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第66話 伝説のネット小説家

 部長が、うふふと笑って俺の肩を叩いた。


「そないに落ち込まいで。副部長を辞めさせられても、学校は卒業でけるさかい」


「無責任なことを言わないでくださいよ。部長だって、部長を辞めさせられちゃんですよ」


「うちは辞めてもええけどなぁ。むなくんが部長になってくれるし」


「俺は副部長を辞めさせられるんだから、部長になんてなれるわけないでしょ」


「あっ、そやなぁ」


 部長が、狐塚先輩の捨てたブレザーを抱えながら、呑気に言った。


 気を取り直して、江の島の展望灯台へ向かう。エレベーターで展望台まで上れる。


 展望台から青い海が一望できる。


 快晴で見晴らしがいいから、神奈川の町並みがよく見える。


 本州から江ノ島弁天橋と、となりの江ノ島大橋が伸びていた。


 そんな景色を眺望しても、俺の気持ちは晴れない。


 空は雲ひとつないのに、俺の心は曇り空よりも暗い。曇りどころか大雨だ。


「すっかり元気がなくなってしもたなぁ」


 展望台の手すりにもたれる。狐塚先輩に会ってから、身体がずっと重い。


「すみません。旅行中なのに、みっともないですね」


「むなくんが、こないなに落ち込む姿を見るんは初めてやなぁ」


「そうですか? 割と頻繁に落ち込んでるんですけどね」


「むなくんは、感情を面に出さへんからなぁ」


「部長だって、感情を面に出さないじゃないですか。ご自分のことを棚に上げないでくださいよ」


「そないつもりじゃなかったんやけどもな」


 部長も手すりに手をついて笑った。


 右手をぐっとにぎりしめる。狐塚先輩を超える文章力と技術力があればいいのに。


「部長は、泉京屍郎っていう人を知っていますか?」


「泉京屍郎? だれや、その人」


 部長が眉尻を少し下げる。


 ズボンの左のポケットからスマートフォンを取り出して、ネット小説のトップページを表示した。


「この人です。日間ランキング一位の小説を書いている人が泉京屍郎です」


 泉京屍郎は、現在のネット小説家できっと一番有名な人だ。


 二年前にネット小説「異世界アイドル48」で彗星のごとくデビューし、現在もネット小説の日間ランキング一位を保持している、すごい人なんだ。


 ネット小説はほとんど読まないけど、この人の作品は、いくつか読んだことがある。


 率直に思ったことは、この人はプロなんじゃないかということだ。


 なんとなく人を食ったペンネームからは想像できない文章力と技術力を持っている。


 発想は流行と奇抜さをうまく融合させ、ネット小説の若い読者層の心を捉えている。投稿の量やペースも申し分ない。


 さらに、いくつもの出版社からスカウトされているという伝説さえ持っているのだから、ネット小説の界隈で神と崇められるのは当たり前なのかもしれない。


 部長は俺のスマートフォンをとって、ブラウザを細い人差し指で何度かスクロールさせて、


「なんか、いかにもネットのペンネームって感じやな」


 興味なさげにつぶやいた。


「そうですね。屍とか使うところが、特にそれっぽいですね」


「京屍郎ってゆうんやさかい、男なんやろ?」


「さあ、どうなんですかね。ネットの世界では、性別をごまかす人が多いですから、断定はできないんじゃないですか?」


「そうなんか」


 部長が泉京屍郎の小説を読み耽っている。


 俺は身体の向きを変えて、手すりに背中をあずけた。


「その人は、実はプロの小説家なんじゃないかって、噂されている人なんですよ。ですから、俺もその人くらいになれたら、狐塚先輩に勝てるんじゃないかなって思ったんですよ」


「ふうん」


 部長が俺のスマートフォンを返した。


「泉京屍郎やっけ? その人の小説、そないにおもろいんか? うちは、そない思わんけどなぁ」


 えっ、マジすか。


「それなってに技術力はあるけども、こないなん普通よ。人気出てるからって、調子に乗ってるわ。むなくんが前に書いた小説の方がおもろいわ」


「馬鹿なことを言わないでくださいよ! この人の小説の方が何十倍、いや何百倍も面白いに決まってますよっ。だってこの人は、ネットで何度も結果を残してるんですよ!」


「そうかもしれんけどなぁ」


「部長は小説を知らないから、俺に贔屓ひいきしてるだけなんですっ。俺が去年に書いたのは、市販の小説のパクリです。そんな小説が面白いわけがありませんよ!」


 気づいたら俺は、身体を起こして部長に詰め寄っていた。


 まわりの観光客から冷たい視線を浴びせられてしまった。


「ともかく、その人は、俺なんて手が届かないくらいすごい人なんです。それは周知の事実なんです。わかってくれましたねっ」


「むなくんは、かたくなやなあ。むなくんの小説の方がおもろい思うけどなぁ」


 かたくななのは、部長じゃないですかっ。


 泉京屍郎の小説の方が絶対に面白いって、小学生だってきっと知っているのに。


「部長が贔屓してくれるのは嬉しいですけど、何も結果を残していない俺が、泉京屍郎よりもうまいというのは無理がありますよ」


「そうなんかなぁ」


「そうですよ。どうやればこんなにうまい小説が書けるのか、教えを請いたいくらいです。そのくらいにすごい人なんですよ」


 部長は珍しく困惑していた。


 半歩引いて、無言で俺の意見を否定しているように見える。


 部長はきっと、落ち込んでいる俺を励まそうとしているんだな。優しい人だから。


「景色も見飽きましたし、そろそろ一階に下りましょうか」


「そやな。お腹も空いたし、どこぞでうまいもんでも食べようか」


「そうですね。例の蛸の煎餅でも探してみましょうか。ここの近くで売ってますよね?」


「それ名案やな。むなくんうちに奢ってやあ」


「それはだめですっ」


 油断して気を許したら、部長がすかさず抱きついてきた。


 部長はやっぱり部長だ。何を考えてるのか、全然わからない。


 俺は部長を引き離しつつ、エレベーターの下降ボタンを押した。


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