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第48話 最後に木戸先生を尋問だ

 文研の部室へ帰って、部長や先生にUSBメモリを発見したことを伝えた。


 先生は、椅子から転げ落ちそうになるくらいに驚いて、部員たちからもたくさん褒め称えられた。


 USBメモリは、女子トイレに隠してあったということにした。


「柚木さん、ほんとにすごいわ! どうやって見つけたのっ?」


「ぐ、偶然ですっ。お手洗いに行ったら、偶然に見つけただけですからっ」


「偶然でも大手柄よっ。柚木さんは文研の救世主よ!」


 高杉先生が、柚木さんの手をとって賞賛する。


 柚木さんは、手放しで喜ぶ先生に苦慮して、俺にちらちらと目を向けていた。


「偶然でも、発見できたのはすごいわ。柚木さんは探偵さんになれるんじゃないかしらっ」


「そんなこと、ありませんって! たた、探偵だなんてっ、わたしにはとてもっ」


「ふふ。謙遜しちゃって。柚木さんったら、可愛い!」


 他の部員たちにも囲まれて、柚木さんはうろたえてばかりいる。


「みんなに囲まれて、柚木はんが困ってるなあ」


 部長はいつもの席に座っている。はしゃぐ先生たちを他人事のように眺めている。


「そうですね」


「そろそろ疲れてくる頃さかい、助けてあげた方がええんではおまへん?」


「そうしましょうか」


 席を立って、逸る先生や部員たちを抑える。


 ぶつぶつと文句を言われながら、疲弊する柚木さんをなんとか引っ張ってくることができた。


「柚木さん、だいじょうぶ?」


「はい。少し疲れましたけど、わたしなら、だいじょうぶですっ」


 となりの席に座って、柚木さんが控えめな笑顔を向けてくれる。


「むなくん。ひとつ聞きたいことがあるんやけども」


 柚木さんを眺めていると、部長から突然質問された。


 今の部長に普段の眠たそうな様子はない。


 机の上で手を組んで、真剣な面持ちで俺を見つめている。


「はい。なんでしょうか」


「率直に聞くんやけども、USBメモリがトイレにあったちゅうんは、ほんまなん?」


 俺の胸のど真ん中を正確に射抜く言葉に、息が詰まりそうになる。


 柚木さんも目を見開いて、さっきまでの喧騒を忘れ去っていた。


「柚木はん。ほんまに柚木はんが見つけたん?」


「はい。そ、そうですけど」


「ふーん。よお見つかったなあ」


 部長が、鉛筆のように細い目で、俺と柚木さんの挙動を見張っている。


 言葉は一言も発さない。髪の毛の一本すら動かない。


 無言のやりとりが、どのくらい続いたのだろうか。部長が突然、にこりと微笑んだ。


 そして席を立って、柚木さんの肩をぽんと叩いて、


「おめでとうさん。あんた、若いんに、うちらのために、よおきばってくれたな。後は、うちとむなくんで、なんとかするさかい、あんたはゆっくり休んでな」


 いつもののんびりした口調で、柚木さんをねぎらった。


 そして騒ぐ先生たちを尻目に、部室を出ていった。


「山科先輩は、わたしたちのことを許してくれたんですかね」


「おそらくね。ああ見えて、意外と思慮深い人だから」


 部長の細い背中に、凛としたものを感じる。艶のある黒髪が揺れていた。


「部長は、やっぱり部長なんですね」


 部長が部室の扉を閉めるところを見守って、柚木さんの口から、ぽろりと賞賛の言葉が漏れる。


 その眼差しは、尊敬と安堵で満たされていた。


「あら、山科さん、もう帰っちゃったの? これからみんなでお祝いパーティでもしようと思ってたのに」


 騒ぐ部員たちから離れて、先生が話しかけてきた。


「山科さんって、付き合いが悪いわよね。やっと終わったんだから、みんなで楽しみたかったのに。宗形くんだって、そう思うでしょ?」


 先生の単純だけど、人のいい顔をしげしげと眺める。


 幼さの残る顔立ちと、厚めの下唇が魅力的だ。


 この顔を部長が見たら、なんて声をかけるのだろうか。


 きょとんとする先生の前で少し考えてみた。


「先生は幸せものですね」



  * * *



 次の日の空は、珍しく晴れ間が広がっていた。


 しつこく雨を降らす雲は、色が薄くて、雨を落とす力はないようだった。


 足もとにそっと目を落とす。一年以上履いている上履きは、つま先や側面に灰色の汚れが付着している。


 その濁った色が、空に浮かぶ雲の色と似ている。


 屋上の床は砂埃で汚れ、手すりの近くの日陰には、昨日の雨が少し残っている。


 手すりのまわりにも、かなりの水滴がついていた。


「こんなところに、わざわざ呼び出さなくてもいいのにね。職員室の前でこっそり受け渡してくれたら、それで終わりだったのに」


 俺から二歩くらい離れた後ろに、木戸先生が立っている。


 メーカーものの白いジャージに身を包み、澄ました顔で俺を見据えている。


 先生の目に、焦りやうろたえる様子は確認できない。


 手すりの近くに立って、ズボンのポケットからふたつのUSBメモリを取り出した。


 傍らで柚木さんが固唾を呑んでいる。


 先生の表情が、わずかに強張った。


「先生には申し訳なかったのですが、先生のUSBメモリを無断で持ち出させていただきました。三つ持っていたのですが、そのうちのひとつは、コンピュータウィルスの感染源と特定できましたので、物的証拠として教頭先生へ提出しました」


 先生は薄い唇を固く閉ざしている。


 あまり汚れていないシャツが、微風そよかぜに少しなびいている。


「あのUSBメモリをどこから手に入れたのか、教頭先生から根掘り葉掘り聞かれましたが、文研の近くの女子トイレにあったことにしておきました。高杉先生や文研の部員たちも、それを鵜呑みにしています」


 先生の愁眉が、わずかに開いた。


「犯人については公表しないと、柚木さんと話し合って決めました。部長やパソコン部の加賀谷先輩は感づかれていますが、木戸先生のところまではたどり着けないと思います。ですのでご心配――」


「僕を庇ったの? どうして? きみの考えが理解できないな」


 先生の口調は普段と変わらない。女子生徒と会話するときと同じくらいに穏やかだった。


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