第59話 さぁ、どうする文研
「先輩、どうしましょう」
柚木さんが、落ち着きなく俺を見上げていた。
「先輩が副部長を辞めさせられるなんて、嫌ですよ。どうしたらいいんですか」
それは、俺が聞きたいくらいだけど。
「とんでもない状況になっちゃったけど、とりあえず言えることは、二学期の文化祭で漫研に勝つしかないということだね」
「そうですけど、狐塚先輩ってプロの漫画家なんでしょう? そんな人に絶対に勝てませんよ!」
部室の机をコの字に並べて、緊急の作戦会議を開く。
柚木さんに書記をお願いして、俺は議長の席に座る。部員たちが、真剣な面持ちで俺を見ていた。
「俺たちは小説を読んでばかりで、真面目に執筆している人がいない。だから、先月にパソコンが壊れたときも、教頭先生からパソコンの没収を命じられたんだけど」
部室の隅へどけたノートパソコンを見やる。
パソコンの側面の小さな明かりが白い光を放っている。
「パソコン部の力を借りて、文研のパソコンを復旧させたのに、ほとんどの人が使っていないね。それは、非常にもったいないことだと俺は思う」
言いながら、胸がずきりと痛んだ。
「俺や部長が辞めさせられちゃうと、他の人が部長と副部長をやる羽目になる。だから、みんなで力を合わせないと、面倒なことになるよ。そのために、文化祭へ向けて、みんなで小説を書こう」
部室は、葬式の会場のように静まり返っている。部員たちはうつむいて、口をぴたりと閉じていた。
何分か経って、俺が口を開こうとすると、
「あの、ひとつよろしいでしょうか」
縁のない眼鏡をかけた男子部員が、ひょろりと手を挙げた。
坊ちゃん刈りで地味な印象しかない東田くんか。
「副部長はさっき、みんなで小説を書こうと言いましたけど、みんなで書く必要があるのでしょうか」
思いもよらない発言に、部室が小さくざわめく。
「東田くんは、小説を書きたくないんですか?」
「書きたくないというより、下手な人が書いても意味がないと思ってるだけです」
「全員で執筆するのではなくて、執筆するのがうまい人を部員から選りすぐって、その人たちだけが執筆した方がいいと思ってるんだね」
「はい。みんなで書いたって効率が悪いですし、漫研の部長って、あれなんでしょ。プロで活躍してる人なんですよね。そんな人の作品に、僕たち素人が人海戦術を駆使したって、勝てっこないですよ」
東田くんの主張は一理ある。
「わたしも東田くんの意見に賛成です」
目と鼻の間にそばかすをつけた女子部員が挙手する。三年生の小野さんだ。
「わたしたちは執筆の経験が浅いんですから、小説は部長や副部長が書いた方がいいと思います。小説を書かない人たちは、小説を書く人のサポートにまわれば、文化祭までに効率よく小説を発表できるのではないでしょうか」
ふたりの意見は、それなりに筋が通っている。だけど、いささか他人まかせではあるまいか。
「ちょっと待ってほしいんだけど、俺や部長だって、執筆した経験はほとんどないんだよ。それなのに、俺たちだけで漫研に対抗するのは、現実的じゃないよ。俺や部長だって、みんなから能力を買われているわけじゃないんだから」
俺の反論に、部室がまた静まり返る。
「東田くんや小野さんの意見は、一理あると思う。けど今は、文研の中でだれが小説を書くのがうまいのか、みんな把握できていないよね。だから、まずはみんなで小説を書いてみるのはどうかな。みんなで書いてみて、だれがうまいのか――」
「あ、あのっ、副部長っ」
声を震わせて挙手したのは、眼鏡で髪型がいつも三つ編みの竹宮さんだ。
「なんだい? 竹宮さん」
「は、はいっ。あの、その、文化祭で、発表するのは、小説じゃないといけないんですかっ。詩とかも、文学に入ると思うんですけど」
「それはいい指摘だね。詩だって、もちろんありでしょう。文研は文学を研究する部活だから、文学に関係するものなら、古文でも漢文でもいいと思うよ」
「はいっ。ありがとうございます!」
人見知りで、おどおどしている竹宮さんの顔が、ぱあっと明るくなった。
「他に意見はあるかな。なければ、今日の会議は終わりにするけど」
背を正して部員たちを見回す。新しい意見を出す人は、もういなそうだ。
先生にも意見を求めよう。部室の隅っこで座っている先生を見やった。
「先生は、何か意見はありませんか?」
先生は足を閉じて、身体を小さくふるわせていた。チワワや、ミニチュアダックスフンドみたいに。
そして突然、立ち上がった。
両手をぐっとにぎりしめて、目から闘魂の炎が吹き出しそうな感じで、
「合宿よっ!」
鶏のような声で叫んだ。
「宗形くんっ。合宿をやるのよ。合宿でみんなを鍛え上げるのよ!」
先生がつかつかと歩いてきて、俺の机を平手で叩く。
「そういえば、合宿のプランも考えてなかったですね。やっぱり合宿に行くんですか?」
「当たり前じゃない! ったく、何が勝負よっ。自分たちで勝手に決めて、いい迷惑じゃない! うちが負けたら顧問を辞める? なんであたしがっ、あんなやつらの言い成りにならなきゃいけないのよ!」
先生の怒号は、俺たちの不満を払拭する力があった。
「宗形くんっ。あんなやつらに絶対に負けちゃだめよ。すんごい作品を出して、漫研の部長と教頭をぎゃふんと言わせるのよっ」
先生が、鼻先を当てそうなくらいに顔を近づける。
高杉先生は生徒や木戸先生からすかれるだけあって、顔はものすごいきれいだ。
目はぱっちりと二重だし、頬のふくらみとほのかに赤い色も強く惹きつけられる。
「漫研と教頭をぎゃふんと言わせるのは、わかりましたから、合宿はどこにしますか? 昨日は、海に行こうということしか決まりませんでしたけど」
「そんなもん、どこだっていいわよ。沖縄になんて旅行してる場合じゃないし」
昨日あれだけ否定したのに、まだ沖縄に行くのを諦めてなかったんですね。
「あの、先輩。わたしからも、いいですか」
背後から柚木さんの声が聞こえた。
「うん。なんだい?」
「合宿で行く場所ですけど、鎌倉に行くのはどうですか? 鎌倉は有名な観光地ですし、神社やお寺もたくさんありますから、執筆するのにいい環境じゃないかなあって思うんです」
それは名案だ。鎌倉を舞台にした物語なんて、まさに文学的じゃないか。
「それに、昨日ちょっと調べたんですけど、鎌倉のそばに海もありますよね。江ノ島とか。ですから、海に行きたいという希望も同時に叶えられると――」
「それよっ!」
先生が柚木さんをびしっと指す。彼女の両手をつかんで、胸もとへ手繰り寄せた。
「きゃっ!」
「それでもう決定よっ。海とお寺があるなんて、言うことないじゃない! あなたって天才!」
「そんな、こと」
先生が抱き付いて、ふくよかな胸に柚木さんを埋めていた。
柚木さんが羨ましい――じゃなくて、苦しそうですよ。
「みんなも、意見があれば、先生や宗形くんにどしどし言ってね! みんなだって、あいつらに好きなようにされて楽しくないでしょ。みんなの力であいつらを倒すのよ!」
ひ弱な先生のキャラクターが、だんだんとおかしいことになってきた。
あいつらには、教頭先生もばっちり含まれているんですけどね。




