表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/164

第65話 江の島で狐塚先輩がまた襲撃!

「そういえば、江ノ島の食べもんで、たこを丸々一匹つかったお煎餅せんべいがあるらしいわ」


 部長が、ソフトクリームのコーンをかじりながら言った。


「蛸の煎餅ですか? たこ焼きではなくて」


「たこ焼きではおまへんのよ。うちも前に、テレビで見たんやけどもな。なんかこう、蛸を分厚い鉄板で、がっしゃんってプレスしてな、お煎餅をつくるんよ」


 部長が鉄板でプレスする様子を手振りで教えてくれる。


「よくわかりませんけど、動物愛護団体に知られたら問題になりそうですね」


「そやな。生きたまんまかどうかは知れへんけど、蛸を鉄板でつぶしたはるんやもんな。でも、そないなことを言い出したら、うちら、最終的に野菜しか食べられなくなると思わん?」


 部長の言う通りだ。


 俺たちは動物を食べて生活しているのだから、手段はどうあれ、動物の生命を奪っていることに代わりはない。


「料理の仕方はいろいろありますけど、結果的に生命を食べるということに、代わりはありませんからね。動物の命を第一に考えたら、牛肉も豚肉も食べられなくなりますね」


「そやろ? うちも、犬や猫をいじめるんは、よくないと思うけど、動物の愛護と食べもんは、ごっちゃにしたらいけへんと思うわ」


 部長はやはり頭のいい人だ。


 大学で論文が出せそうな問題を、常日頃から考えているんだから。


「蛸をつぶしたお煎餅って、どこで売ってるんやろうな。えらい人にいっぱい文句言われてもええから、食べてみたいわ」


 単に食欲が旺盛なだけかもしれないけど。


「おいっ、お前ら!」


 江島神社の立派な鳥居をしげしげと見上げていると、なぜか怒声を浴びせかけられた。


 声のする方角へ部長とともに振り返る。うちの学校の制服を着ている集団が、道を塞いでいた。


「なんでぇ。鏡花とお前、ええと、名前は忘れちまったが、お前らも江の島に来てたんかい」


 女子高生なのに、この乱暴な言葉遣い。俺はよくおぼえてるぞ。


 彼ら――いや全員女子だから、彼女たちは、五人がそれぞれ胸を張ったり、眼鏡のブリッジに指を押し当てたりしながら、不敵な笑みを浮かべていた。


 五人で横一列に並んでいたら、日曜日の朝に放送している、なんとか戦隊のレンジャーとかみたいですよ。


 その赤レンジャーの位置で聳え立つ狐塚先輩は、今日も肩にブレザーをかけていた。少年のようなショートヘアを海風になびかせながら。


「あんたっ。あんたらも、江の島で合宿をやっとったん?」


「そうだよっ。ま、俺らの勝ちは、もう決まってっから、合宿っつうか、ただの観光なんだけどよ」


 狐塚先輩が強い口調で言い切ると、まわりの気弱そうな部員たちが、けらけらと笑った。


 通行人の邪魔ですから、どいた方がいいですよ。


 狐塚先輩が口にくわえていた爪楊枝を吐き捨てる。


「鏡花。てめえは可愛い後輩を連れて強化合宿か? きょうかだけに」


「あんた、相変わらずお笑いのセンスないなぁ」


「やかましい!」


 狐塚先輩が青筋を立てて怒鳴った。


「へんっ。てめえらが向きになったところで、俺らには勝てねえぜ。今年の漫研は最強だからよ。びびってるんだったら、さっさと兜を脱いじまいなっ」


 狐塚先輩の挑発的な言葉に腹が立つ。


 けれども、漫研の他の部員たちはともかく、プロの世界で漫画を描いているこの人は、間違いなく最強のラスボスだ。


「俺らに恐れを成して逃げるっつうんなら、教頭に言ってやってもいいぜ。ただし、『文研の私たちは漫研に完全に負けました』という横断幕を、学校の屋上から垂らすことになっちまうけどなあ!」


 くっ、公衆の面前でここまで罵倒されて、引き下がれるかっ!


 部長っ、だまってないで、何か言い返してくださいよ!


「たしかに今年のあんたらは、漫研の発足史上最強かもな」


 部長、なんで弱気なことを言うんですかっ。あいつに、ばしっと言い返してください!


「でもなぁ。どこぞの神様のいたずらなのかも知れへんけど、今年の文研も史上最強なんよ」


 そう言って、部長が俺の肩に手を優しく添えてくれた。


 あなたは、何を言ってるんですか。


「はーっ、はっはっは!」


 狐塚先輩が江の島の全土に響き渡るくらいに高笑いをした。漫研の他の四人が、びくりと反応する。


「何を言うかと思えば、そんな坊ちゃんを俺に宛がうのかよ。冗談きついぜ」


 狐塚先輩は、他の観光客から白い目で見られていることに気づかない。


 腹を抱えて笑い転げる姿に、漫研の他の四人も呆れているみたいだった。


 狐塚先輩がすたすたと歩き、部長の前で足を止める。


 さっきまでの人を小ばかにする顔が一変し、目が血走っている。


「なんだぁ? てめえは俺様にびびって引退か? つまんねえ女だぜ」


 制服のポケットに両手を突っ込んで、すごんでいる姿は、まるで田舎の不良だ。


「今年こそ、いい勝負ができると思ってたのによ。こんなところまで来て損したぜ」


 狐塚先輩がくるりと身を翻す。ブレザーに手をかけて、空高く脱ぎ捨てた。


「行くぞ、てめえらっ!」


「はっ!」


 狐塚先輩と漫研の部員たちが、MMORPGの盗賊団のようにぞろぞろと立ち去っていく。


 神社の石段に落ちたブレザーには目もくれず、勇壮な背中を俺に見せつけていた。


「部長。どうして、あんなことを言ったんですかっ」


 部長は、狐塚先輩が捨てていったブレザーを拾った。


「うちは、思ってることを言うただけなんやけどなあ」


 部長は普段のように、あっけらかんとしている。


 ブレザーについた砂埃を、にこにこしながらはたいている。


「俺なんかで狐塚先輩に勝てると思ってるんですか!? そんなの無理だってことは、部長だってわかってるでしょ!」


「そやな。さおたんは今年になってめきめき上達してるからなぁ」


 それなら、なおさら無理じゃないですか。俺を生け贄にしないでくださいよ。


 俺がネット小説家のいずみ京屍郎きょうしろうくらいの実力があれば、狐塚先輩にも勝てるかもしれないのに。


 彼方から聞こえてくる狐塚先輩の高笑いに、拳をにぎって耐えるしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ