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第68話 柚木さんと比奈子の三人で鎌倉観光

 鎌倉と言えば、大仏だ。


 江ノ電のゆったりした流れに揺られること、数十分。


 長谷駅で降車して、大仏のある高徳院へ向かう。


「このお寺に大仏があるんですね」


 高徳院の仁王門を、柚木さんが感慨深げに眺める。


 真っ白な石畳が俺たちの足もとから伸びて、門の中心を突っ切っている。


 自然の溢れる境内の真ん中に、仁王門が悠然と佇んでいる。


 仁王門の赤い柱が、鮮やかな色を放っている。


 その派手な色は、まわりの自然を阻害せずに調和しているから不思議だ。


 柱も荘厳な屋根も、最近に建てられたんじゃないかと思ってしまうほどにきれいだ。


「にい。早く行くよっ」


 比奈子が、柚木さんの手を引いて門を潜っていた。


 門の両脇に、阿吽の仁王像が飾られている。どちらの像も、灼熱のように真っ赤だ。


 仁王門を越えると、青と緑を混ぜた色の仏像が眼前にあらわれた。


 縦に整然と伸びる石畳の終点に、大仏が佇んでいる。


 石の広い台座に胡坐を掻いて、腰の前で両手を組んでいる。


 巨大な身体は、熊のように丸い。


 仁王門と違って、大仏は歴史を感じさせる佇まいだ。


 全体的に砂埃で汚れ、あちこちに風化が目立つ。


 像の原型は留めているけど、長い月日の流れに疲れ果てている印象を拭うことはできない。


 いや、それ以前に――。


「大仏って、思ってたよりも大きくないね」


「それは言うなっ」


 比奈子を注意しながら、内心で強くうなずく自分がいる。


 中学校の修学旅行で見た奈良の大仏は、一目で、あっと驚いてしまうくらいに大きかった気がするんだけどな。


 柚木さんもパンフレットを持つ手を、だらりと下ろして、


「もうちょっと、大きいのかなって思ってたけど、予想してたものより小さいよね」


 残念そうに言葉を漏らした。


「でも、一般的な仏像よりも断然大きいから、やっぱり、すごいんじゃないかな」


「あっ、そうですね。なんというか、荘厳な感じがします! 顔なんかも、よく見るときれいですしっ」


 柚木さんは、少し焦った感じで褒め言葉を探すけど、


「そうかなぁ。奈良の大仏の方が、全然大きいじゃん」


 比奈子が悪びれもせずに本音をぶちまけたから、後ろで仲睦まじく大仏を眺めていた老夫婦から睨まれたぞ。


「ひなちゃんっ」


「ええっ、だって、思ってたよりも大したことなかったんだもん。修学旅行じゃないんだから、別にいいじゃん」


「そうだけど」


 柚木さんが気まずそうに俺を見やる。


 柚木さんは、俺が大仏に感動してると思ってるのかな。比奈子と同じ考えなんだけど。


 何気なく大仏の後ろへまわって驚いた。


 大仏の背筋のところに、ふたつの大きな窓が開いている。


「ひな、こっちに来てみろよ。背中に窓がついてるぞ」


「えっ、マジ!?」


 比奈子が駆け寄って、大仏の背中を見上げる。


「あ、ほんとだっ。なにあれ!?」


「俺も、あんな窓がついてるなんて知らなかったよ。なんで、背中に窓がついてるんだろうな」


「なんでだろうね。背中をブラシで掃除するため?」


 その割りには、背中がすすみたいなもので汚れまくってるぞ。


「窓があっても、ブラシじゃ掃除できないだろ」


「む。じゃあ、なんであんなのが背中についてるのよ。僕にわかるように教えなさいよっ」


「知るかっ。俺が教えてほしいくらいだ」


 可愛らしい柚木さんと違って、比奈子は俺に容赦がない。


 俺と比奈子が下らないことで言い争っているのを見て、柚木さんが笑った。


 大仏の観光は、こんなもんかな。高徳院の境内で、他に観るものはなさそうだし。


「柚木さん。次はどこに行くの?」


「あ、はい。ええとですね。鶴岡八幡宮がいいと思うんですけど」


「鶴岡八幡宮?」


「はい。鎌倉で、大仏と同じくらいに有名な神社なんです。わたしも、そのくらいしか知らないんですけど」


 柚木さんが、旅行雑誌を広げながら教えてくれる。


「先輩は、どこか行きたいところはありますか?」


「いや、特には。鎌倉に何があるのか、よく知らないから」


「そうですよね。この本を買って調べるまで、よく知りませんでしたしっ」


 柚木さんが雑誌で口もとを隠して笑う。女の子らしい仕草にどきっとする。


「その本は自分で買ったんだね。先生に言えば、部費で落とせるよ」


「そうなんですかっ? あ、でも、自分で勝手に買った本ですから、部費は使えませんよ」


「必要経費っていうやつだよ。合宿で効率よく活動するために買ったものだから、遠慮しなくていいんだよ」


 柚木さんにとっては思わぬ提案だったのか、どうしたらいいか、わからずに困惑していたが、


「そうですね。わかりましたっ。先輩がそう言ってくれるんでしたら、先生に相談してみますっ」


 俺の提案を受け入れてくれた。


「それでいいよ。先生に言いづらかったら、俺からそうしろって指示されたって言えばいいから」


「はいっ」


「にいっ」


 長谷駅に向かっている後ろから、比奈子の弱々しい声が聞こえた。


 振り返ると、比奈子がだらしない体勢で足を引きずっていた。


「どうした」


「あっついよ。喉渇いたっ!」


 暑いから休憩したいのか。今日は昨日に増して蒸し暑い。


「今日も暑いからな。コンビニでジュースでも買うか」


「やったあ!」


 比奈子が諸手を挙げて喜んだ。


 近くのコンビニを探して羽根を休める。


 真夏のコンビニは、冷凍庫のように涼しい。天国みたいだ。


 百円の安いシャーベットを買って、店の前で三人並んでカップの蓋を開ける。


 メロン味のシャーベットを、スプーンで掬って口に頬張る。


 極寒の空気が、蒸し暑い口の中を癒してくれる。


「ああ、冷たぁいっ」


「暑い日に食べるアイスって最高だよね!」


 比奈子と柚木さんも、シャーベットの冷たさを堪能している。


「飲み物で水分補給をするのもいいけどさ、夏はシャーベットを食べるのが一番だよ。水分といっしょに糖分も補給できるから」


「あ、そうですよね。シャーベットって氷だから、食べたら水分が補給できますね。先輩はそこまで考えて、買い物をしてたんですねっ」


 そこまで厳密に考えてたわけじゃないけど。


「そうだね。冷たいから食べてて気持ちいいしね」


「はいっ」


「ええっ。にい、ほんとにそこまで考えてたのぉ?」


 比奈子が、柚木さんの陰でほくそ笑んだ。


「なんだよ。俺を疑ってるのか?」


「疑ってるっていうか、単にアイスが食べたかっただけでしょ?」


「そんなことはない。俺は美味しさと効率性を考えて、これを選んだんだよ」


「ほんとかなぁ。めっちゃ怪しいんですけどっ」


 比奈子が、にやりと口をゆがめる。


 いちご味のシャーベットを俺に見せつけて、


「これも部費で落ちるんだよね」


「落ちるわけないだろ。自分で買った分は自分で払え」


 ちゃっかり俺に提案してきやがったから、俺はきっぱりと言い返した。


「ええっ。これも必要経費なんじゃないの? 真夏の合宿の水分補給は必須でしょ」


「あのなあ。そんなことを言い出したら、なんでも必要経費になるぞ。百円くらい、自分の財布から出しなさいっ」


 まったく、こいつは。油断も隙もあったものじゃない。


 比奈子はべえと舌を出して、


「ふんっ、にいのけち! あいりちゃんに言って、なんとかしてもらうもんねえだっ」


 悪がきのような態度で対抗してきたから、柚木さんがプラスチックのスプーンを落としそうになるくらいに笑った。


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