第53話 遊園地ランチと夏休みの合宿
遊園地のウェストエリアに、学校の体育館くらいに大きな建物がたたずんでいる。
一階のフロアは、フードコートになっている。
ベージュの淡いタイルが敷き詰められている空間には、四人掛けのテーブルが一面に並べられている。
どのテーブルも、子どもを連れた家族で賑わっている。
フロアは、小さい子どもたちの喧騒で溢れている。
椅子は散らかり、小学生の中学年くらいの男の子たちが、そこかしこで走りまわっていた。
「すごい混んでますね」
「そうだね」
フロアを見渡せられる入り口のそばで、空いているテーブルを探す。
テーブルの席は、ところどころに空いている場所があるけど、きっと子どもの声がうるさくてご飯が食べられないだろうな。
向こうの壁に設置されているカウンターの席は、カップルや学生たちのグループばかりだから、俺たちでも座りやすそうだ。
「テーブルの席は賑やかになりそうだから、向こうのカウンターの席にしようか」
「はい」
フードコートには、たくさんの、数も種類も豊富に店が入っている。
ハンバーガー、おにぎり、ラーメン。カレーに天丼。
タイ料理の店なんかもすぐそばに見つけられた。
お店を遠くから眺めていて、ハンバーガーの写真がなんとなく気になった。あれにしようと柚木さんに提案したら、二つ返事で快諾してくれた。
照り焼きバーガーとフライドポテトを乗せたトレイを持ちながら、ぼんやりと考える。
一学期の期末試験が終われば、すぐに夏休みだ。
使わない部費を消費するために、去年は夏休みに合宿をやったんだ。合宿という名の小旅行だったけど。
「先輩は照り焼きバーガーにしたんですねっ。すごくおいしそうです!」
柚木さんが、チキンバーガーを両手で持って微笑む。
「柚木さんのチキンバーガーもおいしそうだよ」
「そうですかっ。わたし、ここのチキンバーガーが好きなんですよ」
「そうなんだ。チキンバーガーはいいよね。牛よりあっさりしていて食べやすいから」
「そうなんですよね。普通のハンバーガーも好きなんですけど、チキンの方が断然食べやすいので、いつもこれにしちゃうんですよ」
「俺は、チキンバーガーを食べたことはないなあ。今度食べてみようかな」
「はいっ。おすすめですよ!」
柚木さんの無邪気な笑顔がたまらない。
この素敵な笑顔を今だけでも独り占めできているのだと思うと、高揚感で胸が熱くなってくる。
――ことちゃんが他の人と付き合ってもいいの?
前に比奈子から宣告された言葉が、突然胸の底から這い上がってくる。
柚木さんに好きな人がいて、俺じゃない他の男子と付き合いたいと思っていたら、かなりショックだ。
柚木さんが、他の男子と手をつないでいるところを想像しただけで、胸に苦々しい感情が込み上げてくる。
――きみも、だれかに恋しているんだね。
木戸先生に断言されて、柚木さんはあからさまに取り乱していた。
「柚木さんは――」
食べかけの照り焼きバーガーに目を落とす。柚木さんの目を見るのが憚れる。
「柚木さんは、夏休みの合宿でどこか行きたいところはある?」
「合宿、ですか?」
「そうなんだ。文研は夏休みに合宿に行くんだ。去年は山へハイキングに行ったんだよ」
恥ずかしさや情けなさで悲しくなる俺とは正反対に、柚木さんは目をきらきらと輝かせて、
「ハイキング、いいですね! わたしも行ってみたいですっ」
身を少し乗り出して言った。
「部長の話だと、合宿には毎年行ってるらしいんだよね。合宿と言っても、うちの部の合宿だから、運動部みたいに激しい練習はしないんだけど」
「そうなんですかっ?」
「うん。ほとんどは遊びで、文研の活動はちょっとだけ。文化祭で発表する詩や小説を考えたり、執筆したりしてたかな」
「文化祭で、詩や小説を発表するんですか?」
「うん。何代か前に、教頭先生から注意されたらしいんだけど、文化祭で活動をアピールできないと、部として認められないから、詩や小説を発表することになってるんだってさ」
「あ、なるほど」
「となりの漫研なんかも事情は同じだから、自分たちが描いた漫画を文化祭で発表してるよ。去年の文化祭では、漫研の方が人気あったかな」
「詩や小説よりも、漫画の方が読みやすいですもんね」
「そうだね。だから今年は、もうちょっとがんばって、文研に人を呼び込みたいね」
休憩時間を充分にとったお陰で、午後には体調がすっかりよくなった。
柚木さんと話して、あまり刺激のないコーヒーカップや空中ブランコに乗った。
家族向けのスリルのあまりないジェットコースターがある。子連れの家族が並ぶ行列の最後尾へ移動する。
「先輩は、文化祭でどんな小説を発表するんですか?」
前で並ぶ家族を眺めながら、柚木さんが尋ねてくる。
「どうしようかな。また推理ものの短編でも書こうかな」
「推理系ですか。いいですねっ」
「去年も推理系の短編を書いたんだけどね。他に書きたいものはないから、去年と同じでいいかな」
「そうなんですね。去年はどんな内容のものを書いたんですかっ?」
柚木さんが首をかしげて俺を見つめる。その純粋な瞳にどきっとする。
去年は有名な小説「屋根裏の潜伏者」を真似して――いや、参考に小説を書いたんだっけ。
「田舎の古い宿屋を舞台に殺人事件が繰り広げられていく、という内容だったかな。最初の殺人が密室殺人で、どうやっても部屋の中へ入り込めないはずなんだけど、実は押入れから屋根裏に入れて、犯人は屋根裏を伝って移動していた、というトリックだね」
「すごい! 密室殺人のトリックまでちゃんと考えてるんですねっ。さすがです!」
「そ、そうかな」
柚木さんにべた褒めされて、顔が少し熱くなる。
「小説を書くだけでも難しいのに、ちゃんと推理できるようになってるなんて、本物の推理小説みたいですっ。先輩は、やっぱりすごいですね!」
密室殺人という言葉が出てきたせいか、前と後ろで並んでいる家族から嫌そうな顔をされてしまった。
それでも、柚木さんの輝かしい笑顔が見られるのは、この上なく嬉しい。
「先輩の書いた小説は、まだ残ってるんですか?」
「残ってるよ。部室の引き出しに保管してあるんじゃないかな。先輩たちの小説といっしょに」
「そうなんですねっ。今度、読ませていただいてもいいですか!?」
「あ、うん。いいよ、もちろん」
家族向けのジェットコースターに乗って、陽が西の方へとだいぶ傾いていた。
「先輩っ、次はどこに行きますかっ?」
柚木さんは楽しげにスキップしている。
こんなに上機嫌な柚木さんは、初めて見るかもしれない。
「どうしようかね。絶叫マシン以外で乗れそうなアトラクションは、だいたい乗ったしなあ」
「それなら、まだ乗っていない絶叫マシンに乗りますかっ?」
「それは、勘弁してほしいな」
柚木さんは前屈みになって、俺を見上げて笑う。少し意地悪そうな様子で、
「うそですよ! そんなことはしませんからっ」
珍しく冗談を言う姿も新鮮で、自然と笑いを誘われた。
遊園地の時計を見やる。まだ午後三時になっていないから、帰るには早い時間だ。
どこで時間をつぶそうか。
あれこれ思案しながら園内をさ迷っていると、右手にお化け屋敷が見えてきた。
昔のホラー映画をモデルにしたお化け屋敷だ。
廃病院にゾンビがたくさん出現するオーソドックスなものだけど、中に入れる勇気はないなあ。
柚木さんもホラーが苦手だから、入ろうなんて絶対に言わないだろう――。
「先輩っ」
柚木さんが、お化け屋敷の外観を覗いて足を止めた。
「なんだい?」
「あそこに、入ってみませんか?」
「お化け屋敷に入るの? いいけど」
あんな怖いところに入りたくない。なんて、口が裂けても言えない。
柚木さんの表情も、さっきまでの笑顔がうそのように消えて、顔から血の気が引いている。
すごく無理しているみたいだけど、単に時間をつぶすだけだったら、他のアトラクションに乗った方がいいんじゃないかな?
けれど柚木さんは決然と左足を踏み出して、
「じゃあ、行きましょうっ」
お化け屋敷へと一直線に向かっていってしまった。




