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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第六章
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129話「侵入作戦」

「おい」


 非難を含んだ声は、背後から聞こえた。

 あまりに失礼な物言いに、思わず足を止めて振り返る。

 ところが、それは私に対して発せられたものではなかった。


 一人の若い兵士が、先ほどの四人組と対峙している。

 彼の顔には、苦々しい表情が浮かんでいる。


「あんたたち、いったい何を話してるんだ?」

「何よぉ。何だっていいでしょ」

「そうよそうよ、あんたには関係ないじゃない」

「仕事ほっぽり出して立ち聞きとは、いいご身分ねぇ」


 どの口がそれを言うか、と思いながらも物陰に隠れながらその様子を静観する。

 あの兵士が彼女たちにどういう対応をするのか、気になったのだ。


「王女殿下について、根も葉もないことを言うのは止めろ。陛下の、あの方に対するご寵愛を否定する気か?」

「……うるさいわねぇ。そういう噂がある、って話してただけよ」


 つまり、あくまで他人の言葉に過ぎないから、自分自身には責任がない。

 そう言いたいのだろう。

 やれやれ、と肩を竦める。

 こういう噂がある、友達から聞いた話だけど、これらの免罪符は本当に便利だ。


 その一方で、私の胸中には別の感情も芽生えていた。

 私の中で、評価がうなぎ登り中の兵士の顔へと視線を向ける。

 この男、どこかで見たような……。

 彼は私の視線に気付かぬまま、彼は下女たちに言葉を続ける。


「だからって、又聞きした噂を面白おかしく話の種にしていい理由にはならないだろ。王女殿下に失礼だと思わないのか」

「あー、はいはい、失礼でしたわねー」


 四人の女たちは、うるさそうにするばかりで全く反省の色が見られない。

 ……ふぅ、まったく。この女どもは。

 私は軽く息を吸い込むと、どこまでも気品に溢れ、かつ優雅さこの上ない足取りで五人へと近付く。


「あん?」


 気配を察して、何気なくこちらを振り返った下女の一人が、その顔を強張らせる。

 他の三人も「げっ」「まずい」みたいな表情を浮かべる。

 花のかんばせに極上の笑みを浮かべ、四人の醜女たち(彼女たちの正確な美醜レベルはよくわからない。現代日本なら、CM等でよく見かける程度の顔立ちだ)を見つめる。


「こんにちは。随分と楽しそうですね。何を話していらしたのですか?」

「あ……」

「いや、別に……王女殿下のお耳に入れるほどの話では……」


 決まり悪そうに視線を逸らす彼女たちに、笑みを絶やさぬまま続ける。


「今からエルと……いえ、陛下と食事の予定なのですけど、皆様も同席していただけません? 今のお話を、是非とも陛下にも聞かせて差し上げたいのです」


 私の言葉に、彼女たちはあからさまに狼狽する。

 というより、面倒くさそうな態度だ。


「いや、私ら王族の方と同席できるような立場じゃないんで……」

「仕事あるんで、失礼します」


 そう言って、雑に一礼すると殆ど逃げるように立ち去った。

 その場に残されたのは、私とあの兵士だけである。


「あの、王女殿下。申し訳ありません」


 彼は深々と頭を下げて言った。

 この時になり、私は相手の名前を思い出した。

 確かマティアス、だったか。


「あら、どうして謝る必要が?」

「もっと早くに彼女たちのお喋りを止めさせるべきでした。あのような不快な言葉を王女殿下のお耳に入れてしまい、申し訳ありません」


 ……ふぅん?

 彼の対応に、私は気を良くする。

 こういう姿勢には好感が持てる。


「貴方の誠心、確かに受け取りました。だから、どうか顔を上げて頂戴」

「は……」


 私は改めて相手の顔を確認する。

 私とそう年の変わらない青年で、やはりマティアスという名の兵士だ。


「マティアス、よね。以前、貴方が買って来てくれたお菓子、とても美味しかったわ」


 アスヴァレンが殆ど食べてしまったけど。

 私の言葉に、マティアスは顔を輝かせた。


「王女殿下に覚えていただけたなんて光栄です」

「貴方には良くしてもらったもの。当然だわ」


 私のように高貴なる美姫は、相応の働きをする者には相応の褒美を惜しまないものだ。

 もちろん、名を覚える、笑顔を向けるというのも立派な褒美である。

 そうこうしている内に、授業の時間が近付いている。

 私はマティアスに、自室まで送らせることにした。


 その間にわかったことだけど、やはりと言うべきか、彼は神域の落とし子だった。

 そう明言したわけではないものの、話の流れでそう察せられた。

 話に耳を傾け、相槌を打つ私に、彼は不意にこんなことを言った。


「明日は神使様のお部屋の見張りを務めることになってるんです」

「まぁ、神使様の?」


 内心で動揺を覚えつつ、努めてそれを表に出さぬよう答えた。


「はい。明日、神使様がお部屋を空けられる際に、いつもの見張り役は護衛として同行する予定なんです」

「では、マティアスがその代役を務めるということなのね」


 言葉を紡ぎながら、頭の中で素早く計算する。

 頭にあるのは、もちろん明日の侵入計画のことだ。

 国王の婚約者が現神使の私室に無断で入室するというのは、公になれば醜聞となりかねない事態だ。


 その計画に、この男を引き込んでも良いものだろうか。

 ……信用できるだろうか?

 自分の中に芽生えた確信が「できる」と断言する一方で、理性がそれに疑問を投げ掛ける。

 さて、どうするべきか。

 思考を巡らせている内に、目的地に着いた。

 足を止めたまま、考え込む私を見てマティアスは不思議そうな顔をする。


「王女殿下? あの、もしやお加減が悪いのですか……?」

「ええ」


 囁くように言って頷くと、動揺する様子が伝わって来た。


「それはいけません。すぐに人を呼びます」

「実は陛下の身に危機が迫っているのです」


 それを聞いた途端、その場から離れようとしていた彼は動きを止めた。

 一拍置いて、「陛下に?」と緊張を孕んだ声で尋ね返した。

 私は顔を上げ、相手の目を真っ直ぐに見つめる。

 それから、小さく喉を鳴らした彼の腕へとそっと触れた。


「可能であれば、協力していただけませんか」

「王女殿下? それは、いったい……」


 困惑を湛えた瞳が揺らぐ。

 そこには、憂えを帯びた面持ちの可憐な美少女の顔が映っている。

 やがて、マティアスの瞳から揺らぎが消える。

 彼は詰めていた息を吐き出すと、決意を込めて頷いた。


「……私のような者にできることならば、何なりと」


 よし、よし。

 それで良い。

 私は内心でほくそ笑みながら、その詳細を伝えた。

 彼は大層驚いてはいたけれど、承諾してくれた。




 部屋に入ると、既にアスヴァレンが待機していた。

 彼は長椅子へと腰を下ろし、いつものようにお菓子を頬張っている。


「やっと来たね。遅刻だよ、君」

「明日の計画の予行も兼ねて、下見に行っていたのです」

「そうらしいね。でもって、見張り番を何とかするための算段も付いたってわけだ」


 含みのある物言いに、思わず眉を顰める。


「まさか、聞いていたのですか?」

「違うよ、聞こえてたんだよ。にしても、なかなか上手いこと手懐けたね。さすが、血は争えないね」

「母と一緒にしないでください」


 むっとして言い返し、クッキーを一枚横取りしてやった。

 どうやらセサミ味らしく、香ばしさと共にプチプチとした食感を感じた。

 ところが、アスヴァレンは何も言わない。

 いつもなら、お菓子を奪われれば決まって大騒ぎするのに。

 訝しく思って視線を持ち上げると、アスヴァレンはぼんやりとした表情でクッキーを囓っていた。まるで、心ここに在らずといった様子だ。


「アスヴァレン?」

「ん? ああ」


 私が呼ぶと、ようやく我に返った様子で手にしたクッキーを口に放り込んだ。


「いや、やっぱり彼も神域の落とし子なんだなって思って」

「マティアスのことですか?」

「ふーん、そんな名前なんだ。神域の落とし子……つまり、この地の正当な住人は、生まれながらにしてテオセベイアへの敬愛が魂そのものに刻み込まれてるんだ。正しくは、テオセベイアの神性を継ぐ者かな」

「つまり、テオセベイア亡き今、私だけですね」

「うん、そうなるね」


 アスヴァレンは頷いて、皿から取ったクッキーを二つに割る。

 黙々と食べ続けているけれど、いつものような勢いはない。

 あまりにもアスヴァレンらしくなくて……心配する、というわけじゃないけれど、落ち着かない。

 そう、何だか気持ち悪い。


「いったいどうしたのですか。ここ最近、何だか妙ですね」

「んー? そうかなぁ。そうかもね」


 と、他人事のように答えながら角砂糖をそのまま口の中に放り込む。

 もう授業を開始してもいい頃だけど、一向にそんな気配はない。

 こちらから切り出すべきか、けれどもこんな状態で授業などできるのか、逡巡する私にアスヴァレンが言った。


「あのさぁ」

「何でしょう」

「君はさ、いずれ美桜子みたいに子供を産むの?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 意味を理解した後も、どう答えて良いものかわからず面食らってしまう。

 揶揄の類かと思ったけれど、どうやら違うみたい。


「子供、ですか。……そうですね。まぁ、機会があればそういうことも有り得ますね」

「ふーん。あんまり乗り気じゃないんだ?」


 その問いかけには、何も答えなかった。

 というより、答えられなかった。

 アスヴァレンも返事を期待していたわけじゃないのか、「さてと」と言って空になった皿をテーブルからティーワゴンへと移す。


「お喋りは終わりにして、今日の授業を始めるよ」

「……お願いします」

 名状し難いモヤモヤとした感情を抱え、かと言ってそれを言語化することもできないまま、一先ず日課をこなすことにした。




 そして、とうとうその日がやって来た。

 私は自室にて、そわそわと落ち着かない気分でその時を待つ。

 つい先ほど、アスヴァレンが顔を覗かせて「今からクラヴィスのところに行くから、適当に時間を見計らって侵入して」と伝えた。そろそろ頃合いだろうか。


 私は深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着け、クラヴィスの部屋へと向かうことにした。

 これから実行する計画に備え、今日の私は装飾の少ない動きやすさ重視のドレスを着用している。

 周囲を慎重に見回しながら、クラヴィスの部屋へと急ぐ。

 幸いにして、誰にも見つかることなく目的地へ到着した。

 部屋の前には、既にマティアスが待機している。

 ということは、クラヴィスは既に行った後だ。


「王女殿下」

「ごきげんよう、マティアス。クラヴィス様は、もう?」

「はい。先ほどお出かけになりました」


 そう答える彼の顔にも、緊張感が浮かんでいる。

 数日前、彼に協力を打診した際に計画内容は伝えて置いた。

 

 詳しいことは言えないけれど、陛下は命の危機に晒されていて、それを回避するために現神使の部屋を検める必要がある。

 と言っても公式的に行うことはできないから、貴方の協力が不可欠だ。

 陛下の命を救うため、どうか力を貸して欲しい。

 以上が、マティアスに伝えた内容だ。

 そして、彼はそれを承諾してくれた。


「では、今から入室します。その間、よろしくね」

「……はい」


 お互いに目を合わせて頷き合う。

 アスヴァレンから借りた鍵を差し込んだところ、小気味いい音が響いた。

 マティアスに見守られながら、素早く入室する。


 入ってすぐの部屋は、私も訪れたことのあるあの部屋だ。

 念のため、室内を見回して誰もいないことを確認する。

 寝室の入り口と思しき扉はすぐに見つかった。

 足音を殺して扉の前まで進み、鍵を開けたところで背後から声が聞こえた。


「ここで何をしているの?」


 心臓が止まりそうなほど驚いた。

 先ほどまで部屋には誰もいなかった筈だ。

 まさかどこかに隠れて……?


 そこまで考えた時、その声に聞き覚えがあることに気付く。

 そうだ、間違いない、この声は……。

 鋭く振り返ると、そこにはあの忌々しい女がいた。

 クラヴィス・クレイスの妄想から生まれた、アトロポス王女。

 けれども、彼女を見た私は改めて驚いた。


「お前……」


 長い金髪を結わえもせずに下ろしたままで、その頭上に小さなティアラを戴いている。

 躑躅色のドレスは、私には酷く下品に思えたけれど、まぁ見る者によっては「高貴な王女」と評することもあるのだろうか。


 いや、装いそのものは前に見た時と変わっていない。

 変わったのは、彼女の存在感だ。

 以前は幽鬼のように朧気な存在だったのに、今では一見すると生者と変わらない。

 大きく目を見開いてアトロポス王女を眺めていた私だけど、すぐに我へと返った。

 アトロポス王女がいようとも、成すべきことに変わりはない。


「お前には関係のないことよ」

「その扉を開けた時、貴女は目を背け続けて来た真実を目の当たりにすることになるでしょうね」


 相変わらず意味不明なことを並べ立てるアトロポス王女を無視して、寝室へと入った。

 予想していたことだけど、クラヴィスの寝室は夢の中で見たあの部屋と全く同じだった。

 違いと言えば、今は色彩を感じられること。


 その時、視界の端で動くものを見つけた私は再び息を呑んだ。

 慌ててそちらを、つまり寝台を振り返った時、衝撃のあまり頭が真っ白になってしまう。


 そこには陛下がいた。

 いや、陛下だけではなくクラヴィスもだ。

 より正確に言うならば、陛下がベッドの上でクラヴィスを組み敷いている。 

 

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