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第58話 漫研との勝負に負けたら副部長を解任!?

 合宿の予定が決まらないまま、一学期の終業式が刻一刻と迫ってくる。


 どこでもいいから、合宿の行き先と日にちだけでも、今日中に決めないと。


 美化委員の校内美化活動を終えて、足早に部室へ向かう。


 大事なときに限って、定期的な校内清掃とかさなってしまうなんて、ほとほと運がない。


 教室に鞄を取りに行って、放課後の静かな階段を駆け下りる。


 スマートフォンの時計を見ると、午後の四時をすぎていた。


 二階に下りて、文研の部室の扉を開けた。


「すみません。遅れまし、た」


 文研の部室には、異様な光景が広がっていた。


 部室に見慣れないふたりの姿があって、彼らを先生や柚木さんが囲んでいた。


 見慣れないふたりのうちのひとりは、季節はずれのブレザーを肩にかける狐塚先輩。


 そしてもうひとりは、白のワイシャツに灰色のスラックスを穿いた、壮年の男性だった。


 高杉先生や木戸先生の年齢の倍以上も生きていそうなその人は、白髪の多い髪を後ろに流している。


 襟足は刈上げで、昭和のサラリーマンを連想させる、真面目で面白みのないヘアスタイルだ。


 顎や鼻の下の髭はきれいに剃られて、金色のアームバンドが二の腕で光を放っている。


 こんな暑い日でも、クールビズ? なにそれ、と言わんばかりにネクタイを締めているあなたは、教頭先生!?


「ああっ、宗形くんっ」


 高杉先生が、長時間プレイしたゲームのセーブデータが消えた直後みたいな顔で飛びついてきた。


「先生、どうしたんですか? それにどうして狐塚先輩と、教頭先生までがうちの部室に」


 先生の背後で、狐塚先輩が「ふっふっふ」と中二病全開のわざとらしい仕草で哄笑する。


 口にくわえている爪楊枝を、すっと抜き取って俺を見た。


「よう副部長。遅かったじゃねえか。度胸のねえお前のことだから、尻尾を巻いて逃げたんだと思ったぜ」


 いや今日は、美化委員の校内清掃があったから遅れたんですよ、と正直に申告すると面倒なことになるから、だまっておこう。


「ちなみにだが、鏡花の助けを請うこたあできねえぜ。あいつは、お前らを見捨てて逃げたからなっ」


 言いながら狐塚先輩が、スカートのポケットからスマートフォンを突き出してきた。


 その画面には、メッセージアプリの部長との会話が表示されていて、「今日は新しい枕を買いにいくさかい、あいりちゃんと教頭せんせによろしゅう」と書かれていた。


 どれだけ安眠に飢えてるんですかっ。


「お前らの頼みの綱の鏡花は、俺に恐れをなして逃げ出した。さあっ、どうするんだ、お前ら!」


 狐塚先輩が「がっはっは」と豪快に笑う。三国志の豪傑みたいな笑い方だ。


「宗形くん、どうしよう」


 高杉先生が俺の腕にすがりつく。柚木さんや三年生たちの姿もある。


「どうしようって言われましても、何があったのか、状況がまだつかめていないのですが」


「それがね、ほら、昨日の話があったじゃない。文化祭で勝負するっていうやつ。それに、うちが負けちゃったら、あたし、あたしっ」


 先生が、わなわなとふるえて教頭先生を見る。


 教頭先生が身じろぎすると、高杉先生はびくっと後ずさりした。


「やあ、宗形くん。ランサムウェアの事件以来だね。期末試験は点数とれたかい?」


「はい。お陰様で。文研のパソコンは新しい方式で運用して、今のところ事故もなく活動できています」


「そうか。それはよかった」


 教頭先生が、落ち着き払った口調で挨拶してくれる。


「教頭先生が、どうして文研の部室にいらっしゃるのですか? ランサムウェアの事件で俺――僕たちは大いに反省して、目立った問題を起こしていませんよ」


「ああ、活動を注意しに来たんじゃない。狐塚さんから面白い提案を受けたからね。私が直々に、きみたちの勝負を見届けたくて、お邪魔したんだよ」


「ということは、文化祭の漫研と文研の勝負を、学校が正式に指示するんですか?」


「そうだ。二学期の文化祭で、漫研と文研が作品を展示し、どちらがより集客数を伸ばせるか、勝負するという話だったね。その勝負に負けた方の部長、副部長、そして顧問の職を解任する」


 なんだって!?


「待ってください! それはあんまりですっ。僕たちは、あれから大いに反省して、今まで真面目に活動しているんです。それなのに、学校の措置はいささか横暴です!」


「そ、そうですよ! あたしだって、自分なりにがんばってるんですから、それは酷すぎですよ!」


 高杉先生が、俺の様子を伺いながら反論する。


 けれど教頭先生は、涼しい顔で受け流して、


「きみたちには、日ごろから覇気が感じられないからね。こういう刺激を受けるのも、たまにはいいんじゃないかな。あっはっはっは」


 片田舎で山野さんやを駆ける少年のように、手を腰に当てて笑う。


「学校としてもね、文化祭が毎年同じような感じだと、楽しくないのだよ。きみたちには迷惑をかけるが、まあがんばりたまえ」


「がんばりたまえじゃないですよ! 迷惑をかけるって、わかってるんだったら、こんな無茶な提案しないでくださいよっ」


「ああっ、てめえら! がちゃがちゃうるせえんだよっ!」


 肩をわなわなとふるわせていた狐塚先輩が、突然怒声を発した。


 口にくわえ直していた爪楊枝を、いちいち吐き捨てて、


「やる気のねえ、てめえらのために、俺様が一肌もふた肌も脱いでやったっていうのに、文句言うんじゃねえよっ。てめえらは、やる気のねえ木偶でくなんだから、黙って従ってればいいんだよっ!」


 部外者なのに、ものすごい暴言まで同時に吐き出したよ。


「どうだ、てめえらの根性の曲がっちまった魂に熱っちい炎が灯されたろ。俺様だってな、こんなこたあしたくなかったんだが、自堕落な鏡花に替わって、俺様がてめえらを熱い方向へ導いてやんよ」


 いやだから、それが迷惑なんですって。いい加減にわかってくださいよ。


 ふたりのあまりの暴挙に、開いた口が塞がらない。


 柚木さんや他の部員たちも、反論することの無意味さを悟って、白旗を掲げている。


 先生なんて、顔面蒼白で今にもたおれそうだ。


 呆れて反論できずにいると、狐塚先輩が何を勘違いしたのか、急に真顔になって、


「お前、俺様が約束を守らねえと思っていやがるんだろ」


 まったくもって見当違いなことを言った。


「安心しろ。俺様は漫研の部長だ。万が一に俺たちがお前らに負けた場合、教頭の意思に従う」


「はあ」


「俺だって、漫研の部長を辞めたくねえが、万が一にお前らに負けたらっ、潔く兜を脱いでやらあ!」


 狐塚先輩が肩にかけているブレザーをつかみ、昨日と同じように、ばさりと脱ぎ捨てた。


 ブレザーは部室の隅まで飛ばされて、ごみ箱の上に落下する。


 なんなんだ、この少年誌的な、中二病をこじらせている人がこのみそうな展開は。呆れ果てて言葉が出ない。


「っつうわけだ。俺様に勝てるように、夏休み中にせいぜいがんばるんだな。ま、がんばったところで無駄だけどよっ」


 狐塚先輩が、三国志に登場する張飛ちょうひやら呂布りょふみたいな笑い方で部室を去っていった。


 教頭先生も「じゃあ、きみたちの健闘を祈るよ」と、無責任な言葉を残して消えていった。


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