第64話 江の島で部長と急接近!?
真夏の低い青天の下に、江ノ島弁天橋がまっすぐ伸びている。
橋には赤い煉瓦が敷き詰められて、黄色の煉瓦がその中央を分断している。
俺たちの前を大学生らしき集団が、にぎやかにしゃべりながら歩いている。
みんなTシャツ一枚のラフな格好で、女子は手提げ鞄を持っている。
カップルや子連れの家族の姿も見える。男だらけの集団も目についた。
海から湿気の含んだ風が吹く。
水分を摂らないと、あっさり熱中症になりそうなくらいに蒸し暑い。
「今日も暑いですね」
となりを歩く柚木さんが、ハンカチで額の汗を拭う。
つばの広い麦わら帽子がよく似合う。
「そうだね。帽子がないと、直射日光がきついよ」
「僕も帽子を持ってくればよかったぁ」
比奈子が、団扇をぱたぱたと扇ぎながらぼやいた。
柚木さんが苦笑して、
「帽子は百円ショップでも売ってるから、買った方がいいんじゃない? 明日も鎌倉でたくさん歩くから」
「そ、そうね。にい、帰りに百円ショップに行こうっ」
「ああ、わかったよ」
強烈な日差しを受けながら、江ノ島へと歩いていく。汗が頬を伝って地面に落ちた。
「この辺でええかしら」
弁天橋を渡りきり、風化の著しい鳥居を見上げて部長が言った。
「ほな、むなくん。みんなによろしゅう」
「わかりました」
柚木さんや上級生たちが、俺と部長を見つめる。
「かねて伝えていますが、ここから自由行動にします。十七時までに集合して旅館へ戻りますので、集合時間に遅れないようにしてください」
「はい」
部員たちが近くの人に話しかけて、思い思いの方へと消えていく。
柚木さんは比奈子に手を引かれて、鳥居の先へ伸びる商店街を上っていった。
「先生が二日酔いにならなければ、俺が指揮しなくてもよかったのに」
「まあまあ。あいりちゃんも女の子なんやさかい、しゃあないわ。明日にジュースでも奢ってもらいましょ」
「そうですね」
ぼけっとしていると、右の肘に手をまわされた。
「なっ!」
部長が、胸を俺の腕に押し付けて、にこりと笑った。
「ほな、むなくん。いっしょに行きましょ」
これはまずい! 部長の豊満な胸の感触が伝わってくる。
俺の腕と部長の胸の間を隔てているのは、薄いシャツ――いやブラジャーもあるか――ともかく、ものすごい柔らかさだっ。
大きなマシュマロみたいな、いや、ふかふかのクッションみたいな感触に、意識が吹き飛びそうになる。
シャンプーの甘い香りが、色っぽさを倍加させてくるっ!
もうだめだっ。あと数秒で俺は部長に悩殺されてしまう!
俺は部長の身体を左手で引き離した。
「なにするんですかっ。やめてください!」
「ほほ。むなくん、顔がまっかっかよぅ」
「か、からかわないでください!」
部長に指摘されなくてもわかる。昨日食べた、たこ焼きのように顔が熱い。
「あんたとひなちゃんは、ほんまにおもろいなあ」
「そういうのは、やめてくださいよ。まわりの人たちだって見てるでしょ」
母親に手を引かれている女の子の、純粋な瞳が怖い。
金髪のイケメンや大学生のカップルから囃し立てられて、俺はどこかのお店に隠れたかった。
「うちは人に見られても、なんともないけどなぁ」
「部長はそうでも、俺やひなは違うんですっ。いい加減にわかってくださいよ」
「わかったから、どこぞに行きましょ。暑すぎてかなんわ」
青銅の鳥居を潜り、商店街の坂道を上る。この通りは、弁財天仲見世通りというのか。
通りは、たくさんの観光客で賑わっている。人が多すぎて、まっすぐに歩けない。
中年太りの男性や、背の高い外国人観光客の間をすり抜ける。
部長は器用に、俺の後をついてきてくれる。
通りの左右には、お土産屋が軒を連ねている。
饅頭などのお茶菓子を店頭に並べるお店。子どもの好きそうなおもちゃを飾る店に目が引かれる。
「どのお店も人でいっぱいやなぁ」
「そろそろ、お昼になりますからね。お店には帰りに寄りましょう」
「そやな」
和食の飲食店のディスプレイに、天丼や天ぷらうどんの食品サンプルが飾られている。
豪華な天丼をお腹いっぱい食べたいけど、俺の小遣いでは注文できない。
飲食店を泣く泣く通りすぎると、部長に右手をちょいちょいと引かれた。
「どうしたんですか?」
「むなくん、あれ食べよっ。あれ絶対においしいわぁ」
感情の変化に乏しい部長が、珍しく狂喜している。
何を見つけたんだ?
部長の指す方向へ目を向ける。視線の先にあったのは、ソフトクリームの形をした古い看板だった。
「むなくん、早うっ」
「わ、ちょっと待ってくださいっ」
部長が待ちきれずに俺の手を引く。
その細くてすべすべした感触に、どきっと心臓が跳ね上がる。
首のあたりで括った部長の黒い髪が、左右に揺れている。
首から肩にかかるラインは滑らかで、女性の美しさを感じさせる。
お土産屋の端に、ソフトクリームの販売カウンターが設置されている。
カウンターに立てかけられたお品書きには、バニラやチョコレートという定番のソフトクリームが書かれている。
「部長は何にするんですか?」
「そやな。うちは抹茶が食べたいなぁ」
「抹茶、いいですね。なら俺は、ミックスにします」
「ミックスもええなぁ。むなくんはやっぱりセンスええわ」
ソフトクリームを片手に坂をひた歩く。
仲見世通りの終点にある鳥居を越えて、江島神社へ向かう。
部長とふたりで仲良く散策していたら、まるで仲睦まじくデートしてるみたいだ。
たくさんの観光客で混雑している江ノ島にまぎれていても、部長の美貌は決して衰えない。むしろ際立っている。
「ん? どうしたん?」
部長に気づかれないように、俺は何食わぬ顔でソフトクリームにかぶりついた。




