表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/164

第64話 江の島で部長と急接近!?

 真夏の低い青天の下に、江ノ島弁天橋がまっすぐ伸びている。


 橋には赤い煉瓦が敷き詰められて、黄色の煉瓦がその中央を分断している。


 俺たちの前を大学生らしき集団が、にぎやかにしゃべりながら歩いている。


 みんなTシャツ一枚のラフな格好で、女子は手提げ鞄を持っている。


 カップルや子連れの家族の姿も見える。男だらけの集団も目についた。


 海から湿気の含んだ風が吹く。


 水分を摂らないと、あっさり熱中症になりそうなくらいに蒸し暑い。


「今日も暑いですね」


 となりを歩く柚木さんが、ハンカチで額の汗を拭う。


 つばの広い麦わら帽子がよく似合う。


「そうだね。帽子がないと、直射日光がきついよ」


「僕も帽子を持ってくればよかったぁ」


 比奈子が、団扇うちわをぱたぱたと扇ぎながらぼやいた。


 柚木さんが苦笑して、


「帽子は百円ショップでも売ってるから、買った方がいいんじゃない? 明日も鎌倉でたくさん歩くから」


「そ、そうね。にい、帰りに百円ショップに行こうっ」


「ああ、わかったよ」


 強烈な日差しを受けながら、江ノ島へと歩いていく。汗が頬を伝って地面に落ちた。


「この辺でええかしら」


 弁天橋を渡りきり、風化の著しい鳥居を見上げて部長が言った。


「ほな、むなくん。みんなによろしゅう」


「わかりました」


 柚木さんや上級生たちが、俺と部長を見つめる。


「かねて伝えていますが、ここから自由行動にします。十七時までに集合して旅館へ戻りますので、集合時間に遅れないようにしてください」


「はい」


 部員たちが近くの人に話しかけて、思い思いの方へと消えていく。


 柚木さんは比奈子に手を引かれて、鳥居の先へ伸びる商店街を上っていった。


「先生が二日酔いにならなければ、俺が指揮しなくてもよかったのに」


「まあまあ。あいりちゃんも女の子なんやさかい、しゃあないわ。明日にジュースでも奢ってもらいましょ」


「そうですね」


 ぼけっとしていると、右の肘に手をまわされた。


「なっ!」


 部長が、胸を俺の腕に押し付けて、にこりと笑った。


「ほな、むなくん。いっしょに行きましょ」


 これはまずい! 部長の豊満な胸の感触が伝わってくる。


 俺の腕と部長の胸の間を隔てているのは、薄いシャツ――いやブラジャーもあるか――ともかく、ものすごい柔らかさだっ。


 大きなマシュマロみたいな、いや、ふかふかのクッションみたいな感触に、意識が吹き飛びそうになる。


 シャンプーの甘い香りが、色っぽさを倍加させてくるっ!


 もうだめだっ。あと数秒で俺は部長に悩殺されてしまう!


 俺は部長の身体を左手で引き離した。


「なにするんですかっ。やめてください!」


「ほほ。むなくん、顔がまっかっかよぅ」


「か、からかわないでください!」


 部長に指摘されなくてもわかる。昨日食べた、たこ焼きのように顔が熱い。


「あんたとひなちゃんは、ほんまにおもろいなあ」


「そういうのは、やめてくださいよ。まわりの人たちだって見てるでしょ」


 母親に手を引かれている女の子の、純粋な瞳が怖い。


 金髪のイケメンや大学生のカップルからはやし立てられて、俺はどこかのお店に隠れたかった。


「うちは人に見られても、なんともないけどなぁ」


「部長はそうでも、俺やひなは違うんですっ。いい加減にわかってくださいよ」


「わかったから、どこぞに行きましょ。暑すぎてかなんわ」


 青銅の鳥居を潜り、商店街の坂道を上る。この通りは、弁財天仲見世通りというのか。


 通りは、たくさんの観光客で賑わっている。人が多すぎて、まっすぐに歩けない。


 中年太りの男性や、背の高い外国人観光客の間をすり抜ける。


 部長は器用に、俺の後をついてきてくれる。


 通りの左右には、お土産屋が軒を連ねている。


 饅頭まんじゅうなどのお茶菓子を店頭に並べるお店。子どもの好きそうなおもちゃを飾る店に目が引かれる。


「どのお店も人でいっぱいやなぁ」


「そろそろ、お昼になりますからね。お店には帰りに寄りましょう」


「そやな」


 和食の飲食店のディスプレイに、天丼や天ぷらうどんの食品サンプルが飾られている。


 豪華な天丼をお腹いっぱい食べたいけど、俺の小遣いでは注文できない。


 飲食店を泣く泣く通りすぎると、部長に右手をちょいちょいと引かれた。


「どうしたんですか?」


「むなくん、あれ食べよっ。あれ絶対においしいわぁ」


 感情の変化に乏しい部長が、珍しく狂喜している。


 何を見つけたんだ?


 部長の指す方向へ目を向ける。視線の先にあったのは、ソフトクリームの形をした古い看板だった。


「むなくん、早うっ」


「わ、ちょっと待ってくださいっ」


 部長が待ちきれずに俺の手を引く。


 その細くてすべすべした感触に、どきっと心臓が跳ね上がる。


 首のあたりで括った部長の黒い髪が、左右に揺れている。


 首から肩にかかるラインは滑らかで、女性の美しさを感じさせる。


 お土産屋の端に、ソフトクリームの販売カウンターが設置されている。


 カウンターに立てかけられたお品書きには、バニラやチョコレートという定番のソフトクリームが書かれている。


「部長は何にするんですか?」


「そやな。うちは抹茶が食べたいなぁ」


「抹茶、いいですね。なら俺は、ミックスにします」


「ミックスもええなぁ。むなくんはやっぱりセンスええわ」


 ソフトクリームを片手に坂をひた歩く。


 仲見世通りの終点にある鳥居を越えて、江島えのしま神社へ向かう。


 部長とふたりで仲良く散策していたら、まるで仲睦まじくデートしてるみたいだ。


 たくさんの観光客で混雑している江ノ島にまぎれていても、部長の美貌は決して衰えない。むしろ際立っている。


「ん? どうしたん?」


 部長に気づかれないように、俺は何食わぬ顔でソフトクリームにかぶりついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ