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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第六章
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124話「変化の後の日常」

 陛下の手が、私の右膝の辺りに触れて円を描くように撫でる。

 以前、鈴木サヤカに食い千切られたほうの足だ。

 一糸纏わぬ姿でベッドに組み敷かれた私は、室内の光量も相俟って気恥ずかしさを禁じ得ない。

 もちろん初めてというわけではないのだけど……むしろ、ブラギルフィア国の領土に入ってからは然るべき場所に泊まれるようになったこともあって、毎晩一緒に寝ていた……それはそれ、これはこれ、である。


「あの、陛下、明かりを……」


 本日、この要望を口にするのは二度目になる。

 一度目と同じように、陛下は生返事をした。

 聞き入れてくれる気は、どうやらなさそうだ。

 私が半ば諦観した時、「そういえば」という声が聞こえた。


「マルガレータが触れ回っていたが、美夜は俺を愛称で呼ぶほど懇意らしいな」

「マルガレータが?」


 私はぎょっとして、一瞬、羞恥も何もかも吹き飛んだ。

 お喋りで歩く広告塔のように噂好きな彼女のことだから、直に噂になるだろうと予測はしていたけど、こんなに早く実行に移すとは。

 しかも真っ先に陛下の耳に入ってしまった。

 私は居たたまれなさを覚えて、シーツに頬を押し付ける。


「それは、その……えっと、か、彼女が何か誤解をしているだけと言いますか……」

「そうなのか?」

「あー……いえ……」


 酷く落胆した口調の陛下に、思わず言葉を濁してしまう。

 頬とシーツの間に手を入れたかと思うと、陛下はそのまま私を上向かせた。

 金色の双眸と視線が絡み、決まり悪さを覚えて目だけ動かして明後日の方向へと向ける。


「美夜」

「は……」

「俺の名を呼んでくれ」

「陛下……」


 私を見下ろす顔に、苦笑が浮かぶ。

 頬に添えた手を動かし、パン生地でも扱うみたいにむにむにと頬を捏ねる。


「名前で」


 そう言われて、私の口から溜息とも呻きともつかぬ声が漏れた。

 酸欠になった金魚のように、何度か口を動かした。

 でも、そこから明確な声が零れることはなかった。

 やがて、私は首を左右に振った。


「美夜?」

「……無理です」


 ようやく口に出した言葉は、ふて腐れたような響きを纏っていた。

 陛下は目を瞬かせた後、再び苦笑した。


「……そうか。では、仕方がないな」


 意外なことに、彼はあっさりと引き下がった。

 こういう時の陛下は、かなり諦めが悪く食い下がってくる。

 拍子抜けする私に、彼は穏やかな口調で言った。


「そう呼べるようになるまで、少しばかりお仕置きが必要かな」

「え……」


 思わず絶句した。

 お仕置き、この状況でそれが何を意味するのかわからないほど馬鹿でも子供でもない。

 そして、ここ数日のことを思えば、及び腰になってしまうのも無理からぬこと。

 何と言うか……彼は、時と場合と状況によって性格がかなり変わってしまうのだ。

 早い話が、ベッドの上では。


 私は視線を彷徨わせた後、「お手柔らかに」というだけで精一杯だった。

 ……因みに、「仕置き」は効を成さなかったようで、この夜も私が陛下を名前で呼ぶことはないまま終わった。






初夏の風が吹き、草木を、私の髪を揺らす。

 吹き抜ける風さえも、王城内の庭で感じるそれとは何だか異なる気がする。


 私は今、王城から馬で小一時間ほどの、街道からやや離れた草原にいる。

 この付近に綻びが発生した気配を察知して、それを閉じるべく赴いた。


 陛下を含む数名の騎士たちに見守る中、私は意識を集中させて綻びの位置を探る。

 最初に綻びを見つけた時より、格段に感覚が鋭くなっているようで、それは難なく……とは言わないまでも、見つけることができた。


「ありました。ここです」


 二人の巫祈術師……いずれも母と同じかもう少し年嵩の女性だ……が、私の指し示したほうへと視線を向ける。

 目を細め、暫く無言でその空間を見つめた後、息を呑む音が聞こえた。


「こ、これは……! 確かに……」


 驚嘆を多分に含んだ声に、私は冷めた満足感を覚えた。

 ほらね、私の言った通りでしょ?

 これでで何度目よ?

 まだ二度目だったかしら?

 どっちにしても、いい加減学習しなさいよね。

 そんな内心はおくびにも出さず、花のかんばせに無垢な笑みを浮かべて肩を竦める。


「すぐに見つけることができて、良かったです。小さな綻びでも、広がる時はすぐに広がってしまいますから」


 二人の巫祈術師が私の言葉を肯定したことで、周りの騎士たちからも感嘆を込めた響めきが起こる。

 私は、ともすれば緩みそうになる表情筋を宥めながら、あくまで表面上は綺麗な笑顔を絶やさない。


「何をニヤニヤしてるんだい?」


 私の隣に歩み出たアスヴァレンがそんなことを言った。

 他の者に聞こえない程度に声のトーンを抑えている辺り、最低限の配慮はあると見做すべきか。


「アスヴァレン様、お忙しいところご同行いただきありがとうございます」


 私が得も言われぬ花のかんばせを向けると、親愛なる兄上は何故か顔を引き攣らせた。

 視線を明後日の方向に彷徨わせながら、弱々しく首を左右に振る。


 ごめん、僕が悪かったよ、口だけを動かしてそう伝えると、そのままそそくさと離れて行った。

 私は勝利の余韻を感じながら、その花のかんばせを今度は巫祈術師たちへと向ける。


「恐れ入ります。それでは、綻びを『閉じて』いただけますでしょうか。必要とあらば、私も協力いたしますが」


 私はここまで十分働いたでしょう。

 だって、貴女たちときたら、高位の巫祈術師の癖に城壁からそう離れていない綻びさえ見落としていたのだもの。

 ま、代わりに私が見つけたけれど、せめてここからは貴女たちがやりなさいよ。


 美少女の笑顔の裏に隠れた黒い感情に気付きやすいのは、やはり男より女である。

 彼女たちがそれを読み取ったのか、それとも稀少な巫祈術師矜持故かはわからないけど、少しばかりむっとした表情を見せた。


「素晴らしいですわ、王女殿下。とても優れた目をお持ちなんですね」

「ここからは、どうか私たちにお任せください」


 後半の言葉は、私にというより陛下に向けた言葉のように思えた。

 ふーん、自分たちより優れた巫祈術師(しかも比類なき美少女)の登場に焦りを覚えて、陛下に「できる女」アピールしておこうというわけね。


 彼女たちは声を合わせて、不思議な詩を紡ぎ始める。

 同時に、二人の手の間に光の粒が集まって糸のような形状を取り始める。

 暫くその様子を眺めていたものの、段々と飽きてきた。

 その時、一人の騎士が私に声を掛けた。

 彼に促されて振り返ると、少し離れた場所に簡易休憩所が建っていて、思わず目を丸くした。


「どうぞ、こちらへ」

「まぁ、いつの間に?」

「組み立てるのはすぐなんです。近場だということで、大した用意も持たないまま出て来たものですから、こんな粗末な場所で申し訳ありません」


 と、言葉通り申し訳なさそうに話す彼に、私は大きく目を見開いてみせた。


「いいえ、とんでもない。重かったでしょうに、わざわざご用意していただいたのですね。皆様のお心遣いに感謝いたします」


 その騎士に大輪の花のような笑顔を向けた後、他の者にも一人ずつ視線を向けていく。


「ここまでご同行いただき、ありがとうございます。皆様がついていてくださるお陰で、私たちは務めに専念できるのです」


 私たち、と複数形にすることで私以外の巫祈術師も立てておく。

 私に感謝の言葉を向けられた騎士たちは、皆、一様に沸き立った。


「微力ながら、どこまでもお供いたしますよ!」

「女性の身でありながら、壁外にまで赴かれるなんて頭が下がる思いです」

「我らブラギルフィア騎士団、全力で王女殿下をお守りいたします!」


 私は表面上は艶然と微笑みながら、心の中では高笑いしていた。

 誰もが私に夢中のようだ。

 まぁ、当然と言えば当然だろう。

 何しろ私は、彼らが心より慕うエレフザード陛下の婚約者にして、錬金術師アスヴァレンの妹にして、姫神テオセベイアの孫娘なのだから。

 ましてやこの美貌、高雅さこの上ない立ち振る舞いに洗練された身のこなし、どれをとっても完璧だ。


 私たちがブラギルフィアへと帰還してから、そろそろ一ヶ月近くが経過した。

 その間は、はっきり言って飛ぶように時間が過ぎた。

 先ず、陛下の婚約発表があり、多くの国民を驚かせた。

 けれども、実に腹立たしいことながら、相手が神使クラヴィスだと思った者も少なくはなかったみたい。


 陛下の婚約者が、テオセベイアの孫娘だという声明を受けた民たちは、心の底から驚き、また、彼女の神性を受け継ぐ者の帰還を大いに喜んだ……かと言うと、そうでもない。

 半信半疑、といった様子だ。しかも、どちらかと言うと疑に傾いている。

 私の出生について、陛下は限りなく真実に近いことを公の場で話したけれど、それでもやはりそう簡単には受け容れられないようだ。


 信用は一朝一夕で勝ち取れるものではなく、徐々に築いていくしかない。

 そのための一歩が、綻びの修復である。

 先ず、私は城下町にある綻びを発見した。まだ小さいものだったけれど、閉じておくに越したことはない。

 これらの一連の仕事は、陛下の許可を得た上でお忍びという形で行った。その後で、陛下が家臣たちにに私が行ったことを報告したものの、誰もが困惑気味だったという。


 ……無理もない。宮廷巫祈術師も含め、誰もが気付かない綻びを「閉じました」と言っても、その功績を証明する術はない。

 私が自室にて悔しさに歯噛みしている時、それは起きた。

 つまり、またしても意識だけが肉体の外へと「出て」しまったのだ。

 それをきっかけに、意識だけを肉体の外に飛ばすコツのようなものを掴んだ。そして、私の目の精度は肉体を脱いだ状態のほうが一層増す。

 そう、王城から離れた場所の綻びさえ見つけられるぐらいに。


 城下町の次に見つけた綻びは、首都から北へと馬で二日進んだ距離に位置する農村だった。

 陛下に話した結果、翌々日にその場所へと出立することになった。

 私だけで事足りるのに、二人の巫祈術師を同行させることへの疑問はあったけれど、今になってその理由がわかった気がする。

 つまり、既に信用を得ている巫祈術師を立ち会わせることで、私の力を証明するためだ。

 実際、二人の巫祈術師も、私が二度に渡って離れた場所の綻びを発見したとなれば、そろそろ信用せざるを得ない。


 騎士たちのほうは、もっと素直だ。

 彼らは初めから陛下の婚約を純粋に喜んでいた。

 しかも、未来の王妃殿下は美しいだけではなく心優しい女性で、その神性を目の当たりにしたとなれば、好感度がうなぎ登りになるのも必然というもの。


「お前たち、そろそろ彼女を休ませてさしあげろ」


 やんわりと騎士たちに言ったのは、エレフザード陛下本人である。

 彼は穏やかな表情で私を見つめると、そっと肩を抱いて簡易休憩所へと促した。

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