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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第六章
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120話「熟考を重ねて」

 クラヴィスのことは腹が立つけれど、そういう事情なら仕方ない。

 あの女の幸せな余生が陛下の望みなら、私はそれを許すことにしよう。

 あの女はともかく、陛下には疾しいところなど全くないのだから。


「承知いたしました。……私も、これまで大変な思いをされたクラヴィス様が、今後は穏やかな日々を過ごしていただければと思います」

「美夜は優しいな」


 陛下は、そう言って柔らかく微笑んだ。

 この場にアスヴァレンがいたなら、苦虫を噛み潰したような顔をしたに違いない。

 クラヴィスのことについて、とりあえず受け容れたものの、そうすると別の疑問がいくつか浮かんで来る。

 個人的な好き嫌いを抜きにしても、あの女は何だか怪しい。


「そういえば、発作がどうとか仰いましたが、その発作というのは……」


 以前、私がクラヴィスと対談した時、彼女の容態が悪くなったことがあった。

 発作とはああいうことを指すのだと思っていたけれど、今日の話を聞いた限りではもっと大事のようにも思える。

 私の言葉に、彼は「ああ」と呟いて目を伏せた。

 その目元には憂いが浮かんでいて、何だか常よりも色気が増すような……いや、何でもない。

 内心でどきりとしながらも、相手の言葉に耳を傾ける。


「通常の発作なら特に問題はないのだが、時折、より強烈な発作に見舞われることがある。その際には死者が出る恐れもあって、俺自ら向かうことにしている。遠征中は、医師のみならず高位の治癒師や神官に数名に滞在してもらったが、彼女たちも多忙な身だからな。あまり長期間拘束するわけにもいかない」

「彼女たち……ということは、大半が女性なのですか?」

「ああ。美夜に治癒の儀を行った時に協力してもらった治癒師が二人いただろう? 彼女たちにまた協力を仰いだ」


 私の脳裏に、治癒の儀の時の光景が浮かび上がった。

 あの時、儀式の場に居合わせたのは陛下とアスヴァレン以外は女性ばかりだった。

 私のプライバシーへ配慮した措置でもあっただろうけど、強力な変成術の使い手は女性が多いと聞く。

 そして治癒師も変成術師の一種だ。


「その、強烈な発作とはいったいどのような……? しかも死者が出る恐れとは、穏やかではありませんね」

「そうだな……まるで人が変わったような、あるいは何かに取り憑かれたような様相を見せる。ほら、ニホンにいる時に見たエイガで、いくつかそういう場面があった筈だ。悪魔や人形に取り憑かれた者に、エクソシズムを術を施していただろうだろう」

「ああ……」


 それを聞いて合点がいった。

 長瀬先生、もといアルヴィースに用意してもらったあの家には大きなテレビがあり、動画配信サービスも契約済みだった。

 理想的な視聴環境が揃っているのを良いことに、陛下と一緒に様々な映画を観たものだ。

 陛下はあまりホラーの類が好きではないようだったけど、私が一人で観ようとすると必ず一緒に観たがった。


「咳が止まらなくなったりするのは、通常の発作だ。問題は、そこから特殊な発作に移行する恐れがあること。初期段階としては、忙しなく動き回り、独り言を呟くようになる。もしかしたら幻覚や幻聴……あるいは彼女にしか視えないものを視ているのかもしれない。徐々に金切り声を上げ、暴れ出すようになる。そうなる前に、治癒のマナの力を借りて彼女の精神に働きかけるという対処法を用いているが……」


 そこで言葉を切ると、物憂げに嘆息した。


「クラヴィスは、生来よりあまり身体が丈夫なほうではない。変成術による治癒は対象者の治癒力に働きかけるというもので、クラヴィス自身も疲弊させてしまう」

「そこで、あの薬……麻酔薬のようなものの出番なのですね」

「そういうことだ」


 頷く陛下に合わせて、私も相づちを打った。

 にしても、と思う。

 幻覚を見て独り言を呟く、金切り声を上げる、一人で暴れ出す……まさしくホラーの定番とも言える悪魔憑きの特徴そのものではないか。

 まさか、彼女には何かが憑いている?


 私が見た限りでは、特にそういう症状は現れていなかったものの、十分に頭のおかしい女だった。

 あれも、悪魔憑き……あるいはそれに類する症状の一種なのだろうか。


「そういえば美夜、クラヴィスの部屋で何かに話しかけていただろう? あれは……」

「えっと……」


 陛下からの問いかけに、思わず口籠もってしまう。

 アスヴァレンには話したけれど、陛下に彼女のことを話すのは気が引ける。

 何しろ、本物のアトロポスは王女ではなく王子なのだ。

 アトロポス王女について……そう名乗る者について話すということは、弟の存在を否定してしまうようで何だか嫌だ。

 その時、扉を叩く音が聞こえた。


「やっほー」


 気の抜けた物言いと共に現れたのは、アスヴァレンだった。

 彼は大きく息を吐き出すと、私の向かい側の長椅子にその痩身を投げ出した。


「神使の症状は、ようやく落ち着いたよ」

「悪いな、アスヴァレン。お陰で助かった」

「ううん、いいんだよ。それに、今日はエルが神使を沈静化してくれたお陰でいつもより楽だったよ。……やっぱり、彼女を手に負えるのはエルだけなのかなぁ」


 アスヴァレンは、常通りにへら~と笑って言葉を紡ぐ。

 けれども、後半の言葉は嘆息混じりだった。


「……なるべくは、彼女の近くにいることにしよう」

「陛下が側にいると、やはり違うのですか?」


 可能な限り平静な口調で、さり気なさを装ってそう尋ねると、陛下の代わりにアスヴァレンが頷いた。


「うん。エルと一緒にいる時は起こったことがないね」


 それを聞いた私は、妙だなと感じた。

 陛下が側にいれば発作が起きないとは、いったいどういうことだろう。

 普通の発作とは異なる……悪魔憑きのような症状だと言うけれど。

 ふと、私の脳裏にアトロポス王女の姿が過った。

 それと同時に、先ほど陛下から受けた質問を思い出した。

 私は暫く逡巡した後、陛下へと向き直り口を開く。


「陛下、先ほどのご質問の答えなのですが……」

「ああ、うん」


「その……俄には信じられないかもしれませんが、アトロポス王女を見ました。先ほどクラヴィス様の部屋で見た他、その前に私の部屋でも。陛下がいらっしゃる少し前ですね」


 その言葉を受けて、陛下は少しだけ目を見開いて私を見つめる。

 そのまま一拍置いた後、静かな声で「そうか」と言った。


「アトロポス王女というのは、クラヴィスが大事にしている人形だったな」

「はい。その、何と言いますか、例の人形が人間となって私の前に現れたとでも言いましょうか」


 言葉を紡ぎながら、段々としどろもどろな口調になってしまう。

 自分で言っていても訳がわからないのに、果たして陛下はどう受け止めるのだろう。

 アスヴァレンだって半信半疑の域を出なかったのに。


「見間違い、あるいは寝惚けて見た白昼夢と思われるかもしれません。ですが、私は確かにこの目で視たのです」


 当て擦りのように、わざとアスヴァレンの言葉を借りて言った。

 案の定、アスヴァレンは面白くなさそうに口をへの字に曲げている。


 何はともあれ、陛下に伝えてしまった以上、自分の発言をなかったことにはできない。

 後は彼が私の発言をどう判断するかだ。

 ちらりと視線だけで覗うと、陛下は神妙な面持ちで思案している最中だった。


「……もしかすると、クラヴィスにも同じものが視えているのかもしれない」

「え?」

「は?」

 意外な反応に、思わず上擦った声を上げてしまう。しかも、私だけではなくアスヴァレンもだ。

「だとすると、『彼女』がいったい何者なのかということが鍵になるな」

「えー、えっと、エル? 美夜の話を全面的に信じるのかい?」


 そう言ったアスヴァレンは、引き攣った笑みを浮かべている。

 そんな彼を、陛下は怪訝な顔で振り返った。


「当たり前だろう? 美夜がそんないい加減なことを言うわけがない」


 思わず胸の奥がじんと熱くなった。

 それから陛下は私へと視線を移し、やや躊躇いがちに続ける。


「美夜は、口が重い上に矜持が高いからな。熟考を重ね、口に出すべきだと判断したことしか言わない」


 そう言われて面食らってしまう。

 確かに思い当たる節がいくつもある。


 実際、アトロポス王女が部屋に現れたことも陛下にはすぐ伝えようとしなかった。

 見透かされていることに決まり悪さを覚えないでもないけれど、それだけ私のことをよく見て理解してくれているとも取れる。


 アスヴァレンが「それもそっか」と感心したように言った。


「なるほど、確かにエルの言う通りだ。さすがはエルだ、相手のことをよく見てるね」


 私はと言えば、敢えて否定も肯定もせずにおいた。


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