても繊細な意匠を施したもので、それ自体に美術品的な価値がありそうだ。
箱の中には、いずれも美しい宝飾品が鎮座している。
「以前、陛下からお伺いしたお話を元に、妃殿下に相応しいものを選ばせていただきました。どうぞ、ご覧ください」
彼は陛下にそう告げた後、私を振り返った。
そして目を細め、一礼して再び陛下へと向き直る。
「陛下の仰った通り、えも言われぬほど美しく可憐な方ですね。ただこの場にいらっしゃるだけで、空気そのものが澄み渡るかのようです」
「まぁ。過分な言葉をありがとうございます」
ふふん。
なかなか道理というものをわかった男のようだ。
それに、風采も悪くない。
気を良くした私は、花のかんばせに女神のごとき笑みを浮かべてみせる。
良い働きには、チップを上乗せして然るべき。
そして私の笑顔は山積みの金貨以上の価値がある。
「今日はこのような場を設けていただき、嬉しゅうございますわ。どれこもこれも素敵なものばかりで、見る前から目移りしてしまいそう」
「美夜、早速見せてもらうとしよう。今後のためにも、貴女の好みの傾向も知っておきたい」
陛下はそう言って、私の肩に触れると同時に身を寄せる。
視線を持ち上げ、陛下の顔を覗う。
決して他意はありません、と言外に伝える私に、彼は微笑を浮かべて首を傾げる。
どうした? とでも言うような自然な仕草だけど、目が笑っていないわけでもないのに無言の圧のようなものを感じて内心で冷や冷やする。
……どうやらこれは「警告」のようだ。
「美夜の言う通り、素晴らしいものばかりだ。ほら、これなどどうだろう?」
「さすがは陛下、お目が高い。こちらの石は、この突き通るような青みが特徴でございますが、光の角度によって別の色を帯びます。この色のものは特定の鉱山でしか採掘できぬ上に、既に枯渇したという説が強いのです」
「ああ、美夜は肌の色が白いからよく映えるだろうな」
陛下は店主の許可を得て、青い石の付いた指輪を私に嵌めてくれた。
それから、目を細めて言った。
「やはりよく似合う。装飾も華美になりすぎず、美夜の華奢な手にもぴったりだ。美夜、どう思う?」
「はい、とても素敵です。気に入りました」
陛下の言う通り、そのクリアな青みは私の清楚な美貌をより際立たせる。
陛下は満足そうに頷き、再び店主へと顔を向ける。
「同種の石で、首飾りと耳飾りの受注は可能だろうか?」
「それは……可能ですが、極めて稀少な石故にお時間と、それから……」
「美夜、少し時間がかまっても構わないかな?」
「え? それは構いませんが」
「ということだ。追加で頼みたい」
店主は費用がかかると言おうとしたようだけど、陛下は全く頓着することなく告げた。
「美夜、これはどうだろう?」
そう言って陛下が差し出した箱には、眩いばかりの輝きを放つネックレスが収められている。
私は一瞬言葉を失い、それに見入ってしまう。
もちろんその美しさに、というのもあるけれど……何と言うか、その……。
「こちらは、陛下自ら意匠を考案されたものです」
店主の言葉に驚いてしまう。
つまり、陛下が私のためにデザインしてくれたアクセサリーというわけか。
そう聞いて心が踊らない筈がない。
一目見た瞬間から、まるで「それ」自体が私を待っていたかのような印象を受けたのだけど、気のせいではなかった。
陛下は私の言葉を待つことなく、そっと私の首に掛けた。
鏡で見て、改めて確信する。
素材の質、宝石の数、デザイン……いずれも申し分ない。
華やかでありながら悪趣味ではなく、まさしく世界でただ一人、私のためだけに誂えられた逸品だ。
私は暫く無言で鏡を見つめた後、ゆっくりと息を吐き出した。
「素敵……とても素晴らしいです」
口から零れたのは、そんなありきたりな言葉だった。
アスヴァレンがこの場にいたなら、「語彙力が乏しいね」とでも言っただろうけれど、仕方ない。
言葉を失う、とはこういうことを言うのだろうから。
ところが、アスヴァレンのことを思い出すと同時に、浮き足立つ気持ちにひやりと冷たいものを感じた。
この半月間、実はアスヴァレンの姿を見ていない。
彼は極めてマイペースで、長らく顔を合わせないことは前にもあったけれど、不意に胸騒ぎのようなものを覚えた。
快調に向かっているとは聞いたけれど、今どう過ごしているのだろうか。
私は落ち着かない気持ちを抑えながら、陛下に笑顔を向ける。
「陛下、このような素晴らしいものをありがとうございます」
「ああ、良かった。気に入ってもらえたなら何よりだ」
陛下もまたそう言って穏やかに微笑んだものの、その瞳の中に僅かな揺らぎが見えた。
おそらくは私の内心の変化に気付いている。
その後も、店主といくつか言葉を交わし、商談は滞りなく進んでいった。
購入した商品は後ほど王城へと届けてくれるということで、店を出た私たちは馬車へと乗り込んだ。
私の首元では、先ほどのネックレスが燦然と輝いている。
他愛もない雑談を交わしてから、私は思いきって切り出すことにした。
「……陛下、一つお伺いしたいことがあるのですが」
それまで和やかに私の言葉に耳を傾け、時に語りかけていた陛下は不意に黙り込んだ。
とは言え、それも一瞬のことだった。
「アスヴァレンのことか」
「気付いていらっしゃったのですね」
「ああ」
そこまで内心を表に出したつもりはなかったけれど、私の些細な変化にも勘付いたようだ。
陛下は短く答えて、小さな窓へと視線を移す。
と言ってもそれはカーテンで覆われているため、外の様子を覗うことはできない。
陛下が振り返り、金色の双眸で再び私を捉えた。
そして、私はそこに浮かぶ感情を見逃さなかった。
躊躇、苦悩、葛藤……名状し難いものが感じられる。
「陛下」
私は身を乗り出して、彼の手に自分の手を重ねる。
「陛下にとってアスヴァレンはかけがえのない存在でしょう? ならば、私にとっても無関係ではありません」
その言葉に、陛下は少しだけ苦笑する。
「そもそも美夜の兄だろう?」
「言われてみれば、確かに」
「……そうだな。美夜の言う通りだ」
「アスヴァレンに何かあったのですか?」
「いや。……ない。何事もないんだ」
そう言って首を左右に振る。
その声音から察するに、「問題ない」という意味ではないようだ。
いったいどういうことなのだろうか、と思っていたところに「美夜」と呼ばれた。
「帰ったら、アスヴァレンに会ってやってくれるか?」
「……はい、もちろんです」
陛下の口調からして、何やら深刻さが覗える。
全く状況が見えないものの、当然ながら異論はない。
馬車に揺られながら王城に帰還した私たちは、そのままの足でアスヴァレンの部屋へと向かった。
私を待っていたのは、予想だにしない事態だった。




