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第82話 花火大会の誘い

「早乙女さんは、小説と漫画の媒体の違いで説明してくれたよ」


 柚木さんがきょとんとする。


「小説と漫画の媒体の違い、ですか?」


「うん。漫画って、描くのに時間がかかるでしょ。漫画は絵を描かないといけないし、こま割りとか吹き出しとか、他にも気にしないといけないものがたくさんあるから」


「あっ、そうですよね。小説で書くのは文章だけですから、漫画よりも時間はかからないですっ」


「そう。同じ時間でも、小説の方がたくさん作品をつくれるんだ。だから俺たちは、たくさん小説を書いて、数で勝負した方がいいんだよ」


「そうだったんですか。すごいですねぇ」


 柚木さんが、ぽかんと口を開ける。


「文化祭の勝負が、すごく現実的になってきました。勝つのなんて、絶対に無理だと思ってたのに」


「俺もそう思ったよ。今日、早乙女さんに小説を読んでもらったのは、すごく効果的だったんだ。文化祭まで、時間も充分にあるし」


「そうですよね。文化祭の直前だと時間はありませんけど、今なら充分に間に合いますっ」


「だから、文研の全員で小説を書くように、先生を説得するよ。あと、早乙女さんから追加で言われちゃったんだけど、俺たちはもっと小説を書いた方がいいって」


「えっ、他にも書くんですかっ!?」


 柚木さんがいきなり大きな声を出したので、店内の客が一斉に俺たちに振り返った。


 柚木さんが焦って縮こまる。


「す、すみませんっ!」


「いや、だいじょうぶだから。びっくりさせてごめん」


「はい。でも、本当ですかっ? わたし、あの小説を書くだけでも大変だったんですけど」


「それは俺も同じだよ。でも早乙女さんがさ、お前らだったら、もっと書けるだろって言うからさ。やるしかないのかなって思って」


「もう、なんなんですか、あの人は。わたしたちにひどいことばっか言ったり、無茶ぶりばっかして。あの人、やっぱり嫌いですっ」


 柚木さんが赤面しながら、頬をぷくっとふくらませる。


「まあまあ。そう言ってくれるっていうことは、俺たちのことを少しは認めてくれてるっていうことだから、あんまり怒らないで」


「そうなんですか?」


「そうだよ。じゃなければ、もっと書けなんて言わないよ。俺たちの力を買ってくれてるから、そう言ってくれるんだよ」


 柚木さんは、不満げに口をとがらせているが、


「先輩がそう言うんでしたら、がんばってみます。でも、あんまり期待しないでくださいよ。わたしは先輩と違って、パソコンを使うのが遅いんですから」


 俺の提案をしぶしぶ引き受けてくれた。


 カフェで今後の話をまとめてすぐに切り上げようと思っていたのに、気づけば一時間以上も柚木さんと話し込んでしまった。


 陽はまだ暮れていないけど、そろそろ帰らないと夕食の時間に間に合わなくなってしまう。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか」


「はいっ」


 ストローを銜えて、カフェモカの残りを一気に吸い込む。


 甘めのエスプレッソに、チョコレート特有のほろ苦さが口に溶け込む。


 柚木さんを連れてカフェを後にする。外の日差しは相変わらず強い。


 うだるような暑さで、衣沢駅の屋根がいくらか曲がっているような気がする。


 シャツの胸もとを前後に動かして、汗ばむ身体に風を送る。


「先輩っ」


 駅の改札の傍で、柚木さんに呼び止められた。


「どうしたの?」


「はい。あの、十八日って予定ありますか?」


 十八日? なんだろう。予定は特にないけど。


 スマートフォンのカレンダーで曜日を確認する。


「十八日は来週の金曜日だね。たぶん空いてるよ」


「本当ですかっ?」


「うん。どこか行きたいところでもあるの?」


「はいっ! 巴山市はやましの小間川で花火大会がありますので、行ってみたいなと思いまして」


 花火大会っ! そういえば、この時期に開催されるんだっけ。すっかり忘れてた。


 花火大会と言えば、浴衣。女子は、白やピンク色の可愛い浴衣に着替えるんだよな。


 浴衣はスカートが短いわけでもないし、身体のラインがきれいに見えるわけでもないのに、どうしてあんなに可愛いんだろう。


「先輩?」


 柚木さんが浴衣を着ている姿を想像してみる。いい。非常にいい。


 大人しい彼女に、白の浴衣がぴったり似合っている。


「いいね、花火大会。ぜひ行きたいよっ」


「そうですかっ。よかったです」


「他には、だれか連れてくの? 部長とか?」


「いえ。ひなちゃんの予定を聞いてほしいんです」


 その言葉にはっとした。


「合宿が終わってから、わたしはうちでずっと執筆していましたから、ひなちゃんに会いたいんです」


「そうだったんだ。でも、それなら、あいつに電話でもすればいいのに」


「そうなんですけど、この前に遊ぶのを断っちゃってから、なんとなく電話しずらくなっちゃって」


 比奈子も、柚木さんに誘いを断られて不満そうにしてたっけ。


 電話しろと言ったのに、全然しないんだもんな。


 柚木さんが不安そうに俺を見つめる。


「お願いしてもいいですか」


「俺は別にかまわないよ。ひなもきっと喜ぶよ」


「だといいんですけど」


「すまないね。あいつのために気を遣わせちゃって」


「いいえ。ひなちゃんにはいつもお世話になってますから」


「そんなことないでしょ。世話になってるのは、どっちかって言うと俺たちの方じゃないかな」


 柚木さんが、すぐにかぶりを振った。


「い、いいえっ。ひなちゃんはわたしのことをいつも気にかけてくれますから。この前だって、きっとそうだったのに」


 女子の関係って複雑なんだな。親友同士でもこんなに気を遣ってるんだから。


 男だったら誘いを断られてもなんとも思わないけどな。


「ひなには予定を聞いておくから。じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」


「はいっ。今日はありがとうございましたっ」


「来週の件は、ひなに聞いたら後で連絡するよ」


「お願いしますっ」


 俺が改札を通りすぎても、柚木さんはその場で立ち止まって俺を見送ってくれた。


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